いのちを始める「胚培養士」のお仕事小説《#創作大賞感想》
赤ちゃんって、かわいいよね。
本当のことを言うと、自分にはそう思えない時期もあったけど。
年のせいか、やたら可愛いと思える。
小さくって、成人のバランスと違って頭部が大きくって、まだまだ危なっかしい存在。赤ちゃんは、たとえ他人の子でも何だか愛おしい気持ちを呼び起こさせてくれる。
元気に育てよ。大きくなれよ。 って見守りたくなる。
そんな小さい赤ちゃんが可愛いってことは、よ?
もっともっと小さい命のはじまりは、もっともっと可愛く思えるんじゃん?
ん?
#なんのはなしですか と思ったあなた。
ちょっと、この小説を読んでみてくださいな。
不思議と、そんな気持ちにさせられるんです。
めちゃめちゃ可愛くて応援したくなるんです。
精子と卵子を!!
その小説が、こちら。
精子と卵子が可愛いって…。ふざけたお話ではありません。
これは、『胚培養士』という職業にスポットをあてた、お仕事小説です。
過去にこの職業のお仕事小説はあっただろうか。
(あったかもしれない。でも、もっともっとあってもいいと思う)
第一話だけでも読んでみてください。
めちゃシリアスなお仕事小説であることがすぐに分かります。
産声を上げるずっと前に、温かな海の中で始まる命がある。透明なディッシュの中の、培養液の海だ。
今日、母袋海音は、胚培養士になって初めて、体外受精を任された。顕微鏡を覗き込み、目の前に広がるミクロの世界のあまりの静謐さに、海音は息を飲む。
そして、想像だけではなく、専門的な知識がないと書けない小説だとすぐに分かります。
もっと言うと、専門的な知識があるだけでも書けない、繊細な表現で文章を紡げる人でないと書けない物語です。
直径約八分の一ミリメートルの卵子の周囲には、ゼリー状の卵丘細胞が、分厚い壁のように立ちはだかっていた。卵丘細胞に守られた卵子は、雲間から見え隠れする太陽のようだ。
(中略)
吐出された精子たちが、培養液の中で踊る。精子たちは、ただ一つの卵子に到達するため、卵丘細胞に群がり、競い合うように壁を分解し始めた。
作者の 樹 立夏 さんは、実際に何らかの研究職に携わっているかた(たしか)。
だからこそ、書ける描写がある。
だからこそ、ラボで働く人の心情がきちんと描ける。
そして読み手の私たちも、主人公の胚培養士 海音と一緒に、ついつい精子と卵子を応援したくなるのだ。
『頑張れ』
海音は心の中で呟くと、瞬きをした。鞭毛を揺らして精子たちが懸命に泳ぐ、バシャバシャという音が聞こえた気がしたのだ。
*
日本産科婦人科学会によると、2022年に実施された不妊治療の体外受精で誕生した子どもは、7万7206人とのこと。厚生労働省によると、22年の出生数は77万759人。およそ10人に1人が体外受精で生まれた計算となる。(日本経済新聞より)
独身の方は、あまりピンと来ないかもしれないが、実際にそれほどの割合のパパとママがお世話になってい……いや違う。
妊娠に至らずに諦めざるを得ないご夫婦も多くいるので、「お世話になった経験がある」だけで言ったら……何人に1人?
(どのデータを見ればよいのか分からず、ごめんなさい。体外受精に関わらず不妊治療経験カップルは約4組に1組だそうです。私も含まれます)
とにかく、この少子化日本で、多くのパパママがお世話になっているご職業 にもかかわらず! 知名度が高くない 『胚培養士』 というお仕事にスポットをあてて書いてくださった小説です。
ありがたい!
この物語を読んで、なんど胚培養士さんに「ありがとう」と叫んだことか。
もちろん、仕事内容が分かる、というだけのお話だけではありません。
命の誕生って素晴らしいね! っていう小5理科の教科書みたいな話でもありません。
海音は、母親が死んだ日に生まれた。母親の命と引き換えに。海音は、母親の顔を、肌を、声を知らない。
主人公の海音には悲しい過去がある。
その過去があるからこそ、彼女は胚培養士という職業を選んだ。彼女の考える自分の「使命」が、あまりにも切なくて、優しくて、強くて。
……それらを、惜しげもなく第一話で出し切っている。
ラストで書いてもよさそうなくらい、説得力のある言葉たちが並ぶ。
おおぅ。
こりゃぁ……すごい話だぞ。
みなさんも、第一話の時点でそう感じるでしょう。
*
主人公に悲しい過去があるからといって、安っぽいお涙ちょうだい話ではない。
第二話以降、病院を訪れる人たちや、病院関係者、主人公自身の背景や物語がつぎつぎと描かれてゆく。
実際に、不妊治療や産婦人科に何度も足を運んだことのある私は、あの出来事も、その出来事も、小説の中だけに存在するつくり話などではなく、現実にある話だということが分かる。
綺麗ごとなんかじゃない。
生と死は背中合わせで。
善と悪はとなり合わせで。
冷静から狂気へと、いとも簡単に人の心は移ろってしまう。
いのちを創り出す現場は、神聖で美しい、だけではない。
やもすれば「神の領域」ともいえるお仕事の是非を問うような場面もある。
答えの出せない、難しい問題ばかりだけれど、樹立夏さんは、それらを、それでも丁寧に描く。実直に。
いのちをつなごうとする、作家さんなのだと思う。
*
わずか針の穴ほどの小さな小さな細胞から始まった、わたしたち。
それぞれに別の物語が始まっていて、それは決して後戻りできない。
この作品は、物語の人物たちだけではなく、自分や自分のまわりの「いのち」についても、あらためて考える機会をくれた。
記憶などあるはずがないけれど、
自分自身が、誕生した場面に立ち会えた気がする。
じぶんなりの幸せの形を、私も、つないでいこうと思う。
樹 立夏さん
素敵な作品をありがとうございました。
みんな! 読んでくれよな!!
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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