見出し画像

【小説・ヴィーナス症候群】[217]予言の魚

「来たぞ、恵麻。とんでもないやつが」

昼下がりの事務所に、社長兼マネージャーの長居紳助が飛び込んできた。
ヨレたスーツにクロックス、背中のリュックが妙に膨らんでいる。彼はそのままデスクにA4ファイルを叩きつけた。

「仮歌。アイドルの新曲だ。グループはmer.mer。で、作詞が――白峰杜子春」

「……白峰杜子春?」

一拍遅れて、私は聞き返す。

「あの《夕焼けリフレイン》の? 《泡の記憶》《十二月の片想い》の?」

「その白峰。昭和・平成・令和、三時代をまたぐ言葉の魔術師。現場で“先生”って呼ばれて黙るやつ、今でもいるからな」

「そんな大御所の仮歌……うちに?」

「普通なら来ない。仮歌専門のプロが何人もいる案件だ。たとえば飯塚梨央とか、村崎るなとか。知ってるだろ?」

名前は聞いたことがある。
アイドル業界の仮歌を長年担当している、いわば“裏方の名人”たち。音大出身、レコーディング経験も豊富、仮歌なのにファンがつくレベルの存在。

「……でも、誰も引き受けなかった」

「は?」

「歌詞が、ヤバい。っていうか……意味不明すぎて、歌う気にならないって」

長居がファイルを開いた。白い紙に、黒い文字で打ち込まれた“白峰節”が並んでいる。

なまあたたかい 夢の骨に
小指だけで釣った 月を沈める

まぶたの裏に 貼られたサカナの切手
君の声は 未来の缶詰みたい

ミジンコと契約した放課後
ぼくらは泡で告白したね

おーい 予言の魚よ
この教室にだけ雨をふらせて
すべて忘れて泳ぎたい
アルバムのなかの水槽まで

パジャマのポケットに 入れたのは
君じゃなくて マグロのひれ

「……ほんとに、白峰が?」

「本人直筆。ディレクター曰く“天啓が降りた”らしい。だけど現場は全員、胃を押さえてた。仮歌チームの梨央ちゃんなんて、“これ歌うのは文化の冒涜です”って言って断ったってさ」

「で、うちに?」

「“どんな歌詞でも動じないやつがいい”って探して、回ってきた。業界で最近、“両腕がなくて感情出さない子が一人いる”って話題らしいぞ」

「……それ、褒められてるのかな」

「知らん。でも珍案件はうちの看板だろ?」

私は苦笑した。
まあ、ギャラをもらうなら歌うだけだ。
私は歌手への夢を追っている間、“トルソーさん”――アパレルの着用モデルとして生まれつき両腕のない身体を活かして働いていた。今は歌手としての仕事が定期的に入ってくるようになり、珍しい声と冷静な歌唱で食べている。



代官山のスタジオ。
私は黒いタンクトップとデニムスカートで現場入りし、ブースへと入る。

義手は外す。肩から下がなめらかに切り落とされたような両腕のない身体が、スタジオの柔らかいライトに浮かび上がる。


「じゃあ、テイク1いきまーす」

エンジニアの声。ヘッドホンからカウント。
ピアノのイントロ、そして“あの”歌詞。

♪ なまあたたかい 夢の骨に
小指だけで釣った 月を沈める…

♪ ミジンコと契約した放課後…

♪ パジャマのポケットに 入れたのは
君じゃなくて マグロのひれ~~~

歌いながら、ブース越しに目が合った。
長居が顔を伏せて笑っていた。私も肩を揺らしそうになったが、プロとして踏みとどまる。

録音終了。エンジニアは「よかったです……ほんとに」と言ってくれた。たぶん、心からではない。



数日後、mer.merの新曲発表会が行われた。

純白ドレスの7人がステージに立つ。スポットライト、フラッシュ、観客の歓声。イントロが鳴る。

♪ なまあたたかい 夢の骨に…

1人目、こわばる。2人目、動揺。
「ミジンコ」で苦笑し、「マグロのひれ」で目をそらす。

Twitter(X)は炎上。

「mer.merにこれを歌わせる神経よ」
「白峰先生、どうしちゃったの……」

その翌日、朝のニュース番組が一斉に速報を流した。

【速報】作詞家・白峰杜子春氏(84)、皇居前で不審車騒動
― 車体に“意味不明な詩句”記載、身柄を皇宮警察が確保

本日午前9時半頃、千代田区の皇居前広場にて、作詞家・白峰杜子春氏が運転する車両が歩道に乗り上げ、一時的に交通規制が行われた。けが人なし。

車体には油性マジックで多数の文言が直接書き込まれており、一部は以下の通り:

• 泡で告白した
• ミジンコはすでに知っていた
• マグロのひれが未来を拒否する
• サカナは朝焼けに降る
• 教室に雨をふらせよ

白峰氏は現場で抵抗せず、自ら「これは予言の再現です」と述べたのち、皇宮警察が身柄を保護。精神状態の確認を目的に医療機関での鑑定が進められている。



X(旧Twitter)の反応(抜粋)

• 白峰杜子春、ついに壊れてしまったのか。高校の現代文で習ったのに…
• mer.merの新曲歌詞、そういうことだったんだ…
• 「マグロのひれ」は最初ギャグかと思ってたけど、まじで発症だった
• 予言の魚、マジで預言だったじゃん
• これで白峰の全集、絶版になったら泣く

YouTube コメント欄(発表会ライブ映像)

• この曲、歌ってる子たち可哀想だったな……
• 今見ると「未来の缶詰」って完全に暗喩だったんだな
• あのとき“なんでこれ出すの?”って思ったの、間違ってなかった

匿名掲示板(音楽板)

• 【悲報】白峰杜子春、車体にポエム書いて皇居突入
• “予言の魚”=自分だった説、濃厚すぎる
• サカナが来る(物理)
• CDお蔵入り確定 白峰、ガチの終焉じゃん…

事務所でスマホを見ていた私は、息を吐いた。

「……なんか、本当に“落ちた”んだな、あの人」

長居紳助が、いつもの缶コーヒーを持ってきて言った。

「白峰先生、あの歌詞のなかにもう帰る場所なかったんだろうな。
“未来の缶詰”って、自分のことだったんじゃないかって……考えちまったよ」

「まさか……とは思うけど、あれが“遺書”だったのかな」

「業界じゃもう“白峰の最期の詩”として、逆に出回りそうだぞ。お前の仮歌、関係者が保存してるってよ」

「私、ミジンコと契約した放課後を真顔で歌ってたんですけど……」

「それがプロってもんさ」

外では、再び雨が降り始めていた。

“教室に雨をふらせよ”――
詩人の最後の願いだったのか、それともただの錯乱だったのか。

答えはもう、缶詰のなかだ。


#AI小説 #小説 #ヴィーナス児 #ヴィーナス症候群
#矢野恵麻
#毎週ショートショートnote   #予言の魚

いいなと思ったら応援しよう!