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死ななかったから、打ち手は作れた

口座残高700万


ランウェイ2カ月。
サービスは止められない。

朝、目が覚めるのが嫌だった。

起きた瞬間に、
現実が戻ってくる。

口座残高、支払い、伸びない売上、足りない利益。

20代後半。
教育系のテック事業をやっていた。

社員とアルバイトを含めて20名ほど。
月商は500〜600万円。
固定費だけで月200万円近くかかっていた。

口座残高は700万円程度。
ランウェイは2カ月。

売上は簡単には伸びない。
広告宣伝費はかさむ。
でも、サービスは止められなかった。

教育の世界である以上、
預かっている子どもたちの未来を壊すことだけはできなかったからだ。

周りからの期待もあった。
自分が折れたら、
全部が終わる感覚があった。

だから昼は自分の事業を回した。

必死に現場を回し、
営業し、
数字を作ろうとした。

それでも利益は出ない。

夜は別の顔を持っていた。

飲食店のコンサルティングという名目で、
実際にはバーの店長をしていた。

週3〜4日。
21時から朝4時まで。

給料を払うため。
事務所家賃を払うため。

金のことで、
人に迷惑だけはかけたくなかった。

そんな生活を続けていたら、
心も体も削れていった。

あの日も、
特別な日ではなかった。

何かが決定的に悪化したわけでもない。
いつも通り疲れ果てて家に帰っただけだった。

秋の夜だった。

窓を開けて、
少し夜風に当たろうとした。

その流れで、
気づいたら地上30メートルのベランダに立っていた。

その時、
ふっと思った。

ここから消えたら、
楽になるかもしれないと。

その瞬間、
頭の中に浮かんだ言葉があった。

「どんなことがあっても、
死ぬことだけは許さないからな」

起業前から相談していた経営者の言葉だった。

普段は優しく話を聞いてくれて、
食事にも連れて行ってくれる人だった。

経営に行き詰まって酒を飲みながら話していた時、
脈絡もなく言われたその一言だけが、
なぜか残っていた。


あの言葉がなければ、
今はなかったかもしれない。


1. 状況


当時の自分は、
知識も経験も足りなかった。

何をすれば光が見えるのか分からない。
どうすれば事業が立ち直るのかも分からない。

ただ暗闇の中で、
毎日もがいていた。

しかも厄介なのは、
完全に止まることもできなかったことだ。

顧客がいた。
預かっている子どもたちがいた。
期待してくれている人もいた。

自分が折れたら終わる


どう立て直せばいいか分からない。

これが一番きつかった。

---

2. 問題


今振り返ると、
当時の問題は資金繰りだけではなかった。

もちろん数字の問題は深刻だった。

口座残高は限られ、
ランウェイは短い。

売上は伸びず、
広告費はかさみ、
利益は出ない。

昼は自分の事業を回し、
夜は別の仕事で現金を作る。

表面的には、
典型的な資金繰り悪化に見える。

でも、
本当に厄介だったのはそこではなかった。

一番の問題は、

追い詰められているのに、
追い詰められている自分を認められなかった

ことだった。

苦しい。
でも、それをそのまま出せない。

足りていない。
でも、足りていないと言えない。

うまくいっていない。
でも、それを認めた瞬間に何かが終わる気がしていた。

経営者としての未熟さと変なプライド

きれいに立て直したい。
かっこ悪いやり方はしたくない。
弱いところを見せずに何とかしたい。

今思えば、
その発想自体がもう危うかった。

経営が悪化している時に必要なのは、
体裁ではない。

現実を直視して、
使える手を全部使うことだ。

当時は、
そこにいけなかった。

つまり、
自分が苦しんでいたのは
打ち手がないからではない。

打ち手を取れる状態に、
自分がなっていなかったからだ。

周りに助けを求めること。
自分の状態の悪さをそのまま出すこと。
泥臭くても今あるものを使って生き延びること。

本当は全部できたはずだった。

でも、
それを止めていたのは、
