見出し画像

わからせようとするのでなく、ただ在るを全てに体現する~脱ビジネス~五次元意識

五次元意識が拡大すると、三次元ビジネスが苦しくなる理由

五次元意識が拡大するほどに、いわゆる利益を優先するためのごく当たり前のビジネスに違和感が広がっていくばかりです。それも仕方ありません。3次元意識では生きていくのにお金が必要で、何かを成すためにもお金が必要で、そのために何をするか?という思考がごく普通のことだからです。
しかし五次元意識に目覚めてしまうと、身を委ねれば委ねるほど五次元意識が自然に覚醒していく宇宙の法則が作用します。やっぱり物欲も大切!地に足つけてお金も追うぞ!と強く抗わないと、どんどん世俗と離れてしまい、会話も噛み合わず…というか、相手の意図や視座が理解し難くなってしまい、頭まっちろけのけでノイズがガーガーピーピーとフリーズしてしまいます😭

クンダリーニ覚醒が教えてくれた、自我と魂の共同創造

つい最近まで普通に三次元で生きていたはずなのに、遠い遠い蜃気楼のように感じて、わかりおうと歩み寄ることもせずただ観ているだけになるため、余計に溝は広がるばかりです。なのでビジネスにおいて大切で、わたしの得意分野でもあったはずの、顧客理解や顧客に寄り添うや顧客のニーズに応えるや…そういったことが難しくなってきます。顧客が必要とするものを提供することで報酬をいただく…という基本的なことすら、魂にそぐってないと感じ魂ちゃんがイヤイヤを発動させてじたばたするのを感じている昨今でした。
そう、純粋贈与&感謝経済。ここの領域にシフトするため、魂ちゃんと自我ちゃんが共同創造でわたしにサインを送り続けています。自我を滅して五次元意識にシフトしたのに、シフトしたら今度は自我は悪いものではなくなり、魂と統合した共同創造者になってくれます。この感覚が強くわかるクンダリーニ覚醒したここ数日、さらにさらに手に取るように自分のことがよくわかるようになりました。不安と恐れちゃんがのんびりリゾート休暇を取っているような感覚、なので逆に不安と恐れが強い人を引き寄せて、そのコントラストを見せてくれるのです。

無料で「わたし」をレンタルするという挑戦

そして魂の声に耳を傾けながら現時点で着地したのが、レンタルまり亜【LITE】です。こちらは基本、無料でわたしをレンタルするという試みです。今までお世話になったLOVE YOUR BODYのお店には籍は残したままにしますが、取引の経済を起点としたごく普通の三次元ビジネスを脱し、より五次元意識に近い形に調整が行われたと感じています。
わたしが好きなこと、したいこと、疲れないこと、枯れない源泉となって次から次へとあふれ出るものなどを損得勘定度外視して、純粋に出すに徹する環境を自分で整えてみました。それは何かをしているDo感覚ではなく、ただ自分として在るBe感覚…つまり心地いい場所にいることの表現です。
ちょっと努力や頑張りや忍耐が必要だけれど、それを求める人が現れたなら、惜しみなく提供するスキルはオプションとして提示することにしました。しかし今後オプションだったものが純粋贈与として無料になっていく可能性も秘めています。また、お礼は感謝経済として、お相手の感謝の表現として有難く頂戴するという仕組みです。
しかしかねてより、三次元で生きている人たちの多くが、日本独自の文化もあり、チップなどで感謝をお金で表現することがあまりないようで、理解ができないのだなと思うことが多々ありました。以前わたしがアンケートを取った結果でも、感謝をお金で表現するのは抵抗があるという意見が多かったです。
私が長く居た夜の世界の経済はモノや体験の消費というより「ありがとう」や「おめでとう」や「楽しいね」をお金で表現する文化。市場の数倍ほどの価格がお酒につけられますが、そのお酒を買うためでなく、それを使って自分を表現するための認識のほうが大きいのです。そんな中で遊んできたので、わたしのありがとうをお金に載せる歓びを知っています。
私が数年前感謝経済にビビビと来たのは田坂広志さんのボランタリー経済の話しでした。わたしの中でこれが経済循環の全てになったなら…どんな世界が見えてくるのだろうというワクワクしたものです。その好奇心のままに今、そこに向かっている勢いを自分の中に感じています。

