【小説・ヴィーナス症候群】(69)「トルコミ」管理人の苦悩
第一章 トルソー卒業
東京・西荻窪。築三十年を超えたアパートの一室に、神俣葵は住んでいる。
駅から近く、坂が少ない。ただそれだけで選んだ部屋だった。手すりもエレベーターもない。バリアフリーとは無縁だが、現場で「トルソーさん」をやっていた頃の身体にはむしろ“普通”だった。
神俣葵、三十二歳。両腕がない。ヴィーナス症候群――通称「ヴィーナス児」の第1世代である。
大学では心理学を専攻していた。卒業の頃にはすでに、アパレルブランドでフィッティングモデルの現場に呼ばれるようになっていた。腕がないことで、袖を通す必要がない。着替えが早い、動かない、肌の質感がある。プラスチックのトルソーよりずっと“使える”と、現場では言われた。
葵と同じようにフィッティングの現場で活躍するヴィーナス児は増えるようになり、いつしか「トルソーさん」と呼ばれるようになっていた。
名指しで呼ばれることに、最初は誇りがあった。だが、十年以上も続けていると、そうもいかなくなる。
とくにウェディングドレスの現場だった。デコルテの大きく開いたドレスを着た自分の姿を、ふと鏡で見た瞬間――肩の骨ばった感じ、肌の質感、姿勢。二十代の頃には感じなかった違和感が、そこにあった。
義手を付けて休憩中、若いトルソーが気を遣って言ってくれる。
「そんなことないです。葵さん、すごく綺麗ですよ」
その言葉が、かえってつらい。

今は、原稿を書くことで生活をしている。
障害者福祉、パラスポーツ、義肢装具の制度――トルソーの現場で出会った事例を少しずつ書きため、寄稿先も増えてきた。昨年からは名前を出して依頼が来るようになり、生活もなんとか回っている。
当然、五条誠司のことも知っていた。若手の改革派国会議員。障害等級の見直しを主張し、SNSでも勢いがあった。「障害があってもできることはある」――一見正論のように聞こえる言葉が、当事者にとってどれだけ冷たく響くか。葵は、何度もそれを記事に書こうとし、書けなかった。
この国では、「見直し=軽くする」が前提であることを、当事者は知っている。義手が支給されるかどうかが、等級で決まることも。
……だから五条の名前を見るたびに、胸の中に針のようなものが刺さった。
そして――その名前を、まさか速報で見ることになるとは思わなかった。
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ノートパソコンの画面に向かっていたとき、テレビの端に白いテロップが流れた。
「【速報】元・五条誠司議員、東西線早稲田駅にて人身事故 死亡確認」
しばらく、意味がわからなかった。原稿のカーソルが止まる。数秒して、ようやく事態が飲み込めた。
怒りがなかったわけではない。むしろ、怒ることすらできないほど、感情が混乱していた。
「ようあんなんと結婚する奴おったなあ」
その言葉が、村内凛ひとりに向けられたものでないことを、葵はよく知っていた。
五条は、続けてこう言L
――“ヴィーナスって、遺伝するかもしれないんでしょ?”
ああ、この人にとって、わたしたちは「産まれてこない方がいいもの」だったのだ。
凛に対する偏見ではない。葵に対しても。当事者団体であるコルチカムの会の仲間たちに対しても。過去に、今に、未来に向かって生きようとするヴィーナス児たちそのものを、否定されたのだ。
無神経でも、傲慢でも、軽口でもない。あれは、差別だった。はっきりとした、まっすぐな、悪意のない“本音の”差別。
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だからこそ、五条が飛び込んだと知ったとき、自分の中に何が湧き上がってきたのか、うまく言葉にできなかった。
怒りではない。哀しみでもない。ただ、深い疲れだった。
制度を変えたかったのだろう。社会を良くしたかったのかもしれない。けれど、わたしたちの声に耳を傾けることなく、走り、踏みつけ、そして勝手に絶望して、ひとりで終わった。
「飛び込んでよかった」なんて、思いたくない。
でも――どこかで、思ってしまった自分がいた。
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その夜、義手を外したまま、スマホで自撮りを撮った。
白いドレス。あらわになった肩。もう、それを求める声も、減ってきた。
「そろそろ卒業かな」と添えて、静かに投稿した。
トルソーとしての活動からは、もう離れよう。
そう思えたのは、たぶん、この報せがあったからだ。
けれど、終わらないものもある――それは、誰かの言葉が、今も胸に残っているから。
第二章 それでもやめられないもの
葵自身が運営するクローズドなSNS・トルコミへの「トルソー卒業します」の投稿には、すぐに「いいね」がいくつも付いた。
「お疲れさまでした!」「長い間ありがとうございました」「本当に綺麗です」――そんなコメントに混じって、ひとつだけ、短いメッセージが届いていた。
《葵さんがいなくなったら、トルコミ、どうなるんですか?》
胸の奥が、ひやりとした。
トルコミ。ヴィーナス児のトルソーさんたちが、仕事や義手、現場の情報を交換するSNS。匿名でも実名でも投稿でき、派遣先のブラックリストや撮影現場での注意点、義肢メーカーのトラブル対応、時には体調やメンタルの悩みまで、すべてがここに集まってくる。
情報が集まるから、人が集まる。人が集まるから、また情報が増える。
そして、誰も“管理人になりたい”とは言わない。
責任が重いのだ。誰かの投稿がトラブルになれば、問い合わせはすべて葵に来る。荒らしの削除も、自動ではできない。夜中でも、緊急なら対処する。
何人かには声をかけた。「そろそろ誰かに引き継いでほしいんだけど」と。でも、返事は決まって同じだった。
「えっ……無理です。そんな、わたしには…」
それでも、やめられない。
義手の支給が止まったという投稿を見て、フォロワーが対処法をコメントしてくれた。派遣先でセクハラを受けたという若い子の書き込みに、見ず知らずのトルソーが「私も同じでした。担当者、変わりましたか?」と返信をつけた。
こんなやりとりが、誰かの命を守っているかもしれない。
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翌朝、葵はDMの返信を開いて、そっとこう打った。
《まだ、もう少しだけやります。後任が見つかるまで。》
神俣葵、三十二歳。ヴィーナス児第1世代。卒業を決めた。でも、全てを終えるわけではない。
――必要とされているうちは、もう少し。
