【小説・ヴィーナス症候群】[460]ラブレター終着駅カクテル
鏡まわりのライトだけが柔らかく光っている赤坂のドレスブランド「Felice」控室。
ピンクと白のドレスを着た三人のトルソーさんが、丸椅子に並んで座っていた。
武隈莉子、檜皮谷奈緒、夜久野由美。
撮影前の待ち時間で、ちょうどおしゃべりが盛り上がっていた。
「ねえ、そういえばさ――庄戸正人っていたじゃない?」
奈緒が小声で切り出すと、左右の二人が一斉に顔を向けた。
「いたねえ……」
莉子がふふっと苦笑する。
「ヴィーナス児を“パートアンドロイド”とか言っちゃって、作家やめちゃった人でしょ?」(第388話)
「そうそう。コルチにもファンから嫌がらせの手紙送られてきてたらしいよ」(第404話)
奈緒はさらに声を落とす。
「でね――その庄戸正人、今は電車の運転士やってんだって」
「で、電車!?」
由美が思わず身体ごと前のめりになる。
莉子も笑いをこらえながら、
「どういう転身なの……?」
「ネットに出てたんだけど、茨城のローカル線で運転の練習してるらしいよ。若い運転士さんに怒られながら、『出発進行!』ってやってるんだって。
確か… 『筑波参宮線』だったかな」(第450話)
「いや……想像つかない……」
由美は完全にぽかんと口を開けている。
奈緒は笑いながらも、少し真剣な口調で続けた。
「でもさあ……小説書くって本当に大変なんだよね。
私も年取ってトルソー上がったら小説家になりたいんだけどさ。
今更だけど、庄戸正人ってすごかったんだなって思ったのよ」
「そりゃそうでしょ。ベストセラー作家なんだし」
由美が素直にうなずく。
「今度は庄戸正人みたいにSF書いてみたの」
奈緒が照れながら言うと、莉子がすかさず—
「見た見た! “山田ニャオ”ってペンネームでしょ? “ラブレターの終着駅”! あれ、読んでて全然意味わかんなかった」
「私も書いてて分かんなかった……」
奈緒が肩を揺らすと、三人に柔らかい笑いが広がった。
由美が横顔のまま笑う。
「ていうかなんで“山田”なのよ。檜皮谷ってかっこいい苗字あるのに」
奈緒は口を尖らせる。
「いやいや、檜皮谷なんてシャチハタ売ってないし、電話で説明も大変なんだよ。“ひ・わ・だ・に です”“ヒノキって書いて、皮は皮膚のヒで──”って」
「分かる〜。夜久野もシャチハタないし、“ヨルクノ”って読まれるし」(第89話)
由美が頬を膨らませると、また三人で笑い合う。
「由美ちゃんも読んでみたほうがいいよ。”この人大丈夫?”って思っちゃうから」
「そこまで言うことないじゃん」
「ハハハ」

ラブレターの終着駅 山田ニャオ
終着駅に着いた瞬間、空気がメロトロ波形反転していた。
駅員さんが「今日は時間の並びがウロボロス配置です」と言ったが、私は文系なので「へえ」とだけ答えた。
ポケットには、開封すると泣きたくなるという感情誘導式ラブレターが入っている。
怖いので開けない。
落ち着くために売店で、終着駅カクテル(時空味・微炭酸)を頼む。
飲んだ瞬間、未来の私が現れて「その恋、消滅予定だから諦めな」と言って消えた。
怖くなってラブレターを開くと、紙ではなく音の塊(ソノグラ粒子)が飛び出した。
「ごめん。君は過去行きに乗ったので、僕だけ未来着になりました。
つきましては、この恋を解約します」
読み終えると、駅の掲示板が「次の次が終着(仮)」に書き換わった。
意味は分からない。
私はカクテルをもう一杯買い、
「まあ、人生こんなもんか」と呟いた。
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