なぜ感謝をお金で渡す文化は根付かないのか

しかし感謝経済にシンパシーを感じない人が大半で、これをどう表現するのかに苦戦しました。感謝をお金で表現してね!と言っても日頃から感謝より恐れと不安の領域にいる場合、無くなる恐怖が勝ちます。自由に値段を決められるとなると、最小限のいわば小銭を投げるお賽銭感覚です。
ちなみに私もお賽銭を小銭と思い込んでいて、札を投げる人は異次元の人のように感じていた頃があります。しかし経営者や商売をしている人はお賽銭は感謝の表現なので、当たり前に万札を投げていました。豊かな人は行為も自然に豊かで、それから何かを得ようとするのではなく、ただ出すことの歓びを知っているのだなと感じました。そこに周波数を合わせるようになり、わたしも自然に財布の中の浄化として、札であろうが小銭にであろうが関係なく、有り金全部お賽銭箱に投げてリセットする習慣が身につきました。ありがとうで古きものにさよならできる世界線です。それからは身近に居てくれてありがとう、ここに居てくれてありがとうって、タイミングよく眼の前に現れてくれてありがとうって、心から神社に思えるようになったのです。
しかし、お寺や神社ならまだしも、個人レベルで経済の瞬間を生むのか疑問で「私自身が生活に困窮する一方では?」というおそれが強くありました。
なので、多くの人にわからせようわからせようという意識が募り、だんだん私自身が自分に違和感になりました。自由と拡大を求めている魂と裏腹に、既存の経済パターンでブレーキをかける自我。この相反するエネルギーがわたしを重くさせました。そんなことして、どうやって経済が確立すると言うの?まず自分自身が経済的に潤わないと共倒れだよ。あなたは今までも人にあげすぎて、結局困ってたじゃんと囁くのです。まるであなたのお母さんのようだね。と。
ちなみに母親は大兄弟の中の末の妹だったので、もともといっぱい上からもらっていた幼少期を過ごしていたため、天然でドンドンあげるやってしまっていたと思います笑。枯れることを知らないので与え続けるのを普通だと思っていたのだと思います。まぁ、母の血を引いているため、わたしも意識しないとどんどんギブしちゃうし、所有するとか抱え込むよりそっちのほうが合っているのでしょう。
だって魂はいつだってこう言っています。「わたしたちは完全完璧な魂。何も欠けてないし何の不足もない」って。なにのに他人に感謝を表現することをわからせようという意識は『わかってもらえていない』不足を前提とした行為。感謝の表現がその人にとっての10円ならば、それがその人の完全完璧なのです。その状況をあるがまま受け入れるというのは頭ではわかっているものの、抵抗があったのは『経済のやりとりは眼の前の人との関係性で生まれる』という思い込みです。だからこんなやり方では私が困窮してしまう…なんとかしなくちゃ!という不安からの焦りでした。

経済不安を超える鍵は「ただお布施が在る」という仏教

お礼は感謝の表現として、渡してね。それが前提!これを強制するのも違うし、額をわたしがコントロールするのも違う。でもそれを伝えないのも違う…そんなふうにしっくりするものを探し続けている中、ようやく出会えたのです。
お寺のお布施の概念。お寺によっては確かに「お布施することで云々カンヌン…」と説明して暗にお布施するようコントロールしているところもあります。また、お願いしますとお布施を乞うているところもあります。財政に困っているとそうなるのも仕方ありません。しかし、わたしが出会ったのは『お布施という仕組みがただ在る』というだけ、それを表現するだけという概念でした!
すっごーーーーいとワクワクしました。ただ在るだけを人間だけで捉えていたけれど、お布施を始め、さまざまな概念にもただ在るだけを体現する世界が開かれました。しなさいと矯正することも違う、強制は嫌だからと言って暗にコントロールすることも違う、お願いしますと乞うことも違う、ただそういうものが在るんですとお伝えし、あとはするもしないも額もすべて委ねるという在り方でした✨️とてもワクワクし、わたしの意識がまた広がるのを感じたのです。
もはやここまでいくとビジネスというより宗教の世界観です。宗教バッシングは根強いので、それを受けてしまうのじゃないかと不安がるわたしは長らくいました。でも今は無形の世界にいるので、お寺や団体を維持する必要もなく、教える人でもないためもっと自由です。ただ在ることで全て宇宙全体がうまくいく、それを体現してみよう実験してみようと、潜んでいた好奇心が顔をだしました。

「ぶっ飛び」を封じたのは監視の目だった

ぶっ飛んだ人というと聞こえがいいけど、変な人と言われると、あいつには近寄るなとか、なにか起こすかもしれないので注意して監視してろとか、偏見の目にさらされることがあります。
幼少期もそのような監視の目がとても窮屈だったことを思い出します。図工の時間に、遠足の絵を書きましたが、バスの色が水色だったため、背景を空の色のブルーにすると分かりづらいなと思い、暮れなずむ夕焼けをイメージして茜色とブルーと混ぜた【スモーキーな紫】にしました。すると教師から呼び出され、紫を一面に塗っているが紫犯罪者の心理だから、あなたは一体何を考えているの?と聞かれたことがありました。人のやらないことをやると異常だとされた昭和の時代。犯罪者予備軍のように注意して置かないといけない児童というレッテルを押された気がして、とても苦しくなりました。その時の学びは人と合わせないと苦しくなるということだったのです。今でもわたしの好きな色はラベンダーやパープルです。自然に湧き出た魂の表現だったはず。
そのような、強く心理的に衝撃を受けた記憶の影響が、わたしをぶっ飛ばすことにブレーキを掛け続けています。しかし魂はぶっ飛びにゴーサインを出しているのもわかります。この葛藤が今後どのように変化していくのか、ワクワクしながら見守るフェーズにきたようです。

宇宙から報酬が巡る未来へ

3次元で生きるを決めている人たちとのさまざまたな関わりで生まれるコントラスト(違和感)がわたしを魂の正位置に連れて行ってくれています。ただ在るの体現。すると勝手に共鳴した人たちが引き寄せられてくる。それはまるで自分が仏像や絵画になったような世界。そんな世界を見てみたい。
もう完全にお金という物質的囚われから開放され、あっても幸せだしなくても幸せ。お金のあるナシが私の幸せにはなにも影響しないという世界を生きていくことになるでしょう。3次元的ビジネスの終焉。豊かさはお金にとどまらず無限にあり、私はもうすでにそれを手にしている。だからそれを惜しみなく出し続ける。そして人間からではなく宇宙から報酬が巡ってくる。シンクロニシティという素晴らしい形を通して。それを体現していくのだと感じます。でもちょっと…まだ怖いけどね!笑

この記事の背景にある次元論の定義や、構造的解析の全データはGitHubにて公開・更新しています。https://github.com/marnakatani-bot/maria-dimension-map-


いいなと思ったら応援しよう!

意識の次元マッピング研究者|ORCID登録・論文著者|中谷まり亜 ありがとうをチップで伝える