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橘さんのリボン

小学生の頃から使っている学習机と棚を捨てて、シンプルなパソコンデスクとハンガーラックを置くことにした。

もう大学二年生、古い教科書や受験の時の参考書なんていらない。デスクはホワイトにして、鏡やメイク道具も置くつもり。

服もクローゼットから溢れてる。着なくなった服を引っ張りだして山積みにしていく。制服ももういらないかな、と山の上に乗せた。

クーラーを付けて片付けてたら、埃っぽくなったから窓を開けた。もわっとした熱い風と、太陽の眩しい光が飛び込んでくる。青い空の向こうに入道雲が見えた。

「あー、夏だなあ!」

声に出してみたらなんだかおかしくて、一人で笑ってしまった。

レースのカーテンと窓を閉めても、部屋にはまだ少し夏の空気が残っている。作業を続けようと机の引き出しを開けると、奥から高校の制服のリボンが出てきた。

どうして?
制服にはちゃんとリボンは付いているのに。

少し考えて、すぐに思い出した。貸してくれたんだ、あの子が。

高校二年生の、一学期の終業式。今日みたいな暑い日。

ちょっと厳しめの女子校だったから、式典の日は正装で来なきゃいけないのに、私だけリボンを忘れて来た。普段は暑いからってブラウスのボタンを開けてる子たちも、みんなちゃんとボタンを閉めて、リボンを付けていた。

「どうしよう、担任に怒られるよ!やばいよぉ」

「もー、大丈夫だよ、そのくらい」

「親への手紙持たされるだけじゃん。代わりに大人っぽい字でサインしてあげようか」

騒いでいたらチャイムが鳴って、みんなが席に戻っていく。私も仕方なく席に着くと、横からすっとリボンが差し出された。

慌てて横を見ると、隣の席の橘さんだった。私と目が合うと、「どうぞ」と小声で言った。「いいの?」と私も小さな声で聞く。橘さんの襟元には、ちゃんとリボンが付いている。

ガラガラとドアが開いて、先生が教室に入って来た。私は橘さんが頷くのを見て、「ありがと」とリボンを受け取り、急いで襟に通した。

ホームルームが始まり、先生が夏休みの過ごし方について話し始めた。私は橘さんの横顔をちらちらと見る。肩まで伸びた、黒くてまっすぐな髪。ファンデなんて塗ってなさそうなのに、白くて綺麗な肌。

橘さんは背筋を伸ばして、まっすぐ前を見ている。いつも落ち着いていて、物静かで、大人っぽくて、成績もいい。誰かにいじられてるのなんて見たことがなかった。

その後体育館で終業式があって、教室に戻って成績表を渡されて、先生の挨拶が終わって解散して。みんなと成績表のことで騒いでいたら、橘さんはいつの間にかもう帰っちゃってたんだ。ちゃんとお礼も言ってないのに。

先生がいなくなったら、みんなリボンを外してブラウスのボタンを開けた。私も橘さんのリボンを外して、ポケットにしまった。そして誰かが「一学期の打ち上げ行こーよ」って言い出して、マックかカラオケに行くことになった。

生徒たちは家に帰ったか部活に行ったのか、廊下には人がいなくて、私たちの笑い声だけが響いてた。下駄箱は日陰になっているから、少しだけひんやりしていた。

みんなで上履きをカバンにしまっていたら、一つだけ上履きが残っているのがふと目に入った。

橘さんの棚だった。持って帰るの忘れたんだ。夏休みなのに。

ほかの子たちは誰も気づいていない。隣の席の橘さんの凛とした横顔を思い出して、私は心のなかでふふふと笑った。

そして——私は今の今まで橘さんにリボンを借りたことを忘れてしまっていた。

きっとあの終業式の後にこの引き出しにしまって、それっきり。二学期から席も離れて、三年生は違うクラスだったから話すこともなくて、私たちはそのまま卒業した。橘さんがどの大学に行ったのかも、私は知らない。

私は制服からリボンを外して、机の上に二つ並べてみた。

コンコン、というノックの後に、ドアが開いて「どう?片付いた?」とお母さんが入ってきた。私が返事をする前に、積み上げられた洋服の山を見てお母さんは声を上げた。

「ちょっと、高校の制服も捨てるつもり?」

「うん、だって邪魔だし、もう着られないし」

お母さんはハンガーが付いたままの制服を拾い上げて、眉をしかめる。

「もったいないわよ、高かったのに。取っておきなさいよ」

「うーん…」

私は制服を受け取って、鏡の前で当ててみる。何だかすごく不釣り合いでおかしい気がした。つい二年位前は毎日着ていたのに、大人のコスプレみたいで変な感じ。

お母さんは私の表情を見て、「いいから取っておいて、お母さんのためにも」とさっきよりも強めに言った。

「わかったよ」

私は制服のかかったハンガーをクローゼットに戻そうとして、リボンのことを思い出し、机の上に手を伸ばした。橘さんのリボンと私のリボンは、二つ揃ってネイビーのブレザーの胸ポケットに収まり、ボルドーの色をちらりと覗かせた。

「この制服いいわよね、グレーのチェックのスカートも可愛いし」

お母さんは満足そうに笑った。私は制服を冬のコートの横にかけて、クローゼットの扉を閉めた。



女の子たちの短編🍓

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