【小説・ヴィーナス症候群】(16)義手の展示会
ヴィーナス児の出生は、もはや珍しいものではなくなっていた。
両腕が形成されずに生まれる少女たち——その数は年々増加し、政府は義手の開発を国家的課題に据えた。
これが「第2サリドマイド事件」である。
それに伴い、実際に使用する当事者であるヴィーナス児による着用実演モデルの需要が高まり、義肢メーカー各社は“トルソーさん”と呼ばれる専属モデルを次々と雇用し始めていた。
展示会。そこには複数の義肢メーカーがブースを構え、各社の「トルソーさん」たちが立っていた。
みなノースリーブのワンピースに身を包み、両腕に義手を装着し、来場者に静かに動作を見せている。
その中を、家久綾音は一人歩いていた。
彼女自身もまた、ヴィーナス児。両腕はない。普段はアパレルブランド「Ria」の専属トルソーとして、義手を外したその肩のラインを“ファッションとして”見せる仕事をしている。
だが今日は、モデルではない。ただのユーザーとして義手の展示会にやってきた。
そろそろ生活用の義手を買い替えたい——それだけの理由だった。
ふと視線の先で、あるブースに立つ女性の姿に目が止まった。
両腕に義手を装着し、無駄のない動きで操作を見せるその姿に見覚えがあった。

(……結菜ちゃん?)
「サイセイ義肢」という会社の透明なブースにモデルの名前の表示はない。けれど、綾音はすぐにわかった。
数年前、ヴィーナス児の当事者団体「コルチカムの会」で一度だけ顔を合わせた。
「金沢から来ました、割出結菜です」と自己紹介していた、ワリダシという珍しい苗字の中学生の子——いま、義肢メーカーのトルソーとして、確かな動作で立っていた。
展示が終わり、控室に戻ろうとするその彼女と、ふと目が合った。
「あっ、綾音さん……だよね?」
「結菜さん。久しぶり。あのとき以来だね」
「そやよ。あれ、中三のときやったし。
ここの社長が金沢の人でぇー、高校のときに“ウチの会社来んけ?”って声かけられてぇー、それで東京来たんよ」
その語尾ににじむ石川のなまりが、綾音には懐かしかった。
彼女の父は福井出身で、幼い頃から家の中で似たようなイントネーションを聞いて育っていた。
「今ちょうど休憩入ったとこでぇー、お茶でも飲まん?」
「うん。ぜひ」
⸻
簡易カフェのテーブル。
義手の指で支えた紙コップが、ふたりの間に並んだ。
「さっきの展示、すごく自然だった。操作も丁寧だったし、ちゃんと“暮らしてる”って感じが伝わったよ」
「ありがとう。でも、あれって全部、“自然に見えるように”訓練しとるだけでぇー、ほんとはずっと緊張しっぱなしなんやわ」
「でも、やっぱり羨ましい。義肢メーカーの仕事ってちゃんとしてるし、待遇もいいし」
「うん、それはある。でも、自分が立ってても、見られてるのは義手なんでぇー。“私がいる”って実感、なくなるときもあるよ」
綾音は頷いた。
「アパレルは真逆。“私の身体”がそのまま見られる。でもね、生活してる感じじゃないの。“ただ綺麗なオブジェ”として扱われる。
しかもさ、変なチャラ男がほんとに多いんだよね」
「変なチャラ男?どんなふうに?」
「“俺、こういう子も全然イケるし”とか、“あ、感覚あるんだ? 触っていい?”とか。
腰に手まわされて、“あ、ごめん、ちょっと反応しちゃったかも”って……ほんっと、ガチで蹴っ飛ばそうかと思った」
「うわ……それ、言葉出んわ……」
「でしょ?でも“フレンドリーなノリ”とか言って、誰も止めない。こっちが怒ると“ノリ悪い”扱いだし」
結菜は紙コップを少し持ち直しながら、苦笑いした。
「うちはそういうのはおらんけど、そのかわり、“おっぱいの重さって義手のバランスに関係ありますか?”とか、真顔で聞いてくる技術者はおってぇー」
「うわ……無自覚のセクハラか……質が違うね」
「うん。でもどっちもしんどいよ。“見せてる”ってだけで、勝手に踏み込まれる。
“開かれてる身体”にされるのに、自分はそんなつもりなかったのにね」
綾音はふと、思い出したように言った。
「麻帆ちゃんも言ってたよ。『Venus diary』で。“会ったこともない視聴者からいきなり結婚してくださいってDMが来ました”って」
「見た見た。“義手の女の子と添い遂げるのが夢でした”ってやつやろ? あれ、麻帆ちゃん義手つけてないのに」
「そう。“愛せます”とか言うの、ほんと一方的だよね。“誰も愛してって頼んでない”って麻帆ちゃんが言ってたの、あれ、すごく響いた」
「勝手に物語つくって、“受け取ってくれる”前提で近づいてくるんよね。……私らはそのために立ってるわけじゃないのに」
ふたりは少し沈黙し、それから同時に小さく笑った。
「でも、綾音さんとこうして話せてよかった。同じようなこと、思ってた人がいるって、すごく救われる」
「私も。また会お? 展示じゃない日に、今度はちゃんとごはんでも」
「うん、ぜひ」
義手の指先で、ふたりの紙コップが静かにコツンと触れ合った。
それは、小さくてあたたかな、共鳴の音だった。
