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糖質を摂らないと死んでしまう?

探偵は今日Xでとんでもないポストを発見しました。
「糖質を摂らないと死んでしまう」
なんという基本的知識のなさ!
しかも、これを書いたのが糖尿病内科医なのです。
呆れて物が言えなかったので、言うのはやめて、記事にしました。


食餌由来のグルコースは必須か?

まずは、発言をご覧いただこう。


>2型糖尿病は糖質を摂らなければならない
これも嘘だし、糖質を摂らないで生きていくのも無理だしやばすぎる笑
あれか、糖質を摂らないと死んでしまうから糖尿病にならないという意味かな???
とんち??

https://x.com/muscle_penguin_/status/2077725910300799230?s=20

この糖尿病内科医の主張は下記2点になるだろう。

  1. 糖質を摂らないと死んでしまう

  2. 糖尿病の原因は糖質ではない。

「2.糖尿病の原因が糖質ではない」というのも完全に間違いだが、それについては下記の記事に譲ろう。

ここでは「糖質を摂らないと死んでしまう」、つまり食餌由来のグルコースが必須という主張が如何にデタラメかを理解するために、糖代謝をもう一度勉強しよう。

グルコースは「絶対に必要」——ここまでは正しい

まず前提として、グルコースが生体にとって特別な分子であることは間違いない。ミトコンドリアを持たない赤血球は、酸化的リン酸化ができないので解糖系だけがエネルギー産生経路になる。赤血球にとってグルコースは代替不可能な基質だ。

脳も同様に重要な需要者になる。ただし脳の場合、話はもう少し立体的だ。脳のエネルギー代謝を巡っては、アストロサイト・ニューロン乳酸シャトル(ANLS)という枠組みがあり、アストロサイトが解糖でグルコースから乳酸を作り、それをニューロンに供給するという分業モデルだ。ニューロン自身も直接グルコースを取り込んで代謝する能力を保持しているが、それは短時間しか使用できない。

さらに脳には、エネルギー代謝とは別の回路として、ペントースリン酸経路(PPP)がある。これはエネルギー産生が目的ではなく、NADPH供給を通じた抗酸化防御とグルタチオン再生を担う経路だ。つまり脳にとってのグルコースは、単なる燃料ではなく、酸化ストレスから神経細胞を守るための還元力の供給源でもある。ここは見落とされがちだが、重要な点だ。
なお、脳のグルコース代謝は精神神経疾患と大きく関わる。また別の機会に詳しく述べたい。

腎髄質や精巣なども、酸素の少ない環境なので、グルコース依存度が高い組織だ。

ここまでは専門医の言う通り、「グルコースがないと困る細胞がある」というのは事実だ。だから血糖値が一定以下に下がれば、意識障害から昏睡、最悪の場合は死に至る。低血糖が命に関わるというのは、医学的に何の異論もない。

グルコースは必須だからこそ内因性

問題はここからだ。「血糖値の維持が生命に必須」という命題と、「だから糖質を食べなければならない」という命題は、まったく別物だ。専門医の発言は、この二つを無自覚に同一視している。

なぜイコールにならないのか。答えはシンプルで、グルコースは生命維持に必須だからこそ、生体は最初から食事に依存しない供給経路を内蔵しているからだ。

グリコーゲン分解(glycogenolysis)——速いが小容量のバッファー

肝臓に蓄えられたグリコーゲンは、グリコーゲンホスホリラーゼによって速やかに分解され、グルコース-1-リン酸を経てグルコースとして血中に放出される。この経路の特徴は「反応が速い」ことにある。

糖新生(gluconeogenesis)——遅いが無尽蔵に近い供給源

乳酸・グリセロール・アミノ酸(特にアラニン)といった非糖質前駆体からグルコースを新規合成する経路。舞台は主に肝臓だが、腎臓や小腸でも一部行われる。この経路の特徴は「反応の立ち上がりが遅い」ことにある。

重要なのは、この二つが「グリコーゲンが尽きたら糖新生にバトンタッチする」という逐次的な関係ではない、という点だ。実際にヒトの絶食中の代謝フラックスを直接測定した研究では、一晩の絶食(約10時間)の時点で、すでに肝グルコース産生の3〜5割が糖新生由来になっている。糖新生はグリコーゲンが空になるのを待たず、絶食開始とほぼ同時に稼働し始めている。

肝臓のグリコーゲンの役割

では、なぜグリコーゲンが必要なのか。答えは、糖新生の「反応速度の遅さ」にある。糖新生は複数の酵素段階を経る合成経路であり、需要の急激な変化に即応できない。一方でグリコーゲン分解は即応性が高い。つまりグリコーゲンは、糖新生という「本流」の反応速度の遅さを埋め合わせる、短期的な緩衝装置(バッファー)として機能している。速いが容量の小さい経路と、遅いが容量の大きい経路を組み合わせることで、血糖という変数をあらゆる時間スケールの需要変動に対して安定させている。

