#06 「私、どうなってるの?」──痛みも実感もないまま、異次元に放り出された入院初日
♦救急搬送後の病室での心境。
♦動画編集への夢が遠のいたと感じた時の絶望感。
1. 現実と異次元の境界で、私を眺める私
救急搬送の喧騒が遠のき、静まり返った病室。そこに横たわっているのは「私」であるはずなのに、意識はふわふわと空間をさまよい、どこか遠くから、ベッドに横たわる無力な自分を眺めている……そんな奇妙な感覚でした。
つい数時間前までパソコンに向かっていた日常が、まるで遠い前世のことのように感じられました。「私は、生きているのか?」という問いが、自分の中で何度もリピートされます。
「子供たちに、二度と会えなかったかもしれない」
「私は、あちら側(日常)に帰れるのだろうか」
その事実に思い至った瞬間、冷たい汗が背中を伝いました。
命が繋がったことへの安堵よりも先に、失うかもしれなかったものの大きさに、ただただ震えるしかありませんでした。

「命の重みを、皮肉にも失いかけた瞬間に思い知らされたのです。」
2. 「生かされた」という実感と、隣り合わせの死
主治医から告げられた言葉は、残酷な二面性を持っていました。
「今は緊急手術の必要はありません。不幸中の幸いでしたね」
その言葉に胸をなでおろしたのも束の間、医師は表情を崩さずに続けました。
「ただ、油断はできません。急変して突然死する可能性も、ゼロではないんです」
生かされたという喜び。けれど、その足元にはまだ深い闇が口を開けている。 「命は助かった。でも、本当の意味で『助かった』と言える日は来るのだろうか?」 首の皮一枚でつながっているような、不安定な生の実感が、私を支配していきました。
3. 手のひらからこぼれ落ちた、新しい日常
受診しただけのつもりが、そのまま大学病院へ救急搬送。 手元にあるのは、最小限の貴重品が入ったバッグだけ。入院の準備なんて、何一つできていませんでした。
何より絶望したのは、あんなに大切にしていた「動画編集」という日常から、物理的にも精神的にも完全に切り離されてしまったことです。
昨日までは、モニターに向かってテロップなどを駆使し、仕上がりに情熱を注いでいました。生徒たちの顔を思い浮かべながら、教材を作る。
それが私の新しい、輝ける居場所だったはずなのに。
今は、その道具さえ手元にない。
「このまま、私の場所はなくなってしまうのではないか」
「フリーランスとして走り出したばかりなのに、もうリタイアなの?」
フリーランスとして歩み始め、少しずつ積み上げてきた確かな手応え。
実績はまだ多くはないけれど、私の心は「これからだ」という希望に満ちあふれ、輝く未来だけを見つめていたはずでした。
それなのに、たった数時間で世界は一変してしまった。
動画編集への夢が、急速に色あせて、遠い幻のように感じられたのです。
つづく
