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【小説・ヴィーナス症候群】[386]華のないふたり

フリーの「トルソーさん」弓張渚の次の仕事は、Palmaだという。
あの、代々木八幡の浮世離れしたアトリエか……そう思った矢先、もう一度連絡が入った。
今回は、代々木上原の屋敷ではなく、稲城にある工場での立ち会いだという。

それで、新宿行きとは逆の、本厚木行きの電車の中にいた。
登戸で南武線に乗り換えて、稲城長沼へ。

その「多摩川テキスタイル」という小さな工場には、すでにPalma専属トルソーの浜中悠里がいた。
「よろしくお願いします」
「ナギちゃん、よろしくね」

しばらくして、「繊維業界新聞」の取材が始まった。
今回の企画は、流行やデザインの話題よりも――
“布のできる現場”を記録するシリーズ〈現場訪問〉の取材だった。
布が縫われ、仕上げられ、風を通すその瞬間を見つめたい――
それがこの新聞の取材方針だ。

白い布の山を背に、女性工場長の真壁慶子が淡々と答える。
「姫君――Palmaのデザイナー兼社長のことなんですけど、あの人の服に対する理念というのは決して派手なものではありません。
それをショップで売れる製品にしていくのが、私ども工場の仕事であると考えています」

記者の藤井菜月が軽く頷きながら、作業台に広げられた布を覗き込む。
真壁は、布端を指で整えながら説明を続けた。
「こちらが“風見トップス”。リネンとコットンの混紡で、風の通り道が見える生地です。
そしてこちらが“霞スカート”。洗いざらしのリネンで、裾の波打ち方が特徴。
今日立ってもらっているのは、その製品サンプルなんですよ」
「なるほど。Palmaさんらしい、空気のあるラインですね」
「ありがとうございます。見た目は地味ですが、そこがいいとおっしゃるお客様が多いんです」

やがて、ふたりのトルソーが並んで立つ撮影になった。
風見トップスと霞スカート。
アイロンの蒸気のなかで、布が静かに呼吸している。
カメラのシャッター音が止むと、真壁が微笑んだ。
「華はなくても、本当に良さをわかってくれる人に選んでほしい一品です」

取材が終わると空気が柔らかかった。
「華のないふたり、だったね」悠里が笑う。
「でも悠里さん、髪を下ろすと優しい感じになるんですね」
「何よ、普段優しくないみたいじゃない」

ふたりは笑って、風にほどける前髪をそっと揺らした。


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