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【小説・ヴィーナス症候群】[274]かかし

工場の午後、サイセイ義肢の試作室にはミシンや旋盤の音が響いていた。
新しく訪ねてきたのは、制服姿の女子高生――定平史那だった。彼女は交通事故で両足を失ったばかりで、まだ車椅子の生活にも慣れていない。だが、明るさだけは失っていないように見えた。

この会社で「トルソーさん」として働く割出結菜は、作業机の前から立ち上がり、彼女に歩み寄った。
「史那ちゃん、大変だよね……」

史那はにっこり笑って、首をかしげる。
「え?両腕が義手の人が心配します?顔グチャグチャになったわけじゃないし、全然平気ですよ。それよりさっさと義足で闊歩したいです。脚見せコーデしてやりますよ。あとコスプレイベントの準備もあるし・・・」

結菜は思わず笑ってしまった。
「史那ちゃん、強いよね」

「え?それ義手の人が言うんですか?義手の方がよっぽどつらいと思いますけど」

「うーん……まあ、私みたいに先天性の子ってね、健常者の経験がないから、意外とあっけらかんとしてるのよ」

「そうなんですね」史那は肩を揺らして笑う。
「彼氏なんかも、『お前って持ち運び便利だよな』とか言うんですよ」

「何よ、その言い方」

「そう思うでしょ?あと、『お前を自転車の荷台に置いとこ』とか言うんですよ」

「なんか青春してるね」

そのとき史那は、両腕を大きく広げて立ち上がった。細い支柱に頼り、まるで畑に立つカカシのように。
「かかしの真似〜!」

「やめなってば。転んじゃうよ」結菜は慌てて駆け寄った。

「ところで、私の義足っていつできるんですか?」

「それは義肢装具士さんに聞かないと分かんないけど、そんなすぐにはできないよ。彼氏に持ち運びしてもらって、しばらくは青春してなさいよ」

史那は首をかしげ、急に真顔になった。
「ユイナさんは彼氏いないんですか?」

結菜は一瞬だけ視線を落とした。
ヴィーナスの子はね……難しいの。遺伝するとかしないとか言われてて、結婚、ほとんどダメになってるから」

史那の瞳に涙がにじんだ。
「かわいそうですよね……」

「別にいいよ。みんな好きに生きてるし。史那ちゃんもそうしなよ」
結菜はそっと声をかけた。

しかし次の瞬間、史那の身体がぐらりと揺れた。
「あ、ほらほら、倒れちゃう!」

結菜は咄嗟に両腕を伸ばし、鋼の義手で彼女を支えた。
鉄と涙のあいだで、二人はしばらく抱き合うように立ち尽くしていた。

工場の窓から差し込む光は、義肢の金属をきらりと反射しながら、二人の未来をぼんやりと照らしていた。


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