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私の世界は、数字でできている。

目の前のモニターには、無数のセルが並んでいる。
そこに、淡々と数字を打ち込んでいく。予算、実績、差異。数字が一つ変われば、連動して別の数字も変わる。すべてが、冷徹なまでに、ロジックでつながっている。

私の世界は今、この四角いセルと、白黒の数字でできている。
でも、ほんの数年前まで。

私の世界は、全く違うものでできていた。

かつて、私の世界は、クレヨンの匂いと、子どもたちの笑い声と、そして、数えきれないほどの「やりがい」という言葉でできていた。

保育士。

それが、私の最初の仕事だった。

そこにも、数字はあった。

私が一人で見なければならない、子どもの数。

家に持ち帰って、サービス残業をしなければならなかった、時間という数字。

そして、その全てを捧げても、通帳に記される、あまりにも小さな給料という数字。

ブラックな労働環境の中で、私の心は少しずつすり減っていった。好きという気持ちだけを燃料にして、走り続けることの限界。私は、その場所から逃げるように、一度すべてをリセットした。

次に足を踏み入れたのは、「派遣社員」という、少しだけ不安定な世界だった。

そこは、自分の居場所でもなく、かといって、完全に部外者でもない。名前ではなく「派遣さん」と呼ばれることに、心がちくりと痛んだ日もあった。

でも、その時間があったからこそ、私は知ることができた。
世の中には、私がまだ知らない、たくさんの「働き方」があるということを。

そして、私には、自分の人生を、もう一度選び直す権利があるのだということを。

そうして、私は今、ここにいる。金融事務の、正社員として。

あの頃の喧騒が嘘のような、静かなオフィスで。

やりがいというあいまいな言葉ではなく、評価という明確な数字と向き合う毎日。

私がこのnoteで書いているのは、華やかなサクセスストーリーではない。

保育士しか知らなかった、事務未経験で、年収200万円台だった私が、どうやってこの場所にたどり着いたのか。その、泥臭くて、遠回りばかりだった道のりの記録だ。

私の世界は、数字でできている。

でも、それはもう、私をすり減らすための数字じゃない。

自分の人生を、自分の手で切り開いてきた、確かな軌跡を示すための、希望の数字なのだ。

この物語が、かつての私のように、道に迷い、立ち尽くしている誰かの、小さな道しるべになることを願って。

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