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【和魂洋才】の再構築。グローバルスタンダードに呑まれない生存戦略


和魂洋才とは

「和魂洋才(わこんようさい)」という言葉をご存知でしょうか。

 明治維新以降、日本が急速な近代化を成し遂げる過程で、国の指針となった考え方です。

和魂洋才(わこんようさい)
 和魂洋才とは、日本の伝統的精神を保持しつつ、西洋の知識や技術を取り入れて調和・発展させる考え方です。

 これは、日本古来の精神(和魂)を堅持しながら、西洋の優れた科学技術や知識(洋才)を取り入れ、両者を調和させて発展させていこうというスローガンでした。

 当時の日本は、欧米列強に追いつくために猛スピードで西洋化を進める必要がありました。

 しかし、単なる模倣に終始すれば「日本らしさ」というアイデンティティを失ってしまいます。

 「心は日本人のままで、便利な道具や仕組みだけを外から取り入れる」というこの知恵が、国民の不安を和らげ、スムーズな近代化を支えたのです。


グローバルスタンダードは「洋魂洋才」?

 和魂洋才の本質は、精神の核(コア)を日本に置くことです。

 一方で、もし、西洋の優れた科学技術や知識に加え、その背景にある文化や思想まで、丸ごと取り入れてしまう、つまり、「和魂」にまで、「洋」を取り入れて、「洋魂洋才」にしてしまったらどうなるでしょうか?

 「洋魂」にしてしまえば、日本人が持つ特有の欠点は解消されるかもしれませんが、同時に、日本人が本来持っていた強みや結束力までをも破壊してしまうことになります。

 実は、これこそが、かつて日本を席巻した「グローバルスタンダード」の正体かもしれません。


「和魂洋才」から見る日本の勝ち筋

 〇魂〇才によって発揮されるパフォーマンスは、いわば「掛け算」です。

 例えば、欧米人は「洋魂洋才」です。

 本場の欧米人の「魂」に本場の「才」を掛け合わせるとして、発揮されるパフォーマンスを「1.0 × 1.0 = 1.0」と定義してみましょう。

 もし日本人が欧米人の真似をして、「魂」に「洋」を取り入れても、それはあくまで「和風の洋魂」になるだけです。

 「和風の洋魂」では、欧米人の生まれながらの「洋魂」にはどうしても及ばず、数値で言えば「0.8」程度にとどまってしまうでしょう。

 すると、どれほど努力しても「0.8 × 1.0 = 0.8」となり、欧米人のパフォーマンスを超えることは不可能になります。

 一方で、「和魂」という変数は未知数です。

 状況によって は、0.5の可能性もありますが、1.5かもしれません。

 もし日本人が自らの強みを活かして、和魂を 1.5 まで高めて洋才を使いこなせば、計算式は「1.5 × 1.0 = 1.5」となり、世界を相手に勝利を収めることができるのです。

 「和魂」とは、日本式経営のことであり、日本式経営の変数が1以上であったからこそ、洋才を取り入れることで成功してきたのです。 


「日本は異質」という批判の裏側にあったもの

 1980年代から90年代にかけて、経済大国へと急成長した日本に対して、欧米(特に米国)から「日本異質論」が巻き起こりました。

日本異質論(Japan Revisionism、ジャパンリビジョニズム)
 
米国の対日貿易赤字が深刻化する中で、ジェームズ・ファローズやカレル・ヴァン・ウォルフレンといった論客が提唱。単なる経済的な摩擦を超えて、「日本の社会構造や文化そのものが、欧米の自由主義経済とは根本的に異なるルールで動いている」という主張でした。

 当時の批判は、日本経済の圧倒的な強さに対する「やっかみ」に近いものだったと言えるでしょう。

 それが、単なる貿易摩擦を超えて、日本の社会構造そのものが批判の対象となって、アメリカを中心に「ジャパン・バッシング(日本叩き)」が巻き起こり、激しい対日批判や日本製品排斥運動が発生します。

 アメリカは、「日本はアンフェア(不公平)である」と主張し、日米構造協議(SII)を通じて、日本側に圧力をかけることになりました。


グローバルスタンダードという「外圧」

 こうした流れは、バブル経済の崩壊を機に潮目が変わってきます。

 1990年代後半、日本経済が自信を失ったタイミングで「グローバルスタンダード(世界標準)」という言葉が爆発的に普及しました。

 不況のどん底で、「日本流はもう通用しない。アメリカを中心とした世界のルールに従わなければ生き残れない」という危機感が日本中を覆ったのです。

 これは、かつての「異質」とされた日本経済を解体し、再編するための強力な「合言葉」として機能しました。

 日本は、日本的経営(和魂)を「古くて遅れたもの」として否定し、グローバルスタンダード(洋才)を取り入れ、「和魂洋才」のバランスを崩してしまったのです。

 「グローバルスタンダード」という言葉に踊らされて、相手の土俵に乗ってしまっては、勝ち筋を失ってしまうのです。 


日本の勝ち筋、現代版「和魂洋才」の模索へ

 最近、行き過ぎたグローバルスタンダードに対する反省が生まれ始めています。

 グローバルなルールに対応することは不可欠ですが、グローバルスタンダードに合わせるだけの「改革」を推し進めて、「日本にしかない強み」を消し去ってしまっては本末転倒です。

 そうしたグローバルスタンダードを盲目的に進める「改革」も、失われた30年の要因の一つなのです。

 私たちは今、再び現代版の「和魂洋才」を模索するフェーズに立っています。

 日本が目指すべきは、借り物の「魂」で戦う「二流の欧米型組織」ではなく、独自の精神性を武器に世界基準の技術を使いこなすことではないでしょうか。

  「日本流だから」と固執せず、また「世界標準だから」と盲信せず、自らの根っこを見つめ直し、外の知恵を賢く取り入れる。

 この「和魂洋才」のしなやかさこそ、今の日本に必要な知恵かもしれません。


 あなたにとって、現代のビジネスシーンで守り抜くべき「和魂(日本の強み)」とは何だと思いますか? ぜひコメント欄で皆さんの考えを聞かせてください。

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