「それ、やっていいんだ!?」小学生の息子に教わった、私の知らない世界
こんにちは!まごりんです。
今日は息子との会話からの気づきをお届けします。
当たり前って、誰の当たり前?
当たり前だけど、息子は私とはまったく違う人間。
頭ではわかっているつもりでした。
でも最近、その「違い」に驚くことばかりで、ちょっと感動すらしています。いや、正直に言えば、今さらながら驚きと戸惑いの方が大きかったです。
身長、テスト、そして授業態度、すべてが「想定外」
まず、身長。
私は小学生のとき、ずっと一番後ろか後ろから2番目でした。
背の順で並ぶたびに、クラスの景色を見下ろす側。
だから保育園時代からずっと「前から2〜3番目」をキープしている小さめの息子の気持ちが、正直わかりません💦
むしろ背が低めで可愛いから、得してるなーとすら思ってました(ひどい)。
テストも同じ。
私は100点を取るのが当たり前でした。
いや、正確に言えば「100点を取らなきゃいけない」と思い込んでいました。100点じゃないテストを親に見せるなんて、とんでもない!
なのに息子は3年生になってからは、70〜80点が普通です😂(オイ)
「なんで間違えるの?」と首をかしげる自分がいます。
そして極めつけは、授業と宿題。
私は「授業は全部聞く」「宿題は当然すべて提出」が絶対ルールでした。
なんなら翌朝はクラスの子に宿題を丸写しされる側だったのに(笑)、息子は違う。
「つまらない授業は聞かない」
「宿題は気分が乗らないとやらない」
もう、衝撃。
「それ、やっていいんだ!?」
ママは知らなかった…。
私は100点を取ることに「すごい」とか「えらい」という価値をくっつけていたのだと気づきました。だからこそ「なんで間違えるの?」と驚いたんだと思います。
でも、息子にとっては「間違えてもいい」が当たり前。
そこに私は、自分が縛られてきた価値観を見つけてハッとしました。
昭和ママと令和キッズの、見えない境界線
これって、昭和と令和の違いなのかもしれない。
私が育った時代は「みんなと同じ」が正解で、「先生の言うことは絶対」で、「我慢することが美徳」でした。
空気を読んで、はみ出さないように、求められることをきちんとこなす。
それが「いい子」の条件で、優等生だった私はいつもそれを意識してました…。
でも息子は、自分に許可を出しています。
つまらないと思ったら聞かない。やりたくないときはやらない。
もちろん、それで困ることもあるでしょう。
でも彼は彼なりに、その結果を受け止めながら生きている。
そして息子は、好き勝手やってるわけじゃない。
根っこはすごく気持ちの優しい子だし、クラスでは人気者。
ほぼ喋らないのに、周りに恵まれてます🥹
だからこそ「自分に許可を出しても、ちゃんと大丈夫なんだ」と、私も学ばされます。
その姿を見ていると、驚きを超えて、感動すらしてきます。
私自身はいつから「自分に許可を出すこと」を忘れてしまったんだろう?
いつから「〜すべき」に縛られるようになったんだろう?
ちょっと切ない子ども時代だったのかなと、今なら思います。
違いを楽しむ、というスタンス
もちろん、親として伝えたいこともあります。
漢字は書けた方がいいし、算数の基礎は大事。
社会に出たとき、最低限の学力やマナーは武器になる。それは変わらないと思います。
でも同時に、こうも思います。
息子は息子の「当たり前」で世界を生きているんだ、と。
昭和ママの当たり前は、令和キッズには必ずしも当たり前じゃない。
それでも、子どもはちゃんと「自分の基準」で判断して、選択して、前に進んでいます。
息子からの気づき
「自分に許可を出していい」
「誰かの当たり前を、自分の当たり前にしなくていい」
息子から教わったのは、このシンプルだけど大切なことでした。
おわりに
子育ては、育てるというより、一緒に育つものなのかもしれないと、折に触れ考えます。
「それ、やっていいんだ!?」と驚きながら、「じゃあ私も、もっと自由でいいのかも」と気づかされる日々。
息子から教えられたことは他にもあります✨
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これからも違いを楽しみながら、息子と一緒に成長していけたらいいなと思います。
私の当たり前、あなたの当たり前。
ありきたりな言葉になりますが
「違っていいし、むしろその違いが面白い。」

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