【小説・ヴィーナス症候群】(3)当事者団体「コルチカムの会」
春の陽射しが差し込む都内の貸会議室。壁際に置かれた加湿器が静かに水蒸気を吐いていた。
その部屋に集まったのは五人の親たち。皆、両腕のない女の子――原因不明のいわゆる「第2サリドマイド事件」で生まれた「ヴィーナス児」の親だった。
場の空気はまだ硬かった。だが、30代の母親がぽつりと言った。
「ネットで見たんです、同じような子がいるって。うちだけじゃなかったって、涙が出ました」
「ブログの記事ですよね」
初老の父親が深く頷く。「うちは中学生です。義手をつけたがらなくて……でも最近、自分の腕を“これが私”って受け入れはじめていて。親の方がついていけなくなることもある」
他の人々も、うんうんと静かに頷いた。
その時、ひとりの女性が発言を求めた。両方の袖口は縫い閉じられており、義手はつけていなかった。
「私は、ヴィーナス児の当事者です。もう40歳になります。親はもういませんが……私も、小さい頃に“同じような人がいる”と知りたかった。だから今日は、当事者として、親の皆さんと一緒に歩いていけたらと思って来ました」
部屋の空気が変わった。
自分たちの子どもが歩んでいく未来に、彼女が光を灯したように思えた。
「この会に、名前をつけませんか」
若い父親が言った。「名前があると、これから参加する人も入りやすいと思います」
「“ヴィーナスの会”とか……?」
年配の母親がそっと言った。
皆がその名をかみしめたが、沈黙が落ちた。
そのとき、観葉植物が好きだという母親が、少し恥ずかしそうに声を上げた。
「……私、植物が好きで。前に“葉っぱのない球根なのに、花だけ咲かせる花”を見て感動したことがあるんです。コルチカムっていうんですけど……」
皆が顔を向ける。
「葉っぱがなくても、ちゃんと咲く。誰に頼まれたわけでもなく、美しく、堂々と咲く。…うちの子も、そうなってほしいと思って……“コルチカムの会”にしませんか?」
一瞬の沈黙のあと、誰かが「いいですね」と言った。
「美しい名前だ」「意味がある」「それに、説明したくなるから、きっと広がる」と。
その日のうちに、連絡用のグループチャットが作られた。名前は、「コルチカムの会」。
最後に、当事者の女性が微笑んで言った。
「私たちのことを知らない人には、“なんの会ですか?”って聞かれるでしょう。そのとき、『葉っぱがなくても、咲ける花のように』って答えましょう。きっと、その人の心にも残ると思います」
その言葉に、誰もが深く頷いた。
まだ始まったばかりの小さな会。それでも、根はすでに、静かに、確かに息づいていた。
