【デザイナーの世界旅行4】まるで世界の建築展覧会、ヴィトラキャンパス
12カ国を周った世界一周旅行中、毎日その日思ったことや学んだことを音声メモとして残していたのですが、それをもとに自分の旅行を振り返るnoteを作成しています。
今回も3月末に降り立った1カ国目にして初のヨーロッパ、ドイツ滞在時の記録です。
前回↓
イタリアのミラノ・サローネへ向かうため、ミュンヘンで友人と別れて一人ドイツのヴァイル・アム・ラインというスイス国境近くの街まで南下しました。
そこにはデザイン家具メーカーとして世界的に有名なVitra社の敷地、通称「ヴィトラキャンパス」があります。
ここは建築好きにとってはまさに聖地のような場所であり、敷地内には世界的な建築家たちの作品が驚くほど贅沢に立ち並んでいます。
今回は、そこで体験した建築ツアーについて話してみます。
それぞれの建築家が他の真似をするのではなく、自らの哲学を剥き出しにしてぶつけ合っている空間。
そこから得られた驚きや学びについて、じっくりと振り返ってみようと思います。
スイスの家具メーカーが、なぜドイツに「聖地」を作ったのか
ヴィトラキャンパスの魅力に触れる前に、まずはこの場所のユニークな背景についてお話しさせてください。
ヴィトラ(Vitra)は、チャールズ&レイ・イームズの椅子などの製造で知られる、スイスの非常に高名な家具メーカーです。

しかし、彼らが誇る広大な建築の聖地「ヴィトラキャンパス」があるのは、スイス国内ではなく、国境を越えたドイツのヴァイル・アム・ラインという小さな街。
ちなみにここはフランス国境ともほど近く、私の泊まったホテルからスイスにもフランスにも歩いて5分で行けてしまうような場所でした。


ドイツ、スイス、フランスの国境が重なり合うこの土地で、ヴィトラ社はあえてドイツの広大な土地を活用して、自社の工場でありながら世界最高峰の建築美術館でもあるこのキャンパスを築き上げました。
キャンパス内には、安藤忠雄、SANAA、ザハ・ハディド、フランク・ゲーリー、アルヴァ・アアルトなど、名前を聞くだけで身震いするような巨匠たちの建築が、ひとつの敷地の中に共存しています。
私はここで、一般向けに開催されている「建築ツアー」に参加しました。
料金は18ユーロ(当時のレートで約3000円弱)でしたが、結論から言えば、2時間みっちりと専門の解説を聞きながら、普通では立ち入れない建物の内部まで見学できるこのツアーは、お値段以上の価値が十分にありました。
参加者たちも非常に熱心で、ガイドに次々と質問を投げかけていたのが印象的です。

安藤忠雄「カンファレンスルーム」:地中の静寂と、ゲーリーとの対比
ツアーの中で最初に私の心を深く揺さぶったのが、日本の建築家・安藤忠雄氏が手掛けた「カンファレンスルーム(会議棟)」でした。

安藤氏が日本国外で初めて設計したことでも知られる、記念碑的な建物です。
この建築の配置と佇まいは、実に示唆に富んでいました。
カンファレンスルームは、フランク・ゲーリーが設計したヴィトラ・デザイン・ミュージアムのすぐ近くに建てられています。
ゲーリーの建築といえば、波打つような白い湾曲と、異質な造形が激しく結合した、動的で圧倒的なエネルギーに満ちた外観が特徴です。

その賑やかなゲーリーの建築のすぐそばで、安藤氏のカンファレンスルームは驚くほど静かに、余計な装飾を一切排して佇んでいました。

建物は一見すると平屋のように見えます。しかし、実は空間の多くが地中に埋め込まれるように設計されているのです。


地面を深く掘り下げ、その中にコンクリートの静謐な空間を作り出すことで、周囲の自然の風景や、隣にあるゲーリーの刺激的な建築を邪魔することなく、環境にしっくりと調和させていました。
建築物が自らの存在を過剰に主張するのではなく、その土地の地勢に寄り添い、人間が静かに思索できる空間を確保する。
この「静寂と調和の哲学」は、ゲーリーの動的な建築との対比によって、より一層その美しさが際立っており、ツアーの中でもかなり長い時間を取って丁寧に説明されていました。
一般の観光客は外側からしか見ることができないのですが、ツアーの特権として内部に入ることができました。
滑らかなコンクリートの壁に囲まれた四角い中庭から差し込む光、そして地中にありながらどこか開放感のある空間に身を置いたとき、背筋が伸びるような心地よい緊張感を覚えたのを今でも鮮明に覚えています。
私以外は欧米人だらけのツアーでしたが、皆真剣に建築の空間を味わっていたのが印象的でした。

ザハ・ハディド「ファイヤーステーション」:アンビルドの女王が世界で初めて形にした衝動
次に出会ったのが、イラク出身の世界的建築家、ザハ・ハディド氏の初期の傑作である「ファイヤーステーション(消防署)」です。

ザハ・ハディドといえば、かつて新国立競技場の初期案(ザハ案)で日本国内でも大きな議論を巻き起こした、流線型で近未来的なデザインの代名詞です。

当時はそのあまりにも先進的で複雑な設計ゆえに、現代の建築技術では実際に建てることが難しいとされ、「アンビルドの女王(建てられない建築家)」とも呼ばれていました。
その彼女が、卓越したビジョンを本物の建築として形にすることができた場所が、まさにこのヴィトラキャンパスにあるファイヤーステーションなのです。
一歩その内部に足を踏み入れた瞬間、私はそれまでの「部屋」という概念を完全にひっくり返されるようなカルチャーショックを受けました。
室内の壁がほとんどすべて斜めに傾いているのです。

