私の世界は、数字でできている。
目の前のモニターには、無数のセルが並んでいる。
そこに、淡々と数字を打ち込んでいく。予算、実績、差異。数字が一つ変われば、連動して別の数字も変わる。すべてが、冷徹なまでに、ロジックでつながっている。
私の世界は今、この四角いセルと、白黒の数字でできている。
でも、ほんの数年前まで。
私の世界は、全く違うものでできていた。
*
かつて、私の世界は、クレヨンの匂いと、子どもたちの笑い声と、そして、数えきれないほどの「やりがい」という言葉でできていた。
保育士。
それが、私の最初の仕事だった。
そこにも、数字はあった。
私が一人で見なければならない、子どもの数。
家に持ち帰って、サービス残業をしなければならなかった、時間という数字。
そして、その全てを捧げても、通帳に記される、あまりにも小さな給料という数字。
ブラックな労働環境の中で、私の心は少しずつすり減っていった。好きという気持ちだけを燃料にして、走り続けることの限界。私は、その場所から逃げるように、一度すべてをリセットした。
次に足を踏み入れたのは、「派遣社員」という、少しだけ不安定な世界だった。
そこは、自分の居場所でもなく、かといって、完全に部外者でもない。名前ではなく「派遣さん」と呼ばれることに、心がちくりと痛んだ日もあった。
でも、その時間があったからこそ、私は知ることができた。
世の中には、私がまだ知らない、たくさんの「働き方」があるということを。
そして、私には、自分の人生を、もう一度選び直す権利があるのだということを。
そうして、私は今、ここにいる。金融事務の、正社員として。
あの頃の喧騒が嘘のような、静かなオフィスで。
やりがいというあいまいな言葉ではなく、評価という明確な数字と向き合う毎日。
私がこのnoteで書いているのは、華やかなサクセスストーリーではない。
保育士しか知らなかった、事務未経験で、年収200万円台だった私が、どうやってこの場所にたどり着いたのか。その、泥臭くて、遠回りばかりだった道のりの記録だ。
私の世界は、数字でできている。
でも、それはもう、私をすり減らすための数字じゃない。
自分の人生を、自分の手で切り開いてきた、確かな軌跡を示すための、希望の数字なのだ。
この物語が、かつての私のように、道に迷い、立ち尽くしている誰かの、小さな道しるべになることを願って。
