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「愛子天皇でいいじゃん」と思っていた18歳の私が、神道学科の講義室で知った「悪意の正体」

一般の家庭に育ち、ただ歴史や神道への興味から神道の門を叩いた当時の私が、いかにしてメディアの「常識」という呪縛から解き放たれていったのか。

愛子内親王殿下のご生誕に日本中が沸き、同時に「女性天皇論」の嵐が吹き荒れていた2000年代初頭。当時のリアルな空気感と、大学の講義室で味わった「知的パラダイムシフト(常識の崩壊)」の回想を交え、この問題の核心に迫りたい。

今から約20年以上昔、2000年代初頭の日本は、ある「祝福」と「焦燥」に包まれていた。 2001年(平成13年)12月、今上陛下(当時は皇太子殿下)のご長女として愛子内親王殿下がご生誕された。秋篠宮家を含め、皇室に30年近く男子が誕生していなかった当時、世論は「これで次の世代に皇室が繋がる」という素朴な安堵を抱き、メディアは一斉に「女性天皇容認」へと舵を切った。小泉純一郎内閣のもとで有識者会議が設置されたのもこの頃だ。

当時、私は皇學館大學の神道学科に入学したばかりの、ごく普通の1年生だった。 実家が神社というわけでもなく、ただ歴史や神道の奥深さに惹かれて進学した、どこにでもいる18歳の若者。そんな当時の私は、テレビのニュースを見ながらごく自然に、こう思っていた。

「愛子天皇でも、別にいいんじゃないの?」

誰が植え付けたか分からない「勝手なイメージ」

当時の私が抱いていた感覚は、至ってシンプルだった。 「天皇の子供なんだから、男の子だろうが女の子だろうが、最初のお子さんが次の天皇になるのが当たり前でしょ」

テレビを見れば、雅子さまの苦悩と愛子さまの成長が、まるでお茶の間の「あたたかいファミリードラマ」のように連日報じられていた。義務教育で「男女平等」や「民主主義」を絶対的な正義として教え込まれて育った10代の脳には、その平たい一般社会のルールを皇室にそのままスライドして適用することが、何よりも「自然」で「正しい」ことに思えたのだ。

メディアは時折「傍系」や「男系・女系」という言葉を口にしてはいたが、18歳の耳には右から左へと通り過ぎるだけで、その重要性は全く理解できなかった。

しかし、今振り返ると、ここにこそ背筋の凍るような「悪意」がある。 私は誰かに「女系天皇を支持せよ」と直接言われたわけではない。それなのに、大学に入る前の時点で、「男女関係なく、直系の子が継ぐのが普通だ」という強力なイメージ(直感)が、すでに脳裏に深く刷り込まれていたのだ。

それは教科書、ニュース、ワイドショーが結託し、長年かけて日本の子供たちに流し込んできた「不作為のプロパガンダ」の結果だった。皇位継承が「男系(父方)」で続いてきた歴史的事実や、それを救うための「傍系宮家」というバックアップシステムの存在(分母)を徹底的に教えないまま、「愛子さま誕生」というニュース(分子)だけを見せる。そうすれば、若者が「愛子天皇でいいじゃん」という結論に自発的にたどり着くのは、当然の帰結だったのである。


代天皇の父系を辿れば、必ず神武天皇へたどり着く、これが男系(父系)の天皇です

講義室でのパラダイムシフト:歴史と「タテ糸」の真実

その「勝手なイメージ」のフィルターが剥ぎ取られたのは、大学の講義室だった。 神道学の専門的な講義を「相当に聴き込んで」、歴代天皇の皇位継承のあり方を体系的に学んだとき、私の脳内にあった「当たり前」は音を立てて崩れ去った。

初めて理解した。皇室とは、一般社会の「普通の仲良しファミリー」ではない。神武天皇から一度の例外もなく繋がれてきた「男系(父方)の血統」という、人類史上類を見ない極限のルールによってのみ権威を担保してきた「祭祀と血統の安定的継承システム(国体)」なのだと。

同時に、その「一本の美しいタテ糸」を守るための歴史が、決して綺麗なものばかりではなかったことも知った。 武力と暗殺で権力を掌握したとされる雄略天皇の治世、身内同士が血で血を洗うクーデターを起こした壬申の乱、そして国が真っ二つに割れて正統性を争った南北朝の動乱。 皇室の周囲で起きたこれらの権力闘争や「傷」の部分は、確かに伝統派やアカデミズムの場でも、美しくパッケージ化されて語られがちである(自説に傷がつくことには、お互いに口をつぐむという点では、伝統派もメディアも鏡合わせなのかもしれない)。

しかし、そうしたドロドロとした人間のエゴや争い、絶体絶命の危機を乗り越えてなお、先人たちが「男系」というルールだけは死守し、そのために「傍系宮家」というスペアを置いてシステムを持続させてきたという歴史のリアリズムに触れたとき、私の頭は冷え切った。

「男女平等だから女の子でもいいじゃん」という世俗的な感情論がいかに浅薄で、1947年にGHQによって主権を奪われていた「オキュパイド・ジャパン」時代のねじれた価値観に基づいたものであるかを、私は講義室の机で、やっと理解したのである。

公式アナウンスの「黙殺」と、現代の過激な世論誘導

あれから20年。悠仁親王殿下がご生誕され、男系継承の可能性が繋がった令和の今、日本のメディアが流す「女性天皇・女系天皇待望論」は、当時とは比較にならないほど「過激」で「人工的」なものに変質している。

2020年(令和2年)11月、国と皇室は公式な国事行為として「立皇嗣(りっこうし)の礼」を挙行した。これは、「次の伝承者は秋篠宮さま、そしてその次は悠仁さまである」というロードマップを、国内外に正式に示す決定的な儀式だった。

しかし、メディアはこの重大な事実を「報道しない自由」によって徹底的に黙殺した。小室圭さんのスキャンダルやコロナの規模縮小に話題をすり替え、儀式が持つ憲法的な重みを国民の目から隠したのだ。なぜなら、これを真っ当に報じてしまえば、「愛子天皇に法改正せよ」という自分たちのイデオロギー(ジェンダー平等の勝利)へ誘導するストーリーが崩壊してしまうからである。

結び:18歳の「無知」に引きずられ続ける日本

かつて18歳だった私は、幸運にも専門的な学びの場に身を置くことで、メディアが仕掛けた「直感の罠」から抜け出すことができた。

しかし、世の中の9割以上の人々は、そのような補助線を与えられないまま大人になる。そして、かつて私が抱いていたのと同じ「誰に植え付けられたかも分からない、男女平等の常識」を握りしめたまま、ワイドショーを見て「女性天皇に賛成」の世論調査のボタンを押し続けている。

メディアは、かつての私のような「国民の素朴な無知と善意」を人質に取り、主権なき1947年にGHQが敷いたレールの延長線上で、今もなお皇室を解体へと導こうとしている。私たちが真に向き合うべきは、耳障りの良い「現代の流行病(はやりやまい)」の論理ではなく、日本の歴史が命がけで繋いできた「タテ糸のリアリズム」である。

私たちはそろそろ、18歳の子供でも見抜けるような「メディアの沈黙と欺瞞」に、気づかなければならない。


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