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会議│決まらない会議は時間の問題ではない。議題の設計が間違っている。

会議


会議が長いから決まらないのではない。
決まらない議題を持ち込んでいるから、会議が長くなるのである。

一時間の会議が悪いわけではない。
参加者が多いことが問題なのでもない。
資料が多いことだけが原因でもない。

本当に危ないのは、

共有すべきことと、決めるべきことが混ざっていること。
論点が切れていないこと。
誰が何を決める場なのかが曖昧なこと。

その状態のまま、会議を回していることである。

危機時の会社では、会議が増える。
当然だ。

論点が増える。
例外も増える。
確認も必要になる。

だが、このとき会議の設計を間違えると、会社は一気に鈍くなる。

集まっている。
話している。
資料も見ている。
なのに何も前に進まない。

この状態は、単なる非効率ではない。
経営の停止である。

今回のテーマは、その会議だ。


前回の記事では、リソースが足りないときに全部やろうとする組織は、全部中途半端になると書いた。

前回の記事はこちら

危機時には選別が必要だ

何を守り、何を止め、何に張るかを決めなければ、組織は薄く崩れていく。

これはその通りだ。

ただ、選別が必要だと分かっていても、それを会議で実際に決められない会社がある。

論点は見えている。
優先順位も変えなければいけない。

それなのに、会議を重ねても決まらない。
毎回「今日は整理できた」で終わる。
翌週、同じ論点がまた出る。

こういう会社は、会議時間を疑う。

短くすべきか。
人数を減らすべきか。
資料を減らすべきか。
もちろんそれも一部は効く。

だが本質はそこではない。

決まらない会議の原因は、時間ではない。
議題の設計である。


状況


よくある会社の風景がある。

売上が鈍化している。
継続率も落ち始めている。
粗利も悪い。
資金にも余裕がない。

そこで経営会議が開かれる。
議題には、こうしたものが並ぶ。

現状の売上進捗共有。
重点顧客の状況確認。
低粗利案件の見直し。
採用状況の確認。
資金繰りの共有。
開発案件の優先順位変更。
例外対応の報告。

どれも大事だ。
だから全部を会議で扱おうとする。

すると何が起きるか。

前半は数字の共有で終わる。
途中で顧客個別の話に入る。
その流れで営業の提案内容の細部に話が飛ぶ。
次に採用の話が出る。
採用の話から組織の負荷の話に広がる。
最後に「今日は時間がないので、開発優先順位は次回もう一度」となる。

会議としては成立しているように見える。

全員発言している。
情報も出ている。
論点も多い。

だが、肝心のことが決まっていない。

現場に戻ると、もっと困る

会議で何が決まったのか曖昧だからだ。

共有されたことは多い。
危機感も共有された。

だが、何を変えるのかが決まっていない。
その結果、現場の動きは変わらない。

これは、参加者の質の問題ではない。
ファシリテーションの上手さだけでもない。

議題設計の失敗である。

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問題


決まらない会議には、共通点がある。
それは、会議の目的が一つに絞られていないことだ。

情報共有の場なのか。
意思決定の場なのか。
進捗確認の場なのか。
詰まりを外す場なのか。

それが混ざっている。
本来、この四つは役割が違う。

情報共有は、認識を揃えるためのものだ。
意思決定は、優先順位を切るためのものだ。
進捗確認は、進み具合を把握するためのものだ。
詰まり外しは、具体的な障害を取るためのものだ。

ところが多くの会社では、これを一つの会議に全部入れる。
すると、会議は必ず曖昧になる。

共有しているうちに時間がなくなる。
意思決定しようとすると前提確認が始まる。
進捗確認をしているうちに個別案件の議論に沈む。

最後に「整理はできたが決め切れなかった」となる。

ここが危ない。

決まらない会議は、単なる時間の損失ではない。
優先順位を切れないまま現場を走らせる構造である。

しかも会議が増えると、現場の負荷も増える。

資料作成。
数字集計。
出席。
報告。
確認。

このコストを払っているのに、決まらない。
それが続くと、現場は学習する。

「この会議では共有しかされない」
「結局また持ち帰りになる」
「だったら会議までに頑張っても意味が薄い」

と。

ここまで来ると、会議は意思決定の場ではなく、
組織の諦めを増やす場になる。

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判断・管理・実行


では、会議はどう設計すべきか。

まず判断として必要なのは、
この会議で何を決めるのかを一文で言えるようにすることである。

たとえば、

「今月、何を優先して守るかを決める会議」
「低粗利案件の継続可否を決める会議」
「重点顧客上位10社への対応責任者を切る会議」
「開発の割り込みルールを例外3条件に絞る会議」

