嘆きのPOISON野郎:令和八年第十四週
中条静夫 生誕百周年
“泥のように眠れる”と一部で話題の「ツムラのくすり湯」を風呂のお湯に投入するようになって、しばらく経つ。
たしかに以前より睡眠は深くなった。但し“癒す”というより、体の中の疲れを表面化させる感じで、起きた時にどっと疲れていることがある。ジェミニによると、体温を急激に上げる効能が、ある種の温泉疲労を起こしているのかもしれないとのこと。対策は水を飲んで体を冷やしておくことらしいが、それはそれで夜中に起きそうな気もして、実行を考えあぐねている。
エッフェル塔落成記念日
文化庁が、自己収入割合の基準を満たさない国立の博物や美術館を「再編」対象とすることを決めたそうだ。
このルールだと圧倒的に不利なのは、日本古代の所蔵品を展示する施設のはず。口を開けば「この国が好きなだけ」とぬかしている人たちは、この決定をも称賛するのだろうか。
エイプリルフール
米国がNATO脱退を検討。さすが、エイプリルフール!
片岡義男の角川文庫から出た旧作(通称:赤片岡)を相変わらず読んでいる。1981年発表の短編「ブルースのブランケットにくるまって」は、ロックシンガーの本をゴースト・ライティングするためにツアーに同行している女子が主人公なのだけど、彼女の荷物についての描写が興味深い。
化粧テーブルまで、彼女は歩いた。
仕事のときに彼女が持ち歩く、緑色のナイロンのソフト・ケースが、開いたままになっていた。三方がジパーになっているそのケースを開くと、なかには三穴のバインダーがとりつけてあり、ルーズリーフのノートペーパーが百枚ちかく、バインダーにかませてあった。
バインダーは、四百枚のノートペーパーをはめるほどの分厚さだ。紙を百枚くらいにしておくと、ケースのなかにはスペースのゆとりがかなりできる。
このゆとりのなかに、小型のカセット・レコーダー、百二十分のいくつものカセット、コピーや切り抜きなどの資料、筆記用具の入ったケース、小さな用語辞典、メモ用のノートブックなど、当面の仕事に必要なものがすべておさまっていた。
筆記用具のケースからサインペンを出した彼女は、録音ずみのカセット・テープのラベルに、今日、二月二十七日の日付を記入した。サインペンをしまい、カセットをケースにおさめた。
今ならアイフォン一台で可能な作業を、当時のライターはこれだけのものを持ち運びながら行っていた。かく言う自分も、かなり最近まで資料は紙中心だったし、ノートは未だに紙。なのでバッグのマチは広いままだ。ちなみに120分テープは厚さが若干薄いことから伸びたり、デッキに巻き込まれるリスクがあるので、使用するのは90分テープまでと決めていたのは自分だけではないはず。
CO2削減の日
独立前後のアメリカでシェーカー教団を興した教祖アン・リーの伝記映画「アン・リー はじまりの物語」を試写で。監督のモナ・ファストボールドは、ブラディ・コーベットのパートナーで、「ポップスター」「ブルータリスト」の脚本を共に手がけている。本作では逆に脚本にコーベットが協力している。
そのため語り口は大仰で重々しいのだが、仕上がりはどこかポップで軽いところも含めて、「ブルータリスト」の姉妹作のような映画だった。
オシャレな椅子を作っているだけと思っていたシェーカー教徒が、生殖目的のセックスすら禁止のコミューン生活を送りながら、ひたすら労働に励む、アーミッシュも裸足で逃げ出すほどのゴリゴリのカルト教団だったので驚く。その証拠に、アーミッシュが今でも米国に35〜40万人いる(多産なので増えているらしい)のに対し、シェーカー教徒は最盛期でも4000〜6000人、今では2人(!)しかいないのだ。そんなアタオカ思想をフェミニズム的解釈で描いたところに本作のユニークさがある。
タイトルロールのアマンダ・セイフライドは、感情移入困難なヤバめな女教祖役をテンション高く演じていて、「ハムネット」のジェシー・バックリーの半分の数くらいは賞をもらってもよかった。
建国当時のアメリカは新興宗教が乱立していたらしく、ジェファーソンやフランクリンといったリーダーたちは、「神は世界を作ったが、その後は自然の摂理に委ねられている」とする「理神論」の信奉者だった。いわゆる奇跡や超常現象を否定する、当時としては過激な思想である。だから現代アメリカにおける福音主義の広がりも、特別なものではなく、ある種の伝統の延長なのだ。
仮面ライダーの日

「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」を東京都美術館に観にいく。ドイツの影響下で生まれ、フランス印象派の影響を受けつつ、北欧ならではの“生活系”美意識を確立するまでを振り返った展覧会である。
あれっと思ったのは、カール・ラーションの作品。妻と七人の子どもとの生活を描いて人気を得た国民的画家だそうだが、意図的に手書き感を強調した、揺らいだ枠線の中に淡い色を落とし込むセンスや、窓からの光の描写、日常の所作に美を見出す着眼点が、かなりジブリっぽい。調べてみると、高畑勲も宮崎駿もラーションの信奉者で、「ハイジ」や「トトロ」のリファレンスになっているらしい。なるほど、だからジブリの描く日本の自然はどこか湿気が少ないのかもしれない。

美術館の外に出ると、夜桜を観に来た人々で上野公園はごったがえしていた。


あんパンの日
TBSなんてほとんど観ないのに、「オールスター感謝祭」の赤坂マラソンだけは観てしまう。解説は今回も青山学院大学の原晋監督。軽妙な語り口に芸能スキルの高さを思い知るが、逆に言えばこの言語能力の高さは身体の動きを言語化できる証明であり、それが箱根駅伝における青学の強さの源なのかもしれない。
健康が気になりだしてから、身体を言語で語れる人を尊敬するようになった。以前は想像もしなかったことだ。
横町の日
10年ぶりに出現したイゾラド(ブラジルとペルーの国境近くに住む、現代文明と未接触の先住民)を追ったNHKスペシャル「イゾラドー最後の森の奥で」をようやく観る。本作を含む通称・大アマゾンシリーズのチームと「臨界世界」のチームは、NHKドキュメンタリー班の良心だと思う。
米国のスウィング・ステートの郊外には、共和党支持の白人ばかりが住んでいるという当たり前の事実を語ることなく、オハイオやペンシルバニアの郊外のバーに行き、MAGAのおっさんに媚びへつらったインタビューを行なって「ここにアメリカの真実がある!」みたいな浅い考察を行ない続けている北米チームは猛省してほしい。
Thundercat - Distracted
彼のアルバムはいつも素晴らしいけど、本作はレモン・ツイッグスがソングライティングと演奏に関わった2曲「What Is Left To Say」と「Pozole」が特に最高。
