「noteが書けない!」連続投稿11日目に気づいた”本音”の話
あれ?何書いたらいいんだっけ?
それは突然訪れた。書きたいことがないわけじゃないのに、何を書けばいいのかわからない。下書きした未公開記事のタイトルは、10個以上あるのに。
noteを書き始めて11日目の朝、私はスランプに陥った。今日は「書けない!」を通して感じた、心の葛藤を深掘りしてみたい。
なぜ書けないと感じたのか?
書きたいことは山ほどある。家族で見守っている恋の話や、私がもうすぐ達成しようとしている小さな野望。伝えたいことは山ほどあるのに、いざ書こうとnoteの画面を開いたら、どうしていいかわからず、びっくりした。
ちょっと立ち止まって「なんで書けないかな〜」と考えてみる。その結果、けっこう恥ずかしい本音に気がついた。
「かなさわさんかっこいい!」って思われたい
誰かに見てもらいたい
そんなことを感じている自分に赤面。うわダッセーーー
とはいえ、文章が書けるようになったのも、承認欲求と完璧主義が強かったから。とにかく負けず嫌いで、人からよく見られるための努力は惜しまなかった。ダサいよ、ダサいけどね!
でもこれが私だ。
それでもnoteを書く理由
そうやって、さらに考えていたら、こんなことに気がついた。
noteを書きながらふと思った。薄っぺらいな〜って思われるのがすごい嫌だと思ってたけど、薄っぺらいって思われても良くないか?むしろ薄っぺらいくらいのほうが、色々ハードル下がって楽じゃないか?そっか、そういうことか💡
— 金沢 美和(かなさわ)| 「好き」を生み出す共感ライター (@manasaka55) June 6, 2025
お恥ずかしい話だけれど、「承認欲求が人の形をしたらこんな感じ!」というくらい、私は承認欲求が強い。プライドが高い。だいたい今だって、これを書きながら恥ずかしくて、冷や汗をかいている。
でも、noteで自分が日々考えていることを発信したり、フォローしている方たちが発信している投稿を見たりしているうちに、あたたかい気持ちになることが増えた。そう考えたら
等身大の自分って、マヌケで不器用で情けないけれど、めちゃくちゃ愛すべき存在じゃないか?
と気がついた。
私の人となりやnoteを見て、「ダサい」「薄っぺらい」と感じる人もいるだろう。そう感じるのは、その人の自由。でも、そういう人と、付き合うかどうかを決めるのは、私の自由だ。
ダサくてもいいじゃん
私は、私のことを「丸ごと好きだ」と言ってくれる人がいる世界に行きたい。noteは「丸ごとの自分を出し合える場所」なのかなと思う。
だって、私と同じように、素直な気持ちを綴っている人のnoteを読んだら、心があたたかくなって嬉しくなるもん。私は優しいつながりを共有したい。
私はきっと書くだけじゃなくて、誰かが書いた想いにも共鳴しながら、一緒に歩いていきたいんだろうな
だから、読むだけじゃなくて、読まれるnoteを書きたい。これも承認欲求なのかな?
もしあなたが「書けない」と悩んでいるなら
その理由をちょっとだけ深掘りするといいと思う。深掘りといったって難しいことは何もない。「なんで書けないんだろう」って右上を見ながら、10秒くらいぼんやり考えるだけだ。そしたら、何か浮かんでくるだろう。
「あ、私(僕)も『かっこいい』って思われたかったんだ」
って感じたなら、おめでとうございます♡ あなたも私の仲間です笑
それでも「文章が書けないんですううううう」というあなたへ
こないだ、こんな記事を書きました。とっておきの簡単なトレーニング方法です。
スタバのコーヒーのほぼ半額。
お役に立てれば、ね。
いいなと思ったら応援しよう!
あなたの優しいお心遣いに感謝します。みんながもっともっと面白いnoteを書くための情報をお届けするため、学びに使わせていただきます!さささ、ぜひ笑