ここまで言えない会議は、たいてい決まらない。
なぜなら、何を決める場かが曖昧だからだ。

次に管理として必要なのは、
議題を「共有」と「決定」で分けることである。

共有すべきことは、原則として事前に流す。
会議の場では、共有された前提の上で何を決めるかに寄せる。

もし前提共有に時間がかかるなら、それは資料が悪いか、論点が切れていない。

さらに、議題は「広いテーマ」ではなく「決定単位」で置く必要がある。

「営業立て直しについて」では広すぎる。
「低粗利案件を来月からどう扱うか」まで切る。

「顧客対応について」では広すぎる。
「重点顧客の定義を何で切るか」まで切る。

議題が大きすぎると、会議は必ず整理で終わる。

そして実行として必要なのは、


会議の終わりに、決まったことと変えることを一つずつ残すこと

何を決めたのか。
何をやめるのか。
誰が持つのか。
次にどこで見るのか。

ここまで落ちていなければ、会議は「話した」で終わる。

危機時の会議に必要なのは、納得感ではない。
前に進むための決定である。

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結果


議題設計が正しい会議は、短いか長いかより、前に進む。

共有は早く終わる。
決めるべき論点に集中できる。
参加者も、自分が何のためにいるか分かる。
現場に戻ったとき、優先順位が変わる。
何をやめるかも伝わる。

だから会議のあとに組織の動きが変わる。
これが大きい。

危機時の会議は、場を持つこと自体に意味があるのではない。
会議のあとに、現場の行動が変わることに意味がある。

逆に議題設計が悪い会議は、何度やっても同じ景色になる。

数字を共有する。
状況を説明する。
問題意識は一致する。

だが決まらない。
翌週また同じ話になる。

そうすると、組織の速度が落ちる。

決まらないから、現場は旧来のやり方を続ける。
続けるから、数字も変わらない。
数字が変わらないから、会議がまた増える。

この循環に入ると、会社は忙しいまま止まる。

危機時に差がつくのは、会議回数の多さではない。
会議が決定に変わるかどうかである。

--

構造説明


なぜ会議はここまで経営を鈍らせるのか。
理由は、会議が経営の接続点だからだ。

現場の情報が上がる。
管理の数字が集まる。
経営の判断が下りる。
役割が切られる。
優先順位が決まる。

本来、会議とはこうした接続が起きる場所である。
だから設計が悪いと、接続そのものが壊れる。

共有だけで終われば、判断につながらない。
判断しても役割が切れなければ、実行につながらない。
実行が詰まっても会議で外せなければ、現場に戻るだけになる。

つまり

会議は単なるコミュニケーションの場ではない

意思決定・管理・実行を接続する装置である。

前回の記事の選別ともつながる。

選別ができない会社では、会議に全部を持ち込む。
全部を持ち込むから、何も切れない。
何も切れないから、現場が迷う。
迷うから、さらに会議が増える。

会議を減らすことが本質ではない。
議題を正しく切ることが本質である。

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締め


決まらない会議は、時間の問題ではない。
議題の設計が間違っている。

危機時の経営で必要なのは、情報をたくさん集めることではない。
何を共有し、何を決め、何を変える場なのか。
会議ごとの役割を切り分けることである。

会議が正しく設計されれば、会社は動く。
会議が曖昧なら、現場は疲れる。

つまり会議とは、単なる運営技術ではない。経営の速度を決める構造である。


次の記事では、この会議で決めたことが現場で噛み合わなくなる根本原因である連携を扱う。

部門間の壁は、仲の悪さではなく情報の非対称が作っている、という話だ。

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この連載では、危機時の経営を「CEOの右腕」の視点で、症状・判断・管理・実行に分けて言語化していきます。続きも追うなら、フォローしておいてください。


最後に残るべき言葉は、会議です。

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