【痛みに耐えて安心するマゾヒズム】私たちが陥る「改革依存」の罠
誰もが口にする「絶え間ない改革」という病理
政治家も、経営者も、評論家も、口を揃えてこう言います。
「改革を断行しなければならない!」
「現状維持は後退だ!時代に合わせて変わり続けなければ生き残れない!」
これらの言動は、非常に前向きで正論のように聞こえます。
しかし、現場の視点に立ったとき、このスローガンほど辟易し、組織を思考停止に陥らせるものはありません。
手段が「目的」にすり替わる、改革の病
ここで改めて、「改革」とは何かを考えてみることにします。
本来、改革とは「今の状況をより良くするために、現状を変える手段」のはずです。
「手段」である以上、目の前の課題が解決されたら、その改革は一旦「終わり」を迎えるのが健全な姿です。
それにもかかわらず、延々と改革が続いているのだとしたら・・・。
それは、改革が「手段」から「目的」へとすり替わってしまっていることになります。
では、なぜ改革は「目的」になってしまうのでしょうか?
そこには、私たちの「将来への不安」を埋めるための「代償行動※」という心理が隠されています。
代償行動
代償行動とは、ある欲求や目的が直接的に満たされない場合に、それに代わる別の行動や手段で埋め合わせをすることを指す心理学用語で、「防衛機制」の一種とされています。
痛みに耐えることで、不安をかき消す「心のからくり」
ここで言う「代償行動」とは、心理学でいう防衛機制の一種です。
自分の欲求や不安が直接解決できないときに、別の行動で心のバランスを取ろうとする無意識の心のはたらきのことです。
その「改革」めぐる代償行動のメカニズムは、次のようなものです。
①「痛みを伴う改革」を断行する
②その痛みが大きければ大きいほど、「これだけ痛みに耐えたのだから、きっと将来の役に立つはずだ!」と自分に言い聞かせる
③痛みに耐えた達成感で、一時的に将来への不安を忘れる
このプロセスを経ても、しばらくすると再び「将来への不安」がムクムクと湧き上がってきます。
すると私たちは、不安をかき消すために、また次の「痛みを伴う改革」を探しにいくのです。
つまり、将来の不安を打ち消すために、①から③のプロセスで。終わりのない「改革」を繰り返すことになるのです。
そして、わざわざ自分に「痛み」を課すことで、一時的な心の平穏を得ようとする。
これこそが、私たちが陥っている「改革」依存のマゾヒズム的な病理の正体なのです。
「改革の青い鳥」は追わない
もちろん「改革」のすべてを否定するつもりはありません。
必要な「改革」は実行すべきですし、状況によっては、継続的に「改革」を行っていくべきです。
ただ、青い鳥を追うように、目的化した「改革」を続けることは、ナンセンスと言わざるをえません。
いつまでも自己を否定し続ける「改革」のフェーズに留まっていては、閉塞感に包み込まれるだけで、いつまでも終わりがないのです。
そこから脱却するには、「改革」自体を見直す勇気を持つことが重要です。
そして、その先にある「確実に前に進む」ということにマインドセットすべきなのです。