それだけでなく、トイレの扉や廊下の仕切り、窓のフレームに至るまで、私たちが当たり前だと思っている「直線」や「直角」という常識が完全に排除され、すべてが独自の斜めのグリッドに沿って構成されていました。

四角い部屋に慣れ親しんだ私たちの身体からすると、どこに立っているのか一瞬分からなくなるような、強烈な浮遊感とスリルがあります。
施工する側からすれば、斜めの壁に合わせて特注の扉や傾いた建具を作らなければならず、難易度は跳ね上がり、莫大なコストと手間がかかったはずです。
それでも、彼女の脳内にあった圧倒的な造形美をえいやと具現化させたこの空間は、見る者の心を激しく揺さぶる初期衝動のエネルギーに満ちあふれていました。

もともとは、かつてキャンパス内で起きた大火災を教訓に、敷地内の火災対策として本物の消防署として作られた建物でしたが、現在はその役割を終え、イベントホールや展示スペースとして活用されています。
機能を超えたアートとしての建築が、今もなお人々を刺激し続けている象徴的な場所でした。


SANAA「円形工場」:四角い工場の常識を覆す、始まりも終わりもない繋がり

キャンパスをさらに進むと、日本の建築ユニットであるSANAA(妹島和世氏と西沢立衛氏)が設計した、巨大なプラント(工場)が見えてきます。
この建物は、私たちが持つ「産業建築」の常識を心地よく覆してくれるものでした。
外壁は白く、まるで波打つアクリルカーテンのようなシームレスなファサードで覆われており、遠目には工場というよりも巨大なアートオブジェのように見えます。

一般的な工場を思い浮かべてみてください。
効率や機能性を最優先した四角い箱をイメージしますよね。
資材を搬入する場所があり、加工するラインがあり、製品を出荷する場所がある。
そこには明確な「始まり」と「終わり」の導線が存在します。
しかし、SANAAが作ったこの工場には始まりも終わりもありません。すべてが滑らかに繋がった「円形」の形状をしているのです。
この始まりも終わりもない円形の構造が、実は工場内部の製造ラインの配置やモノの動きにまで、これまでにない自由でシームレスな新しい繋がりを生み出している、とツアー客の質問に対してガイドの方が答えていました。
内部の写真撮影はできなかったため記録には残っていないのですが、この工場は機能性を犠牲にするのではなく、むしろ機能を突き詰めた先に、これほどまでに軽やかで美しいデザインのあり方を提示できるのかと、まざまざと見せつけられた気がしました。
ヴィトラが日本の建築へ向ける、深いリスペクトの気持ち
ヴィトラキャンパスの中には実はなぜか日本家屋がぽつんと佇んでいます。

これは篠原一男建築の「から傘の家」という建物。元々東京にあったこの建築を、まるごとドイツへ持ち込んだのだそう。
これだけでなく、SANAAや安藤忠雄の起用など、日本建築への思い入れを随所に感じ、その理由をガイドの方に尋ねたところ興味深い解説を聞くことができました。
それは、ヴィトラという企業が日本の建築文化に対して抱いている、並々ならぬリスペクトについてです。
なぜ、スイスの老舗家具メーカーがこれほどまでに日本のクリエイターを重用するのでしょうか。
ガイドの方の説明によると、ヴィトラ社が大切にしているデザインの本質やミニマリズムの思想が、日本の伝統的な建築が持つ精神性と、非常に深く呼応し、共鳴しているからなのだそうです。
日本の伝統的な建築、いわゆる古き良き日本家屋というのは、無駄な装飾を極限まで削ぎ落とし、柱と梁、そして障子や襖といったシンプルな要素で空間を構成します。
自然の光や風をそのまま受け入れ、限られた空間の中に無限の広がりや静寂を見出すそのアプローチは、まさにバウハウスから続くモダニズムやミニマリズムの理想形そのものと言えます。

ヴィトラ社は、日本の建築が長年培ってきた「引き算の美学」や「自然との調和」のなかに、自社のアドバンスドなデザイン哲学との強い親和性を見出している。
だからこそ、キャンパスの重要なピースを日本の建築家たちに託しているのだと知り、深く納得すると同時に、日本人として誇らしい気持ちが込み上げてきました。
さらに、そのリスペクトの気持ちを視覚的に象徴しているのが、建物の周囲に広がる風景でした。
安藤氏のカンファレンスルームの周りには、驚くほどたくさんの(恐らく)桜の木が植えられているのです。

私が訪れたとき、ふと建物の外に目を向けると、コンクリートの静かな佇まいの向こうに桜が美しく咲き誇っていました。
ドイツの空の下にいるはずなのに、一瞬「あれ、ここは日本なのだろうか」と錯覚してしまうほどの、見事な景観が作り込まれていました。
ただ建物を発注するだけでなく、その背景にある文化や情緒までをキャンパスのなかに大切に迎え入れる。ヴィトラという企業が持つ、日本の建築文化への敬意の深さを肌で感じた瞬間でした。
ヴィトラキャンパスのツアーは、クリエイターなら一度は行くべき!
それぞれの哲学を剥き出しにして競演するヴィトラキャンパスの巨匠たち。
こうした本物の建築空間に身を浸す時間は、私たちの日常の視点を少しだけ高いところへと引き上げてくれます。
もしヨーロッパを訪れる機会があり、建築やデザインに少しでも興味があるなら、ぜひこのドイツの小さな街にあるキャンパスを訪れてみてください!
つづく→
世界一周の記録を残しています。
デザインをやってます。
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