見出し画像

軽率にマガイモノの家族を作った話12

12.この作品はフィクションですか?実在の人物・団体・事件とは一切関係がありませんか?

どうあがいても絶望だと思った日から二週間後。

水曜日の朝。

目覚めたぼくは上半身を起こした状態で、布団の上で放心していた。

カーテンを閉めずに眠った窓の向こうには、薄い色をした青空が広がっている。空の様子は、終わらないような夏もようやく過ぎ去り、短い秋が来たことを告げていた。

公休日に早起きすると、何だか損をした気持ちになる。昼過ぎまで惰眠を貪りたかったが、時刻はまだ7時台だった。枕元のアイコスに手を伸ばし、スイッチを入れる。煙を吐きながら、ああまた一つ年を取ったなと思った。今日は誕生日だった。

カレンの襲撃をどこかで予想していたが、彼女は来なかった。昨日はトラブルがあって終電が過ぎるまで残業したので、登校はキャンセルさせてくれとLINEを送ってから眠った。スマホを確認すると「おけ、お迎えには来てね」とレスがついていた。

肌寒さを感じながら、キッチンに移動した。コーヒーを淹れて、PC前に座る。最近ハマりつつあるバーチャルYouTuberの配信アーカイブをまとめて見るつもりだった。

ブランチという小洒落た名にはふさわしくないインスタントラーメンの食事を取った以外は、ずっとPC前で配信を見ていた。気づくと14時を過ぎていた。

そろそろカレンを迎えに行く準備をする時間だ。ぼくはバスタブに湯を張った。身体を洗いながら、今夜もカレンやユカリさんと性的な接触があるかもしれないと思った。面倒臭さと期待がミックスされた不思議な感情が生まれた。

下校時間を少し過ぎた頃、カレンの高校最寄り駅に着いた。地上に上がると、既にカレンはぼくを待っていた。昨日までしていなかったマフラーを巻いている。この前プレゼントさせられた、ポロラルフローレンのチェック柄のマフラーだ。ユニクロで買った2千円くらいのマフラーを使ってきたぼくには、1万円オーバーのマフラーは未知の存在だった。支払いながら金額に驚いたのを思い出して苦笑した。

「似合ってる」

ぼくはカレンにそう告げた。

「今日から使ってる。暖かいよ、ありがと」

待たせたことで不機嫌にしないための先制攻撃だったが、カレンは素直にはにかんだ。

パパが買ってくれたマフラー、パパの誕生日に使い始めようって決めてた。そう言いながらカレンは腕を組んできた。すぐそこに学校があるだけでなく、下校する同じ制服の少女たちが大勢いるのに、気にも留めていない様子だった。

ぼくたちは地下鉄には乗らず、隣の駅まで歩いた。近鉄百貨店で買い物をする約束だった。

デパ地下でカレンが予約していたケーキを買った。三人なのに6号サイズだったので大きすぎるやろ?と言うと、甘いもんは別腹。半分は私が食べるから問題ない!とカレンは言い放った。プレート、こちらでお間違いないですか?と店員が見せたチョコレートには「Happy Birthday パパ大好き」と書かれていた。

パパ大好きはええけど、オレがカネ出すんやなと呟くと、店員が笑った。たぶん親子だと思っているのだろう。

次にスパークリングワインを求めて酒売り場に向かった。ドンペリのロゼが2万7千円で売られていた。ピンドンがその値段は安いと思ったが、そもそもの金額が高いので一瞬躊躇する。刹那の逡巡はあったが、誕生日だしなと自分を納得させて買ってしまった。

ドンペリがあるなら、あれをユカリさんに飲んでもらいたいと思って、青果売り場で苺を買った。苺を買うのは人生初だったが、こんなに高いのかと思った。まぁデパ地下で箱に入った品だからだろう。二パックで4千円近い金額だった。スーパーで買えば良かったかなと少し後悔したけれど、誕生日だしと、さっきと同じ理由で自分を納得させた。

荷物が増えたので、タクシーで帰宅した。自宅にではなく、カレンの家だ。ユカリさんも帰宅していた。ぼくのために半休を取ってくれたらしい彼女は、エプロン姿でキッチンに立っていた。

