中国の世界遺産★福建土楼を散策してみた
今回も福建土楼に行った時の記録です。※写真多め
前回の赤バケツの話が長すぎて、つづきになってます。
田螺坑(田螺坑土楼群)散策に出発
目的地までは直線ルートで近いらしい
衝撃の赤バケツから一夜明けたさわやかな朝。


朝起きたら、夜通し泣いてた赤子の家族から
「昨夜はうるさくなかったかい?」
と言われたけれど、
「いやいや、全然大丈夫ですよ~」
と笑って答えた。
実際、赤バケツで原始に還った私にとって、赤子の泣き声はこの上ないぐらいはまっていて、なんだか生まれ直したぐらいのデトックス体験だったのだ。
そして私は朝ご飯を食べた後、その辺を散策することに。






昨夜来る途中でみつけた土楼眺めるスポットまで歩こうと思って、民宿のおじさんに「どれぐらいで着く?」と聞くと、10分とか言われ、そんな近いわけないだろ!と思い、確認。

あれぇ? おじさんが言ったとおり、近そうだ。
前の夜、車で来た時はもっとぐるっと回ってたと思ったけど、村内ルートだと超近道になるのだった。
喉に良い野草茶を飲みながら福建にルーツを感じる
私は晴れ女なので、外がだんだん晴れてきた。

途中、お店をみつけた。
そこで私が昔インドネシアで買ったカエルの鳴り物をみつけた。

大きさは大中小あり、私は自分の分で中、王さんの一歳の娘の分で小を買った。
すると、この店の女性が「お茶を飲んでいきなさい」と言う。
※さすが福建お茶文化
私は誘われたら基本断らないので中に入ってお茶をごちそうになる。
その時の様子は、この4:54のあたりに少しある。
お茶はこうやって作るんだよという写真も見せてくれる。



一晩でだいぶ良くなったとはいえ、この時まだ喉が痛かった私は、喉にいいお茶ないかと聞く。
すると、とっておきのお茶があると言って、入れてくれたのが、草と花のお茶だった。



喉にいいというので、この量の半分だけ買った。
いくらか忘れたけど、コロンス島で買った最高級鉄観音茶よりは安かった。
この時話した女の人は村生まれ村育ちだという。
そばには娘もいたけれど、小学校は何十キロも離れたところにあって、ふだんは寮で週末だけ帰ってくるらしい。
村には小さい子どもの姿もあったけど、親と一緒に過ごせる時間はそんなに多くないのだと、その女の人は言っていた。
で、その人は結局大人になって村に戻ってきて、今も村の売店でお茶を売って暮らしている。
私が住んでいる棗荘はここよりは都会だけれども、大都会よりは田舎だ。
北京とか大連で暮らした人が、結局戻ってくるパターンも多くて、結局慣れた環境と人なのかなと思ったりもする。
福建のここらの人は、古き良き日本の田舎を感じさせる素朴さと温かさがある。
山の中ってのもあり、かつて日本は福建には攻めなかったらしい。そのせいか知らんけど、日本人に対してもなんか友好的に見える。
日本人も何人も来て話したと、その女の人は言っていた。
土楼に来た日本人はみんなわりと中国語話せたと。
まあ、話せなきゃ会話もしないだろうから、会話もしない日本人含めたら、もっと日本人は来てると予想。
福建土楼に行きましたリポートはいくつか見たけれど、現地の人との会話については触れていない。
でも、私は下手くそでもなんでも話してみたらいいと強くお勧めする。
「お茶飲んでいきなよ」と言われたら、警戒しないで飲んでみたらいいと思う。無理に何かを買わせるなんてこともなかった。
旅行の仕方は人それぞれで、ただ非日常を味わいたいからここに来るのもいいと思うんだけど、私みたいな人情派なら、ぜひとも少し中国語を使ってみたらいいと思う。
なんか棗荘より通じるしwww
※棗荘方言は同じ山東省の学生でもわからない。
王さんがいうには、日本語のルーツと福建の方言のルーツはかぶってるらしいし(※もっと専門的に言ってたけど忘れた)、なんか本当に懐かしい感じがする。
私は台湾に行ったことはないけど、位置とか文化からしても福建と通じるんだろうし、日本人がなぜ台湾が好きかちょっとわかる気がした。
田螺坑(田螺坑土楼群)が見渡せる景観スポット
お茶を飲みながら、いつものごとくダラダラしながらも、王さんが迎えに来るまで時間もないので、散策続行。




なんかずっと男の人たちは柵にペンキを塗っている。
これ見て私は「不思議の国のアリス」を思い出した。
トランプの兵隊たちが白薔薇を赤く塗る場面。
本来必要ではないことを仕事にしてるように一瞬見えてしまった。
いや、もちろん必要なことなのかもしれないけど、とにかく男の人はみんなペンキ塗りやっていて、もはやペンキ塗らなきゃほかに何の仕事あるんだろうってぐらいに見えたからだ。
このペンキ塗りの男の人たちの間をすりぬけ、さらに私は上へのぼる。
途中疲れても座るところがあるのがありがたい。



かなり上まであがってきたら、茶店みたいなところがあって、おばあちゃんが一人店番をしていた。
泊まれもする感じだったけど、土楼まできてここに泊まる人がいるのか謎。







さて、人がにぎわい、みんなが写真におさめている景色がこちら

田螺坑(田螺坑土楼群)の螺は巻貝って意味で、坑はくぼみって意味らしい。
この場所で写真撮ってる人たちは、土楼の宿泊者ではないと思う。
私が通ってきたルートで土楼まで行く人はいなくて、みんなただ写真を撮っていた。
引き続き田螺坑(田螺坑土楼群)内を散策
戻るルートに人はほとんどいなかった。




