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【小説・ヴィーナス症候群】[573]月の花

赤坂のドレスブランド・Felice。
トルソーの武隈莉子は、珍しく総務に呼ばれていた。

総務、という言葉に少しだけ首を傾げる。
また他ブランドへのレンタル案件だろうか。
下着屋とか(442)、モード系とか(103)。
身長が172センチある莉子は、Feliceの専属でありながら、そういう仕事も時々回ってくる。

「莉子ちゃん、断れない案件が来た」

総務の第一声が、それだった。

「え?」

「良縁閣のオーナー夫人がね、『ドレスを描いてみましたの』とか言い出してさ」

良縁閣といえば全国チェーンの結婚式場。

「良縁閣とは付き合いも深いし、いくら奥様の気まぐれでも断れなくて」

「ああ……」
莉子は即座に察した。
「それを、私が着ろって話ですね」

「そう」

すでにアトリエには、一本のドレスが用意されていた。
商品番号も、コレクション名もない。
ただ「奥様案件」とだけ、内輪で呼ばれているそれ。

実際に着てみてから、莉子は義手を外した。
ストラップレスのラインが、肩口に静かに落ち着く。

デザイナーの横矢が、「『月の花』っていうコンセプトなんだってさ」

「おお……」

ダークブルーのタイトなシルエット。
光の当たり方で、布の奥から花が浮かび上がる。
柄というより、咲いている、という感じだった。

「いいね、いいね!」
横矢はもう、完全に乗っている。
「これでお披露目の段取りを取ろう」

「どこですか」
莉子は半ば冗談で聞いた。
「川崎の良縁閣とか、浦和とか」

「いや」
横矢はあっさり言った。
「オーナー宅。田園調布」

「ウヒョー……」

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