最初、ぼくの誕生日には外で食事をしたいとカレンは言っていた。帝国ホテルのフレンチとか、贅沢この上ない要望を繰り返していた。ただこの一ヶ月ほど、ぼくは出血の頻度が高くなっていたので断るしかなかった。馴染みの居酒屋や寿司屋、あるいは立ち飲みといった気楽な店以外の外食は、現実問題として厳しい状況になっていた。帝国ホテルでフレンチ食べながら鼻血とか、もうコントでしかない。

結局、ユカリさんの誕生日にはぼくが料理をしたので、今日はユカリさんが腕を振るってくれることで落ち着いた。

先日からダイニングテーブルには灰皿が置かれている。ユカリさんと何度か食事をした時に、ぼくが喫煙者なのは知られていた。もちろんカレンは知っている。どちらが用意してくれたのかは分からない。一見するとマグカップに見えなくもない、ステンレスの灰皿だった。

ぼくは緑色の灰皿を横目にベランダに出た。一服するためだ。ユカリさんは室内で吸ってくださいと言うが、さすがに喫煙者のいない他人の家では遠慮するしかなかった。

ニオイの強い紙煙草はやめて、電子煙草に換えたのも、この家で吸うためだった。緑の灰皿を使ったことはまだない。吸い殻は持ち歩いている携帯灰皿に入れていた。

この家のベランダは南向きで、南側と東側の景色が見えた。北向きにベランダがある我が家とは反対だ。大阪都心部の夜景が美しい自宅からの眺めとは違って、生駒の山々や南河内方面に広がる平野が一望できた。方角が違うだけで、同じ区内から眺める景色には見えなかった。

11月末の夕暮れは早い。少し不安になるような、赤い空が広がっていた。遠くに流れる大和川の川面も、空を反射して赤い。模型よりも遙かに小さく見える電車が、鉄橋を渡って南に走っていった。

煙草を吸いながら、室内に目を向けた。ユカリさんとカレンが、笑いながら夕餉の準備をしてる。それは凄くリアルな「親子」や「家庭」の光景だった。窓の外にいる自分は、明らかに異質な、そこに入るべき存在ではないのを実感した。

ちょうど今、彼女たちと自分を隔てるガラスのように、ぼくらの間には透明だけれど確かな壁が存在している。それは決して割れない壁だ。もっとも割るつもりなど毛頭ありはしなかったが。

夕食はローストビーフをメインにしたユカリさんの手料理が、何皿もテーブルに並んだ。すべての料理が味も見た目も、レベルの高いものだった。

コロナで延期になって来週ようやく実施されるカレンの修学旅行が、食卓の話題だった。本来は春の実施だったが、緊急事態宣言でこの時期に変更されたらしい。学校では延期か中止かかなり悩んだ様子で、保護者会まで開かれたとのことだ。

カレンはぼくやユカリさんの修学旅行について訊きたがった。ユカリさんは北海道に行ったらしい。ぼくはオーストラリアだった。オーストラリアなんて生意気!とカレンは笑った。

女風呂覗いたりした?とカレンはぼくを見つめるが、海外のホテルやぞ?と失笑するしかなかった。修学旅行なんて、遙か彼方の出来事に思えた。実際、遙か彼方の出来事だった。正直な話、何も覚えてはいない気がした。

ビールを何本か空けたあと、ぼくはドンペリにピューレ状にした苺を入れたカクテルを作った。東京の一流と呼ばれるホテルのバーで、一度だけ飲んだカクテルだ。叔父と二人で行き、ご馳走になった。飲んだのは一回だけなので、味の再現が出来るとも思わなかったが、ユカリさんは美味しいと喜んでくれた。

カレンが「ママを酔わせてどうするつもり?エロっ!」と苺をつまみながらぼくを睨んだ。こいつ何か知ってるのかと、一瞬動揺しそうになったが、笑って誤魔化した。

結局ぼくは、また泊まっていくことにした。

二週間前、あれほど後悔したくせに、酔いが回ったせいなのか、どこかであの日のような出来事を期待している自分がいた。

ビールとドンペリ、その後の冷酒で、かなり酔った様子のユカリさんは、22時には珍しく洗い物もせずに「おやすみなさい」と自室に消えた。

カレンが布団を用意してくれた和室で、ぼくも同じような時間に横になった。期待はあったがユカリさんもカレンも前回のように布団に入ってくることはなく、カレンが食器を洗う気配を聞きながら、ぼくは眠った。

