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【特別号】超重症の無呼吸と診断された睡眠専門医の願い

 私は普段、睡眠や予防医療の重要性を伝える活動として、コラム執筆や講演会、学術活動などを行っています。実は先日来、複数のメディアに取材をしていただく機会がありました。 そのうちのひとつ、まずは2026年5月8日朝刊で、読売新聞の連載記事に取り上げていただきました。記事では、私自身が重症の睡眠時無呼吸症候群(SAS、Sleep Apnea Syndrome)の患者だったことと、自施設の研究データなどもふまえて、睡眠と健診についての私の想いを紹介していただいています。[読売新聞記事]。

その他、共同通信社さんにも取材いただき、現在複数の地方紙を中心に紙面に掲載していただいております。

どちらも、医師である私自身が重症の無呼吸であることをある意味ではちょっと面白がられてしまった側面がおおきいのかもしれませんが、多くの皆様にこの病気を知っていただくきっかけとしてはそれもまた良いのかもしれません。このきっかけに、紙面の限られたスペースでは伝えきれなかったことなども含め、私自身とSASについて一度詳しく記録を残しておこうと思います。



緊急報告

もう15年以上も前の話です。検査の結果が出た日、検査室から私の上司に「緊急報告です」と電話が入りました。 その「緊急報告」の対象は、私でした。 1時間に50回近く呼吸が止まり、睡眠中の血中酸素飽和度(SpO2)の最低値は、50%まで下がっていました。コロナ禍で「血中酸素濃度が90%を切ったら入院」というフレーズを聞いた方も多いと思います。50%は、緊急アラームが鳴るレベルです。それを毎晩、何時間も、自分の身体の中で繰り返していました。 当時、私はまだ20代の呼吸器内科医でした。体形はふつう〜痩せ気味で、いびきを指摘されることはありましたが、自分がそこまでの病気だとは思っていませんでした。



学生時代から、サインはあった

振り返れば、サインはいくつもありました。 もっとも早かったのは、学生時代です。夜間にだけ動悸を感じることがあって、気になって循環器内科の先生に診てもらいました。24時間心電図(ホルター心電図)を装着して調べたところ、夜間に多数の不整脈が出ていることがわかりました。 診断は「一過性の不整脈、経過観察でよいでしょう」。 その時は、それで安心しました。命に関わるタイプの不整脈ではない、と。 しかし、いま振り返るとあの時、私は夜間にだけ何千発もの不整脈が出ていたのです。 それだけではありません。私は学生時代から、健診で血圧を高めに指摘されることがありました。

「病院だと緊張して血圧が高く出る人もいますよ」。いわゆる白衣高血圧——私自身もそう疑っていませんでした。 いまの私が、SASの専門医として外来でこれらの所見を見たら、迷わず言うはずです。「これは睡眠時無呼吸症候群を強く疑う所見です。今すぐ睡眠検査を受けてください」と。

夜間にだけ起きる不整脈は、SASの典型的な合併症の一つです。睡眠中の低酸素と胸腔内圧の変動が、自律神経を介して心臓に影響を及ぼしているのです。若年期の高血圧も、SASに伴う典型的な所見の一つです。

これは、当時の先生方を責める話ではありません。専門医療は、深く掘り下げられている一方で、横の繋がりが弱い。SASのように、循環器・呼吸器・耳鼻科・精神科・歯科——複数の領域にまたがって症状が現れる病気は、現代の専門分化した医療システムの隙間に落ちやすいのです。

その後も、いびきを指摘されることがありました。「もしかしたら、何かあるのかもしれない」——頭の片隅では、そう思っていました。 しかし、私は動きませんでした。 正直に言えば、特に深く考えていなかったというのが、いちばん事実に近い。まだ若く、痩せていたし、業務はこなせていたし、強い不調を自覚していたわけでもない。検査を受けに行く動機が、ただ湧かなかったのです。



上司に背中を押されて、検査を受けた

動いたのは、20代半ば、東京都心の大病院で呼吸器内科医として働いていた頃です。SAS治療のメッカのような病院でした。私自身は当時SAS診療に携わっていたわけではないのですが、当時の上司がSASを専門としており、その医師に背中を押されて、ようやく検査を受けました。 私から動いたのではありません。学生時代から続いていた「もしかしたら」を、ようやく行動に移すことができたのは、たまたま専門の医師がそばにいたから、そして私自身が病院に勤務していて検査へのアクセスが容易だったから——という幸運も味方しました。

SASの検査は、通常、二段階で行われます。まず簡易検査——自宅で一晩、指と鼻にセンサーをつけて寝るだけのもの。これでSASの可能性が高いと出れば、次に精密検査であるポリソムノグラフィー(PSG、終夜睡眠ポリグラフ検査)——病院に入院して、より詳細に睡眠の状態を記録する検査——で確定診断する、という流れです。