資金ではなく、
自分の中の見栄だった。

問題は資金繰りでは終わらない。

本質は、
現実よりプライドを守ろうとしていたことだったと思っている。

経営が悪くなると、
人は「方法が分からない」と思いがちだ。

でも実際には、
その前に「捨てられないもの」がある。

見栄、体裁、過去の成功体験。
こうあるべきだという自分像。

それを握ったままだと、
現実に必要な一手が打てない。

当時の自分は、まさにそこにいた。

---

3. 意思決定


ベランダでのあの夜を越えたあと、
考え方が変わった。

何か劇的な答えが見えたわけではない。
急に資金繰りの解決策が浮かんだわけでもない。
事業の勝ち筋が、
一瞬で見えたわけでもない。

ひとつだけはっきりしたことがあった。

きれいごとでは生き残れない

そこだった。

どうせ、
あの時は終わる寸前までいっていた。
だったら、もう失うものはない。

そう思った時に、
初めて腹が決まった。

自分の中では、
あそこから先は二度目の人生だった。

一度終わりかけた。

だったらもう、
格好をつける必要はない。

誰にどう見られるかを気にしている場合でもない。

生き残るために必要なら、
どんな泥臭いことでもやる。

そう決めた。

最初に変えたのはプライドだった

それまでは、
苦しい状況をできるだけ隠していた。
まだいけるように見せたかった。
余裕があるように振る舞いたかった。
経営者として弱さを見せたくなかった。

でも、それをやめた。

今の状態の悪さを隠さない。

資金が厳しいことも、
売上の伸びが足りないことも、
利益が出ていないことも

そのまま出す。

周りの経営者や知り合いに、
見栄を張らずに話す。

助けてほしい時は、
助けてほしいと言う。

紹介が欲しい時は、
紹介してほしいと頼む。

今読むと当たり前に見えるかもしれない。

でも、
当時の自分にはそれが一番難しかった。

経営者は、
追い詰められるほど

「自分で何とかしなければ」

と思う。

でも実際には、
その思考がさらに首を絞める。

自分で抱え込み、
自分だけで整えようとし、
自分だけで立て直そうとする。

その結果、
外から来るはずだった支援も、
機会も、
情報も、
全部閉ざしてしまう。

だから自分は、
そこを壊した。

見栄を捨てる。
弱さを隠さない。
泥臭くても今ある縁を全部使う。

ここに切り替えたことで、
ようやく最初の一歩が打てた。

紹介が生まれる。
会うべき人に会える。
話がつながる。

止まっていた流れが、
少しずつ動き始める。

重要だったのは、

特別な必殺技ではない。
すごい戦略でもない。

むしろ逆で、
本来やるべきことを、
ようやくやれる状態になっただけだった。

だから今でも思う。

立て直しは、
方法論から始まるわけではない。

最初に必要なのは、
自分の中にある余計なものを捨てることだ。

プライドを捨てる。
見栄を捨てる。
「こうあるべき」を捨てる。

そこまでやって初めて、
現実に効く打ち手が見える。

あの時に変えたのは、
戦略ではない。

自分の姿勢だった。

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4. 結果


あの夜を境に、
人生が急に好転したわけではない。

翌日から資金繰りが楽になったわけでもないし、
事業が一気に伸びたわけでもない。
現実は相変わらず厳しかった。

売上は簡単には増えない。
支払いは待ってくれない。

苦しい状況そのものは、
すぐには変わらなかった。

でも、
自分の中でひとつだけ、
決定的に変わったものがあった。


「もう、失うことを前提に怯えながら生きるのはやめよう」


そう腹が決まったことだ。

そこからの自分は、
前と同じようでいて、
まったく別の人間だったと思う。

見栄を張らなくなった。
弱い状況を隠さなくなった。
苦しいなら苦しいと言い、
助けが必要なら助けてほしいと言えるようになった。

以前は、
経営者は強く見せなければいけないと思っていた。

余裕があるように振る舞い、
何とか自分だけで立て直さなければいけないと思っていた。

でも、
