「時は命なり」
ふと思った。
時間を大事にするって、どういうことだろう?
時間を無駄にしてはいけない、時間は待ってはくれない。
だから大事にしなさい、と言われたことがある。
はて、では時間を大事にするとは、どういうことか?
時間は、命だと思う。
人生の長さは、一呼吸の間だ。
であればその一呼吸の間の数秒が、命だ。
時間を大事にするとは、命を大事にすることになるのではないか。
モノが壊れても、買い直すことができる。
お金を失っても、再び稼ぐことができる。
けれど、今日の1時間は、二度と戻ってこない。
命の1時間を使った、ということになるのではないか。
他人の時間を奪うことは、その人の命を奪うことになるのではないか。
自分の時間を無駄にすることは、自分の命を雑に扱うことになるのではないか。
反対に、誰かのために時間を使うことは、その人に命の一部を贈ることになるのではないか。
くだらない言い争いや、なんとなくで眺めるSNSのタイムラインなど、自分の命をそんなことに使いたくない、と思う。
命を、自分が本当に価値を感じることに使いたい。
「あなたの時間は限られている。だから、他人の人生を生きて無駄にしてはいけない。」
「時は命なり」
本を読むことは、命を未来の自分に投資することだ。
家族と過ごす時間は、命を分かち合うことだ。
誰かを待たせることは、その人の命を預かることだ。
無意味な怒鳴りあいは、お互いの命を削り合うことだ。
仕事は、お金と交換しているのではなく、自分の命の時間と交換していることだ。
この命を、何に使うか。
この命には、何を与えたら喜ぶのだろうか?
「どうせすべて「塵」になる」
今日、この1日は、自分の命を使う価値がある1日だっただろうか?
そして、喜ぶ何かを、命に与えられただろうか?
「私は今だけにしか興味を持っていません。もし常に今に心を集中していれば、幸せになれます。
今、こうして、本を読んだり、noteを書いたり、皆さんのnote記事を読んだり、お酒を飲んだり、おいしいごはんを食べたり、温かい布団で眠れたり、歩けたりできることが、本当にありがたい。
普段は意識しないけれど、当たり前では決してないこと。
当たり前と思っているけど、当たり前でなんか決してないこと。
この時間も、命。
読んでくださっている皆さん、いつもありがとうございます。
ご自身の命、大事に使ってください。
