【小説・ヴィーナス症候群】(45)改革に挑む青年議員
衆議院議員会館・五条誠司事務所
(20XX年4月上旬・午後)
「いやあ、五条さん。厚労の人間が、あんたのこと“制度の外から揺さぶってくる存在”って言ってたよ」
全国紙・政治部の江藤が、紙コップのコーヒーを置きながら笑った。
「“外”っていう言い方、露骨ですね」
「裏で言ってるぶんにはまだいいけど、さすがに大臣官房のレクでも出てきたらしい。“反応しない方がいい”って意見と、“放っておくと広がるから潰した方がいい”って意見とで分かれてたって」
五条誠司は静かに頷いた。
「彼らの中で議論になってるってことは、効いてるってことですね」
—
記者が出たあと、会議室に戻るとスタッフたちがスクリーンの前で集まっていた。
SNS運用担当の藤田直登が、タブレットを操作している。
「“#できるのに1級?”、またバズり始めてます! 義手で料理してる動画とか、“これで1級なの?”ってリプが何百もついてます!」
私大政治学部の3年生。模擬国会で活動していたが、制度設計の知識はまだ浅い。政治の“熱”を信じているタイプだった。
「“#支援のアップデート”も伸びてます。“昭和の制度に令和の技術”って言い回しが受けてますね」
広報の塩谷実梨が、別のモニターに短尺PR動画の素材を映し出す。
元・地方局のキャスター。報道経験から政治に興味を持ち、動画編集とメッセージ設計に関してはプロ意識が高い。
「“自立は依存からじゃない”ってタイトル、どうです? “もう守られるだけの時代じゃない”ってコピーで締めたらいい感じに拡散されそうです」
「いいね。出そう」
五条は軽くうなずくと、ホワイトボードに言葉を走らせた。
「支援は“永続”じゃなく、“移行”のためにある」

「すみません、少しだけ」
その場にいた政策担当、有馬大翔が控えめに声を上げた。
元・経済産業省の官僚。制度そのものより構造や社会設計に関心が深いタイプだった。
「ちょっとだけ、わかりやすく説明しますね」
塩谷が手を止め、藤田も少しだけタブレットから目を離した。
「今、拡散されてる“できるなら支援は不要”という文脈ですが、これ制度的には“支援対象外になっても当然”という方向性を持ちます。
ただ、義手を“使える”というのは一律の話ではなく、訓練時間・家庭環境・費用・心理的抵抗など、前提が大きく異なります」
藤田が眉を寄せた。
「でも、“やればできる”って言ってる当事者もいますよね。自分から“支援いらない”って人もけっこう見ますし」
「その声があるのは分かります。でも、制度は“できる人”じゃなく、“できないままの人”も包含して初めて成り立ちます。
たとえば、自転車の補助輪みたいなもので——」
「でも、それ、“走れるようになった人”にずっと補助輪つけとくのも変じゃないですか?」
藤田が食い気味に言うと、塩谷も続けた。
「そうそう。“支援を卒業する”って考え方、ポジティブだし、共感もされてますよ。“守られることが当たり前”っていう空気が変わってきてるの、実感します」
五条はうなずいた。
「変えるってそういうことだろ。制度が時代に合ってないなら、俺たちが動かすしかない。
“できるようになったら卒業する”っていう当たり前を、ちゃんと制度の方に組み込む」
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有馬は手元の資料に視線を落とした。
一瞬だけ、塩谷と藤田が彼を見たが、再びそれぞれの画面に戻った。
「“明日から変える制度”ってタイトルどうですか? “若い政治家が古い制度に挑む”って文脈、絶対刺さりますよ」
「そのまま出していいよ」
五条はホワイトボードの下に、もう一つのフレーズを書き加えた。
「できるなら、支援はいらない。社会は、そうやって前に進む」