あの経験をしてからは違った。

本当に会社を生かしたいなら、
きれいにやることより、
生き延びることを優先しなければいけない。

そのために必要なら、
泥臭いことでもやる。

人に頭を下げる。
紹介を頼む。
今の悪い状態もそのまま出す。

そうやって、
ようやく流れが変わり始めた。

少しずつ仕事がつながる。
紹介が生まれる。
売上が戻る。
資金繰りにわずかでも余白ができる。

派手な逆転ではない。

ただ、
確実に息ができるようになっていった。

そして最終的には、
事業を立て直し、
エグジットまで持っていくことができた。


今振り返ると、
あの経験は
「つらかった過去」
では終わっていない。

むしろ、

今の自分の土台

苦しい局面で、
必要以上に取り乱れなくなった。

絶望の中でも、
打ち手を探す癖がついた。

見栄や体裁が、
いかに経営を鈍らせるかを身体で理解した。

そして何より、
どんなに厳しくても、
生きている限り次の一手は作れると、
本気で信じられるようになった。

あの時の自分は、
確かに限界だった。

でも、
あの夜を越えたからこそ、
今の自分がある。

そう思うと、
あの経験はただのどん底ではなく、
自分を作り直した起点だったのだと思う。

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5. 構造解説


この経験から学んだことは、
今でも非常にシンプルです。

ひとつは、

生きていれば打ち手は作れる

ということです。

これはきれいごとではありません。
実際に、
あの時の自分には何も見えていなかった。

知識も足りない。
経験も足りない。
資金も足りない。
気力もほとんど残っていなかった。

それでも、
終わらなかった。

終わらなかったから、
次の一手を打てた。

次の一手を打てたから、
少しずつ流れを変えられた。

本当に手がなくなるのは、
そこで終わってしまった時だけだ。

生きている限り、
まだ何かはできる。

大きな一手じゃなくていい、小さくてもいい。
不格好でもいい。

でも、生きていれば手は打てる。

自分があの夜を越えて強く感じたのは、
それだった。

もうひとつは、

人の言葉が命をつなぐことがある

ということです。

あの経営者の言葉は、
その場では特別な名言に聞こえたわけではなかった。

酒を飲みながら話している時に、
ふっと言われただけだった。

その何気ない一言が、
あとから自分を止めた。

普段の関わり方も大きかったのだと思う。

優しく話を聞いてくれて、
食事にも連れて行ってくれて、
気にかけてくれていた。

その積み重ねがあったからこそ、
その言葉だけが最後に残った。

経営者は孤独だと言われる。
それは本当にそうだと思う。

だからこそ、
たった一言が人を救うことがある。

理屈ではなく、
記憶として残る言葉がある。

その言葉が、
本人も気づかないところで支えになることがある。

今の自分は、
あの時のように苦しんでいる人がいたら、
簡単な励ましではなく、
その人の中に残る言葉を渡せる人でありたいと思う。

大げさなことを言う必要はない。

ただ、
その人が本当に落ちた時に思い出せる言葉であればいい。

経営は、
きれいには進まない。

苦しい時は本当に苦しい。
資金が尽きかけることもある。
心が折れかけることもある。
全部投げ出したくなる夜もある。

それでも、
あの経験があったから今は言える。

どれだけ暗くても、
どれだけ出口が見えなくても、
生きていれば打ち手は作れる。

そして時に、
その最初の一歩は、
自分の中からではなく、
誰かが昔くれたたった一言から始まる。

---

ここまで読んでくれた方へ。

あなたにも、

「もう無理かもしれない」

と思った瞬間はありましたか。

その時、
自分を止めてくれたものは何だったのか。

あるいは、
そこから立て直すきっかけになったものは何だったのか。

コメントで教えてください。

そういう言葉や経験は、
きっと今まさに苦しい誰かの支えになります。

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