人を信用していない社長ほど、ボトムアップを語る
ボトムアップという言葉の意味
人を信用していない社長ほど、なぜかボトムアップを語る。
「現場から意見を出してほしい」
「みんなで考えてほしい」
「自分が全部決める会社にはしたくない」
「ボトムアップで意思決定したい」
一見、いいことを言っているように見える。
でも、実際には違う。
本当は信用していない。
本当は任せていない。
本当は答えを最初から持っている。
それなのに、ボトムアップという言葉で包む。
このズレが、かなり気持ち悪い。
本当に任せる気があるなら判断基準を渡す
どこまで決めていいのか。
何を優先するのか。
どのリスクなら取っていいのか。
どこから先は経営判断なのか。
そこを明確にするはずだ。
でも、人を信用していない社長は、それをしない。
任せる範囲を決めない。
権限も渡さない。
失敗したときの責任も引き受けない。
その状態で、こう言う。
「もっと主体的に考えてほしい」
これは無理がある。
主体的に考えろと言うなら、考えた結果を受け止める必要がある。
下から上がってきた判断を尊重する必要がある
本当のボトムアップは尊重から始まる
でも、このタイプの社長はそれをしない。
ある会社で、組織改革の話が出た。
社長は言った。
「今回はトップダウンではなく、現場の意見を聞きたい」
「ボトムアップで進めたい」
各部署から意見を集めた。
現場はかなり本音を書いた。
評価が曖昧である。
会議が多すぎる。
社長の方針変更が多い。
管理職に権限がない。
新しい施策が増え続けて、既存業務が回らない。
でも、社長はそれを見て不機嫌になった。
「これは文句だよね」
「もっと前向きな意見がほしい」
「経営目線で考えられていない」
現場は、そこで学習する。
ああ、本音を聞きたいわけではなかったのか。
社長が欲しかったのは、現場の声ではない。
自分の答えを現場から出たことにするための材料だった。
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社長の考えを補強する意見
社長の方針に合う提案。
社長の責任に触れない改善案。
そういう意見だけを求めていた。
社長の考えに近い意見が出るまで、議論が続く。
最後に誰かが、社長の言いたかったことに近い案を出す。
すると社長は言う。
「そう、それだよね」
「やっぱり現場から出てくるのが大事」
違う。
それは現場から出た案ではない。
社長が出させた案である。
ボトムアップを語っているのに、社長の許可がなければ何も進まない。
その時点で、もうボトムアップではない。
こういう会社で働いていると、従業員はかなり疲れる。
なぜなら、
考えること自体が茶番
本当に考えても、社長の答えと違えば通らない。
リスクを伝えても、ネガティブ扱いされる。
強い案を出しても、社長の意図と違えば戻される。
結局、求められているのは判断ではない。
社長が納得する答えを探す作業である。
聞いたら主体性がないと言われる。
聞かずに動いたら勝手にやるなと言われる。
意見を出したら視座が低いと言われる。
黙っていたら意見がないと言われる。
この状態で、まともなボトムアップなど起きるはずがない。
そして失敗すると、社長は言う。
「みんなで決めたよね」
「現場から出てきた案だよね」
「なぜ実行できなかったのか」
決めるときは社長の意向。
失敗したら現場の責任。
これはボトムアップではない。
責任の押しつけである。
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あなたの感覚はたぶん正しい
「みんなで決めた」と言われるたびに残る違和感。
「現場から出た意見」と言われるたびに感じる、本当は違うという感覚。
「主体的に考えよう」と言われるたびに浮かぶ、どうせ最後は社長が決めるのにという思い。
それは間違っていない。
あれはボトムアップではなかった。
社長の答え合わせに、付き合わされていただけだった。
そして、
その先にあるもっと大きな問題
ボトムアップという言葉が、経営の責任逃れに使われていることだ。
次回は、「ボトムアップは経営の責任転嫁である」という話を書きます。
会社が壊れた後に、どう打ち手を作ったのか。
その話はこちらに書きました。
『死ななかったから、打ち手は作れた』
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