客家の酒気になる……。
閉まってるけど、昔の酒屋さんなんだろうか。
私はほんと歴史に疎くて客家が何かもよくわかってなかったが、酒に惹かれるw



引き続き、村内を一通り散策


途中、青トンボをみつけて、コロナ期間に瀬戸内海の島の古民家で暮らし、近所のボスの畑で働かせてもらっていた時のこと思い出していた。
あの時、私が指を立てたら、青トンボが私の指に止まって、ボスに「すごい!見て見て!」と畑仕事もほったらかしで大はしゃぎ。
その四年後に世界遺産の土楼で青トンボ見て、瀬戸内海の島思い出すとは思ってなかったし、本当に人生っておもしろいなと思った。

さらに登るとこんなところにレストラン? アヒル料理の店みたい。




小学生ぐらいの男の子何人か見かけたけど、こんなところで毎日遊んでたら足腰強くなるだろうな。
ちなみに私も小さい頃は山を遊び場にしてたせいか、骨密度が二十歳の平均より数値がいい。
さすがにここまで来ると不審者なので、子どもに発見される前に下におりていく。

下のほうでは老人たちが外にたまっている。
これは棗荘でもよく見るし、わりと見慣れた光景だ。

ちなみにうっかりで粗忽者の私は、このおじさんの作業中の線に引っかかってしまい、何かを倒してしまう。
おじさんに謝ると、「気にするな」と言い「気をつけろよ」と言ってくれた。
こういうちょっとしたやりとりでもわかると、相手がいかに親切かわかったりもする。
逆にわからないと誤解もある。
今回、地元方言わからず、子連れの王さんの奥さんになんか言ってたおばさんが強い口調だったので「うるさい子どもは鍋にぶち込むぞ」と言っていたと勘違い。
実はものすごく優しいおばさんだったらしく、それも説明きかなきゃわからなかった。
だから、やっぱり言葉の理解ってある程度は大事だと思う。

この手作りブランコも道脇にさりげなくあって、なんかこういうのすごくいいなぁと思うのだ。
生活の中にちょっとした豊かさの工夫があるというか。
赤バケツももう平気だし、一泊じゃなくてもっとここにいてもいいな。
Wi-Fiはつながるけど、SNS断ちして村時間を過ごすのもいいかもしれない。
昔、千葉の田舎で11日間、そういうことやったことあるけれど、ストレスにさらされている現代人にはそういう時間が必要だ。
福建土楼に行ってよかった
土楼の宿泊先に戻ってきたタイミングでちょうど王さんから連絡があり、迎えに来てくれた。
この時、奥さんのほうちゃんはいなかった。
後で王さんから聞いたけど、ほうちゃんは、もう私と会うこともないかもしれないとこっそり泣いたらしい。
私は感情表現を最大にする人間で、「うれしい」「たのしい」「さびしい」「悲しい」はすぐ口にするが、自分とは真逆でわかりやすく表現はしなくても情がある控えめで不器用な人も大好きだ。
ほうちゃんがいないのは残念だったけど、私は王さんに駅まで送ってもらう途中に昼ご飯をごちそうになった。

この店のおじさんたちも方言で何言ってるかわからなかったけど、いい人たちだった。
なにせ私のことを「小美(美人ちゃん?)」と呼んでくれたからな!
誰にでも声掛けによく言う「美女」ぐらいに意味はないとしても、うれしかったわいw
私は王さんのお母さんのほうが全然年が近いんだけど、この時は30歳の王さんと夫婦に間違われ、王さんは気まずかったと言う。
ちなみに私が土楼に泊まると決めた理由も年齢にある。
「だって『また』なんてもうないかもしれないでしょ? だったら今できる時にできる体験を最大味わってみたいんだ」
もしかしたら、私のこの言葉があったからこそ、ほうちゃんは「もう会えないのかもね」と泣いたのかもしれないな。

この駅で王さんと別れを告げる。
王さんは、私が改札から姿を消すまでずっと見送ってくれていた。
しかし王さんとはこの約一ケ月後、8月に上海で会うことになるのだが、それはまた別のお話。
この後、私は福州に向かう。
でも福州は都会で特に書き立てるようなこともなく、今回福建省の旅で私が最もよかったのは、厦門で食べた蟹と福建土楼である。
福建土楼に泊まるかどうかは、犬を見たら泊まる、猫を見たら泊まらないと決めた直後に犬が土楼に突入したから泊まると決めたけど大正解。
そうやって、自然の流れに委ね、自分の勘に従って生きて行けば、人生なんとかなるんじゃないかなと改めて思った今回の福建土楼。
来年からのことなんて、何もわからないけれど、人生はワクワクする冒険だとやっぱり私は思っている。
追記
前回の記事のコメントから知ったこの映画、福建土楼がモデルみたいで超観たいと思っている。
ほとんど余所者しかいないというコロンス島とはちがい、まだ住み暮らしている人がいる分、人の生活が根付いた感じが残っている。
泊まってみて私は良かったと思う。
田螺坑は古代の浪漫や山奥の村の牧歌的風景を味わえる場所だと思う。