私の場合、簡易検査の時点で、すでに重症の数字が出ました。検査室から、私の検査をオーダーした上司のもとへ「緊急報告です」と電話が入り、PSG検査はとばして、そのまますぐにCPAP治療の導入に進みました(非常に重症の場合、PSG検査なしで治療を開始することがあります)。

そしてこの診断と治療を機に、私は一方では肺炎や肺がんといった病気を治療する呼吸器内科の医師でありながら、もう一方ではSASをもう一つの専門にしていく道を選びました。自分が患者として体験したことを、今度は医師として、社会に伝えていきたい——そう思ったからです。(現在は健診・予防医療と睡眠を専門としており、呼吸器内科の臨床は離れています。このあたりはまた別の話になりますので、別の機会に記したいと思います)。


専門家ですら見逃される、SASの構造

私が自分の病気を見逃したのは、私が鈍かったからだけではありません。同じ構造の中で、何百万人もの人が見逃されています。 なぜ、これほど多くの人が、SASに気づかないまま、あるいは気づいても動かないまま、生きているのか。私が患者として体験し、いまSASの専門医として外来で見てきたものを統合すると、3つの構造が浮かび上がります。

第一に、緩やかな進行。SASは年単位でゆっくり進みます。本人は「これが普通」と感じるようになる。境界が曖昧で、いつから具合が悪くなったのか、自分では分かりません。気づいたときには、それが「自分の普通」になっています。緩やかな変化に対する人間の鈍感さは、慢性疾患の見逃しを生みます。
SASは軽症を含めると、日本だけで数千万人がいるといわれています。「いびきをかく人なんて、まわりにたくさんいる。だから自分も大丈夫だろう」——そう思いがちです。しかし、患者がたくさんいるということと、放置して大丈夫ということはイコールではありません。このあたりは、高血圧や糖尿病にも通じるものがあるかもしれません。

第二に、健診で扱われない。以前このコラムでも取り上げましたが(Vol.13 健診の問診票に、睡眠の質問は1問しかない。|ドクターO)、睡眠については健診の問診項目にもほとんど入っておらず、かつSASの検査はあらゆる健診で標準項目に組み込まれていません(一部の機関でオプション検査として提供されているだけです)。

つまり本人や主治医が強い意志をもって検査をしようと思わなければ、検査自体ができないのです。

第三に、症状とイメージが、ずれている。SASのイメージは、世間一般に「太ったおじさんの病気」です。ただし、これは半分、嘘です。
私自身が反例で、診断時は20代半ば、痩せ気味でした。日本人は欧米人と比べて顎が小さく、痩せていても気道が狭くなりやすいという特徴があります。 もう一つ、強力なステレオタイプは「SAS = 日中に強い眠気」です。しかし、眠気のないSAS患者は、いくらでもいます。重症であっても、本人は強い眠気を感じていないケースが、決して珍しくありません。私自身、眠気はありましたが、「忙しいせい」と説明していました。眠気を基準に「自分はSASじゃない」と判断するのは、構造的に危ういのです。



それでいて、命に関わる病気

このようにSASは気が付きづらく、しかも健診で扱われないため、診断されないまま放置されるケースが本当に多い。 しかし、それでいてSASは、極めて多くの病気と関わります。たとえば高血圧症が約2〜3倍、心臓病(心筋梗塞など)が約2倍、脳卒中が約2〜4倍、糖尿病が約2倍、交通事故が約3倍など。うつ病や認知症との関連も指摘されています。

日中の眠気や倦怠感、夜間の頻尿、逆流性食道炎などにも関連が指摘されています。研究によって数字の多寡はことなりますが、多くの病気と関連するという事実は一貫しています。 そして、もう一つ強調しておきたい数字があります。重症のSASを放置すると、20年でおよそ3割の方が亡くなる——というコホート研究の報告もあります。重症SASは、長期的には生命予後に直接関わる病気なのです。


患者になって、見えたこと

SASの治療には、CPAP(持続陽圧呼吸療法)という方法があります。寝るときに鼻マスクを装着し、機械から一定の圧で空気を送り込むことで、睡眠中に塞がりがちな気道を物理的に押し広げる治療です。中等症以上では保険適用となり、機器はレンタル、3割負担で月5,000円程度。鼻マスクをして眠るだけなので、薬剤の副作用などはありません。

CPAP治療を始めて、私の生活は変わりました。 朝起きたときの感覚が違います。頭が重くない。身体が軽い。日中の集中力が戻り、判断のキレが戻ってきました。学生時代から続いていた夜の不整脈は、治療後の心電図検査で消えていました。20代なのに高めだった血圧は、正常範囲に落ちました。朝の頭痛もなくなりました。

