出会って半年で交際、同棲開始2ヶ月後に逆プロポーズ。怒涛のタイムラインで結婚した話。
世間には
「プロポーズは男性からしてもらうもの」
「2、3年付き合って、同棲を経て自然な流れで…」
という結婚までの“正解ルート“があるらしい。
私は出会って半年で付き合った彼に、同棲開始わずか2ヶ月で自分からプロポーズした。
当時、私は24歳、彼は27歳。互いに都内在住。
出身が都内の私の周りは誰も結婚なんてしていなかったし、私自身も漠然と30過ぎてから結婚するもんだろうと思っていた。
何なら、独身貴族の線もそこそこ強いくらい。
そもそも私たちはマッチングアプリでの出会いで、お互いの“交際モチベ“及び“結婚モチベ“なるものは然程高くなく、遊ぶために始めている。
なので、「まあ、良い人がいれば付き合ってもいいかも」くらいの、よくある緩い温度感。
その全ての前提が崩れたのは、初めて待ち合わせをした駅の改札口だった。
電話を繋ぎながら初めて顔を合わせたその瞬間
「あ、私この人と結婚しよう」と。
脳内で囲い込み開始のゴングが鳴った。
今振り返っても理由はシンプルで、“顔面が本当に好きだったから“
とはいえ、そこからすぐに純愛が始まったわけではない。
2〜3週間に1度会うくらいの、お互い割り切ったセフレ期間が半年ほど続いた。
都合の良い女に成り下がるか、希少価値の高い限定品として焦らすか。そのパワーバランスの握り方を、冷徹に計算していた私は、特に危機感は覚えずダラダラとその半年間を過ごした。
そして遂に、春先の夜の公園を散歩中に
「まぁ、概ね(付き合ってるよ)ね?」
と言われて付き合うことになった。
“概ね“とは!?
全世界の女から詰められそうな生温いセリフは置いておいて。
付き合ってすぐ、彼の仕事が多忙だったことと互いの家の距離を鑑みて、彼の家に転がり込む形で半同棲することになった。
ここまでは客観的に見ても“よくある流れ“だったかもしれない。
ただ、私は「この男は絶対に逃したくない」と覚悟を決めていたので、この大きな前進に乱舞。
半同棲とは名ばかりで、移動が面倒になった私は普通に彼の家に居座ることに成功。
こうして自分の意志で、彼の生活にじわじわと、確実に溶け込んでいった。(恐)
転機が訪れたのは、付き合って2ヶ月が経った頃。
2人でディズニーシーへ行った時のこと。
アトラクションの長い待ち時間、ふと彼から「いつ頃に結婚したいの?」と聞かれた。
私は1秒も迷わず答えた。
「明日でもいいよ」
その時、彼の顔が一瞬 本気(マジ)になった。
あ、この人は冗談ではなく、結構しっかりと結婚を視野に入れて付き合ってくれたんだと、そう直感した。
「これはいける」
彼からのプロポーズを待つ時間は、私には必要なかった。
だって24歳の私が「絶対に逃したくない」と本能で思った男が今、目の前にいるんだから。
プロポーズに性別なんて関係ない。結婚したいなと思った人が、思った時に伝えたら良いだけの話。
欲しい未来があるなら、自分で掴みにいったら良いじゃない。(急な熱血漢)
ディズニーからの帰還から3日後。
私は日比谷花壇で自分らしいブーケを仕立ててもらい、ワークショップに駆け込んで製作した手作りの指輪を用意して帰宅。
そして、彼にプロポーズをした。
仕事から帰ってきた彼に、いつも通り手料理を食べてもらった。
我が家では、食後にいつもお茶を飲む。
彼がホッと一息ついたその瞬間、チャンス到来。
お風呂場に隠しておいた花束を抱え、自作の指輪を握りしめて彼の元へ戻る。
状況が読めていない彼の前で、指輪をパカッと開いた。
そして、あらかじめ私の欄を記入し終えた、3種類のデザインの婚姻届をずらりと並べた。
「どれにする?」
選べるギフトスタイルである。
言葉はシンプルに「結婚しよう」の一言。
YES or NOではなく、どれかを選ばせるという何とも断りにくい形式がこのプロポーズ計画の味噌。
想像の範疇を超えすぎる彼女のムーブに気が動転しまくる彼。
絞り出すように言われた言葉は、40年後ボケても忘れることはないだろう。
「やばいよ。狂ってる。」
最高の褒め言葉だと思った。
彼は私の破天荒な愛にドン引きしつつ、その包囲網に大人しく収まった。
ちなみに、精神的に過度な負荷がかかった彼はその晩、熱を出し、しばらく風邪を長引かせることになる。
自分で決める人生は心地よい。
もちろん相手の心を無視した自分勝手な動きは禁物である。
プロポーズから4ヶ月半後、私たちは入籍した。
そして翌年のプロポーズをしたまさにその日に、結婚式を挙げた。
出会いから結婚式まで、1ミリの隙間もない、完璧で怒涛のタイムラインだった。
周りからは「直感と勢いで動いて、よく失敗しなかったね」と言われることもある。
でも、私の直感は当てずっぽうのギャンブルではない。
彼と過ごした付き合うまでの半年と同棲をした最初の1ヶ月で、“結婚相手として絶対に譲れないポイント“を、冷静に、かつ確実にクリアしているか見極めていた。
結婚はゴールではなくスタート。
スピード婚だからこそ、私はその後の“結婚生活“を何よりも大切に、そして戦略的に育んできた。
自分を信じて、「これだ!」と思った時の瞬発力がいかに大切か。これを大いに学ばせていただいた私の婚活。
24歳で人生の舵を自分で切ったあの日の決断を、私は今でも誇りに思う。
“幸運の女神に後ろ髪はない“ならば、正面からハグをして、私の王国へ連れ去るまで。
3年経った今も、私はあの日の"狂気"を、自分自身の誇りとして胸に抱いている。
まだ結婚3周年という新参者だが、この先どんな未来があっても、私は彼と結婚したことを後悔することはないだろう。
なぜなら、全て自分で決め、自分で動いて得た幸せだから。
「マチアプでの男性の見極め方」や「後悔0の理想の結婚式の作り方」etc.
本格的にアラサーに突入した私の、恋愛、結婚生活で得た知見や、思考の断片をこのnoteで少しずつ言語化していきたいと思う。
それでは、また次の投稿で。
mana
