【小説・ヴィーナス症候群】[692]迷惑もの
町田の百貨店。
Feliceの新作ドレス展示のため、武隈莉子は「トルソーさん」として一日立ち続けていた。
閉店後、スタッフに軽く会釈をして外に出る。
駅前の雑踏。
町田は神奈川です!
そんな立て看板が、今日も主張している。
莉子は小さく笑って、スマホを確認した。
「もう着いとるよ」
奈津からのメッセージだった。
カフェの窓際の席。
莉子は、目の前の奈津をじっと見ていた。
奈津は大手新聞社に勤めていたが、幼稚朝駆けのブラックな職場環境と一般市民のマスゴミ呼ばわりで体調を崩し、休職していた時期があったのだ。(第387話)
「元気そうやね・・・」
奈津は肩をすくめる。
「まあね」
「なっちゃん、すっかり変わったね・・・肥後時習館から早稲田に行った優等生には見えんばい」

奈津はコーヒーを一口飲んで、少しだけ笑った。
「優等生の看板なんて、とっくの昔に捨てたばい」
莉子は視線を落とす。
あの頃の奈津は、もっと真っ直ぐだった。
「今、なんばしよっと?」
奈津は、あっさりと答える。
「米軍の厚木基地のPXで売り子ばしよる」
莉子の義手の指先が、わずかに止まる。
「のんびり仕事できるし、英語の勉強にもなるし、楽しかよ」
莉子は窓の外を見た。
「米軍基地か・・・前に横田基地に仕事で行ったことあるばい」(第291話)
奈津は少しだけ目を細める。
「米軍基地は今、大変ばい」
店の外では、人の流れが絶えない。
「戦争始まってしもうたけん、毎日市民団体がデモしに来るとよ」
淡々とした口調だった。
「それでなくても、米軍基地なんて迷惑ものでしかなかとやろうけどさ」
莉子は、返す言葉を持たなかった。
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