CPAPは、いまでは私にとって相棒のような存在です。出張にも、旅行にも、必ず持っていきます。 ここで一つ、新聞記事でも紹介されたエピソードに触れておきます。「性格が変わった」と周囲から言われた話です。もちろん「SAS治療で性格が変わる」という直接的な医学的エビデンスはありません。ですから、新聞記事のエピソードは、あくまで私の体験談であり、私の周囲の主観的な観察です。 ただし、未治療SASでは、慢性的な睡眠の質低下と日中の眠気により、気分の変動性が増す、イライラしやすくなる、抑うつ症状が強まることが報告されています。
逆にCPAP治療によって、これらの症状が改善することも示されています。 SAS患者の脳波をみると、睡眠が頻回に分断され、深い睡眠がほとんどゼロに近い、というケースも少なくありません。8時間寝たつもりでも、脳は徹夜状態になっているのです。誰だって徹夜状態で働けば、生産性も落ちるし、イライラもするでしょう。


健康経営の最大の盲点は、睡眠だ

ここから先は、特に経営者・人事担当・健康経営推進者の方に読んでほしい話です。 米RAND研究所の試算では、日本の睡眠不足による経済損失はGDP比約3%にあたるとされています(Hafner et al., 2016)。先進国最悪の水準です。仮に売上1,000億円の会社で、社員の睡眠不足による生産性損失が売上の3%相当——年間30億円規模——を蝕んでいる、という規模感です。

これまで書いた構造は、組織レベルでも完全に同じ形で現れます。社員一人ひとりが「自分は元気だ」「忙しいだけだ」と片付け、職場の健診で睡眠は問われず、上司や同僚は「日中眠そうだ」を「気合いや生活態度の問題」と評価する。組織は、未診断のSAS患者を抱えたまま、日々の業務を回しています。

健康経営の文脈で、近年もっとも重視されているのがプレゼンティーイズム(presenteeism)という概念です。社員が出勤はしているけれど、心身の不調により本来の生産性が発揮できていない状態のこと。対義語のアブセンティーイズム(病気欠勤)よりも、企業の経済損失としては圧倒的に大きいことが、複数の研究で示されています。経済産業省の試算でも、企業の医療関連コストの中でプレゼンティーイズムが最大とされています。



健康経営は「配当」ではない、「投資」である

ここで、私が経営者・健康経営担当の方に伝えたいのは、一つのフレームの転換です。 「うちは中小企業だから、健康経営に回すお金がない」「日本は財源が限られている中で、追加の健診項目なんて現実的じゃない」——この反応を、私は何度も聞いてきました。 そして私は、この反応こそが根本的に間違っていると思っています。

これは投資マインドの欠如から来ているからです。投資をするしないに、手元資金の多寡は関係ありません。むしろ、将来の資金を増やすために投資をするのです。 お金が余っている人は、投資をする必要がありません。余ったお金を福利厚生に回せばいい。配当を出せばいい。それが「いまある資源を、いま分配する」ということです。

しかし、いまの日本企業——特に多くの中小企業——は、そういう状況ではありません。少子高齢化と労働力減少は、数字上、すでに歯止めが効きません。一人ひとりの生産性を上げるしか道はない。そのためには、いま手元にある限られた資源を、戦略的に「投資」するしかない。 健康経営は、まさにこの「投資」です。

短期的には支出になっても、中長期的により大きなリターン——労働生産性、人材定着、企業価値——を得るために、資源を投じる行為。

人生の3分の1は睡眠です。1日24時間のうち8時間。それを「ぼーっと寝ている時間」として捉えるのか、「残り3分の2の時間のパフォーマンスを決定づける時間」として捉えるのか。同じ8時間でも、意味づけが180度違います。これを軽視するほうが、不自然です。

最後に

睡眠は、いろんなデータで、食事や運動に匹敵するほど、生活習慣病や生命予後に深く関わる因子であることがわかっています。にもかかわらず、健診の現場ではどうでしょうか。多くの方が、健診で食事指導を受けた経験があると思います。運動指導も、最近は多くの健診施設が取り組んでいます。

しかし、睡眠指導をしている施設は、ほとんど見かけません。 最近でこそ、一部の芸人さんや有名人が自身のSASをカミングアウトすることがありますが、いまでも多くの患者さんは、自分が無呼吸であると周囲に明らかにしたがりません。それは、無呼吸に限った話ではなく、どんな病気でも同じかもしれません。自分が重症の病気であることを面白おかしく公開したい人のほうが、珍しいでしょう。

私個人にしても、自分が無呼吸であることを明かすメリットはほとんどありません。
しかし、私には子供がいます。その子供たちが、さらにその先の世代が、いまより少しでも幸せな未来で生きてほしい。その子供たちが生きる日本に、もう一度元気になってもらいたい。これは、専門家としての使命というより、一人の親としての願いです。

私の記事がそのきっかけのひとつになれば、こんなにうれしいことはありません。


*特別号では個人的な考えをメインに記しているため、細かい出典は割愛させていただきます。

*noteの記事の内容は筆者の個人としての見解です。筆者所属の医療機関の見解とは一切関係ありません。内容の正確性には細心の注意を払っておりますが、万が一不適切な内容がございましたらご指摘いただけましたら幸いです。


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