【失われた30年の真犯人】私たちが「改革」に取り憑かれた理由
「改革」に取り憑かれてしまった日本
テレビや新聞、ネットニュースで、「改革」という言葉を聞かない日はありません。
でも、ふと疑問に思いませんか?
私たち日本人は、一体いつからこんなに「改革」に取り憑かれてしまったのでしょうか?
そのきっかけを辿っていくと、1990年代のバブル経済の崩壊に行き着きます。
バブル経済の崩壊という、未曾有の経済危機に直面した日本。
あの頃、野球のイチロー選手がテレビCMで放った「変わらなきゃ!」という言葉を覚えている方も多いのではないでしょうか。
あの真っ直ぐなメッセージは、バブル経済崩壊後の停滞からの脱却を願う私たちの心に、深く突き刺さりました。
社会全体が「変わることこそが正義だ」という空気に包まれ、私たちは何かに取り憑かれたように「改革」を求めるようになりました。
しかし、皮肉なことに、相次ぐ「改革」の果てに私たちに突きつけられた現実は、「失われた30年」という重苦しい結果でした。
「改革」が、失われた30年の“真犯人”だった⁉
そもそも、「バブル経済の崩壊」とは何だったのでしょうか。
少しだけひも解いてみると、「バブル経済の崩壊」は、要するに、不動産や株式に集中した投機資金が泡ように弾けた大幅な「信用収縮」でした。
これを処理するためには、どうしても、痛みを伴う一定の調整期間が必要でした。
しかし、一定の調整期間が必要だったといっても、30年という歳月はあまりにも長すぎます。
「失われた30年はバブル経済の崩壊のせいだけではない。きっと別の要因があるはずだ」
と考えるのことは自然なことです。
では、真犯人はいったい何だったのか?
それは、バブル経済の崩壊後に良かれと思って繰り返された、「改革」のせいではなかったかと私は考えています。
削り取られてしまった「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の源泉
バブルが弾ける直前まで、日本経済は「ジャパン・アズ・ナンバーワン※」と評されるほど好調でした。
ジャパン・アズ・ナンバーワン(Japan as No.1)
1970年代、経済的に行き詰まっていたアメリカに対し、アメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルが書いた「日本の成功から学ぶべきだ」と警鐘を鳴らした書。
日本経済は世界最強と言っても過言ではないほど勢いがありました。
その強さを支えていたのは、日本独自の経済システムであり、働く人たちの勤勉さや協調性といった日本人のメンタリティでした。
当時の日本社会には、日本人というエンジンを「最も効率よく回す仕組み」が備わっていたのです。
しかし、私たちは「バブル経済の崩壊」をきっかけに、あまりにも無分別に「改革」を行ってしまいました。
その結果、日本人が本来持っていた独特の強みまで、ごっそりと削り取ってしまいました。
皮肉なことですが、日本を救うはずだった「改革」が、かえって日本人から活力を奪い、長い停滞を生み出す要因になってしまったのです。
「改革」の幻想を捨て、私たちの強みを取り戻す
さて、そろそろ私たち日本人は、この無分別な「改革」のループから抜け出すべきではないでしょうか?
「何かを変えれば、きっと良くなるはずだ!」という甘い幻想を追い続けても、待っているのはさらなる停滞だけです。
私たちが必要としていることは、現状を否定し続ける「改革」ではありません。
私たちが本来持っている強みを見つめ直し、今の時代に合わせて最適化していくことです。
これは決して、昔を懐かしんで時計の針を戻そうという話ではありません。
「改革」の呪縛から解きはなたれて、一歩ずつ「確実に前に進む」ということに舵をきるべきなのです。
では、私たちが目指すべき「確実に前に進む」ということが、どういうことなのか、一緒に考えていきたいと思います。