どれくらい眠ったのか、肩を揺すられて目が覚めると、枕元にカレンが正座していた。壁に掛けられた時計はあと少しで午前0時になることを告げている。

どうした?とぼくは上体を起こした。

「お誕生日、おめでとう」

カレンはいつになく、静かにそう言った。

そして「年齢とか関係なく、私は貴方が好きです」と、まっすぐにぼくを見た。

ありがとうと陳腐な返事をしながら、ぼくたちは唇を合わせた。ああ、これもう逃げられないなと、心の中で諦めなのか決心なのか、ぼくは覚悟を決めた。決めるしかなかった。

ユカリさんかカレンと性的な接触があっても、せいぜいフェラチオ止まりだと思っていたので、避妊具なんか用意していない。それが少し気がかりだったが、ぼくはいつも以上に時間を掛けてカレンを愛撫し、処女を奪った。

挿入しないだけで愛撫を繰り返していたからなのか、カレンはさほど痛みを感じなかった。「初めてなのにこんなに気持ちいいなんて、エッチな子でごめんなさい」と、カレンはぼくを抱きしめた。

それはカレンが勝手に見ては爆笑していたロリマンガの台詞だった。こいつ余裕あるなと思った。処女の軋みを感じながら、ぼくは死んだあと、女は処女を奪った男に背負われて三途の川を渡るという話を思い出していた。

俺はいったい三途の川を何往復するんだと思っているうちに、射精の瞬間が近づく。ぼくは出そうだと告げて、腰を振る速度を速めた。腹に射精するつもりだった。しかしカレンは四肢を使ってぼくを抱きしめた。だいしゅきホールドをされた瞬間、ぼくはカレンの中に射精した。これまでの人生で数回しか経験してない行為だった。

繋がったまま「中に出された……、嬉しい」とカレンがぼくを見つめる。その瞳が潤んでいた。「やっと抱いてくれた。これでタイホされるね」と、カレンは笑った。冗談ではなく逮捕案件だわと思ったが、その台詞は口にしなかった。

高校生でもないのに、ぼくは硬度を保ったままカレンの中に入っていた。そのまま二回目を始めた。二回目も中に出した。

午前4時頃、カレンを自室に帰らせた。シーツを確認すると少しだけ破瓜の血がついていた。これユカリさんにバレるなと思った時、運良く軽い出血が始まった。ぼくはシーツを自分の血で汚して、証拠を隠滅した気持ちになった。再び横になる。布団からカレンの匂いがした。

数日後、カレンが修学旅行に出発した日の昼に、ユカリさんから電話があった。夕食の誘いだった。ぼくらはいつものように心斎橋で待ち合わせた。

二人で何度も訪れた、庶民的な寿司屋のカウンターで乾杯した。グラスに入ったビールを一気に飲み干して、美味しいとユカリさんは呟く。ぼくは空いたグラスに二杯目を注いだ。週末の寿司屋は混雑していた。

「カレンを抱いたんですね」

二杯目を口にしながら、ユカリさんはぼくを見た。

「悪い大人が相手だったら、すぐに遊ばれるのに、大事にしてもらって母親としても嬉しいです」

ユカリさんはそんなことを言った。

「あの子、嬉しそうに話してました。初めての相手が好きな人だというのは、幸福だと思います」

親子ほど歳の離れた娘の処女を奪った男を、この人は肯定的に見ているんだと思うと不思議だった。

「避妊だけは、お願いしますね」と、見透かしたようにユカリさんは微笑んだ。

寿司をつまんで、二軒目のショットバーを出ると、いつものようにユカリさんはぼくに身体を預けてきた。御堂筋沿いのタクシー乗り場まで、ぼくらは肩を寄せ合って歩いた。

「嫌じゃなかったら、私のことも抱いてくれませんか?」

歩きながらユカリさんは言った。彼女を窺うと、ぼくを見ず、まっすぐ前を見ていた。彼女とそうなることは、十分に予感していたことだった。

「帰りますか?ホテルに行きますか?」

そう訊ねるぼくに、ホテルに行ってみたいですと、彼女は応えた。