グリコーゲンについてよく言われる勘違いがある。

「糖質を摂らない生活を続けたら、グリコーゲンストレージが空になる」

実際には、これは起こらない。糖質をほぼゼロにした食事に数週間〜長期的に適応したアスリートを調べた研究では、高糖質食のアスリートと比較して、安静時・運動時ともに筋グリコーゲンの消費速度・肝臓からのグルコース産生速度がむしろ低く抑えられ、グリコーゲンの利用可能量が温存されていることが報告されている。糖新生が十分に立ち上がった状態では、糖新生由来のグルコースの一部がそのままグリコーゲンとして再構築される経路(UDP-グルコース経由の間接経路)も働いており、正味のグリコーゲン分解を相殺する方向に作用する。

つまり、糖質を摂らなくても、グリコーゲンというバッファーは糖新生によって維持され続ける。「グリコーゲン→枯渇→糖新生」という一方通行の消耗モデルは実態を反映しておらず、正しくは「グリコーゲン(速い・小容量)と糖新生(遅い・大容量)が常時並走し、後者が前者を支え続ける」という定常システムだ。

必須だからこそ「糖質の摂取に依存しない」

体内の血糖維持システムは、グルコースが必須だからこそ「糖質の摂取に依存しない」ことを前提にして設計されている。もし、外部からの糖質供給に依存する設計だったら、絶食のたびに脳や赤血球が機能停止するという、進化的にありえない脆弱性を抱えることになる。血糖という変数を生存の根幹に置きながら、その供給源を外部の食事という不安定な入力に一任するはずがない。これは論理必然だ。

グルコース摂取の意味

専門医の発言に戻ると、「糖質を摂らないと死ぬ」という前提が成立するのは、グリコーゲン分解と糖新生の両方が何らかの理由で機能不全に陥っている場合——例えば重度の肝不全や、特定の先天性代謝異常(糖新生酵素欠損症など)に限られる。健常な肝機能・腎機能を持つ人間であれば、糖質摂取をゼロにしても、内因性の糖新生によって血糖値は正常範囲に維持される。これは低糖質・ケトジェニックダイエットの実践者や、伝統的に動物性食料中心の食生活を送ってきた集団の生理データからも支持される。

とはいえ、食餌由来のグルコースは必須ではないとしても、このような発想を持つかもしれない。

「糖質を摂ることが糖新生の負荷を減らし、コストを回避してくれるのではないか」

実はこれすらも成立しない。

食後に血糖が上がると、膵β細胞がインスリンを分泌する。このインスリンが行っているのは、摂取したグルコースを血糖として「維持」することではなく、逆に血糖から積極的に「除去」することだ。具体的には、骨格筋へのグルコース取り込み・グリコーゲン合成が食後グルコース処理の中で最大の割合を占め、肝臓も摂取グルコースの相当量をグリコーゲンとして貯蔵する。それと同時に、インスリンは肝臓における糖産生(グリコーゲン分解・糖新生)そのものを抑制する。

つまり食後は、「血糖を作り出す」機能が止まり、「血糖を貯蔵に回す」機能が優位になっている状態であり、空腹時とは逆の制御が働いているに過ぎない。摂取したグルコースが血糖を維持しているのではなく、摂取によって生じた血糖の上昇をインスリンが処理・貯蔵して下げているというのが実像だ。

しかも大量のグルコースを摂取すると、大量のインスリンが分泌されることで、むしろ、食後数時間で低血糖状態になることすらある。

つまり、外因性のグルコースは血糖維持の機構そのものを代替してはいないどころか、むしろ内因性のグルコース恒常性を乱すのだ。

まとめ

  • 赤血球・脳(の一部代謝)・腎髄質など、グルコースを絶対的に必要とする細胞は確かに存在する

  • しかし、その必要性は「血糖値の恒常性維持」の話であって、「糖質の食事摂取」の話ではない

  • 生体は、速いが小容量のグリコーゲン分解と、遅いが大容量の糖新生を常時並走させる内因性供給システムを備えており、糖質を摂らなくてもグリコーゲンは糖新生によって維持され続ける

  • したがって「糖質を摂らないと死ぬ」は誤りであり、専門医の発言は糖代謝について全く知識がないことを露呈している

あらためて言うまでもないが、この専門医の「糖質を摂らないと死ぬ」という前提が誤っているので、そこから導かれる「糖質とらないと死ぬから糖質を摂らない人は糖尿病にならない」という命題も、誤った前提の上に乗っただけの空虚な冗談だ。


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