高森明勅氏の旧宮家「赤の他人」論
「女系皇位継承論」における構造的破綻
――「赤の他人」論、律令『継嗣令』の曲解、そして道鏡事件との矛盾を検証する
皇位継承のあり方をめぐり、民間男性との婚姻による「女系天皇」の容認を主張する高森明勅氏の論調は、一見すると歴史や法制史の根拠に基づいているように見える。しかし、その論理を詳細に検証すると、独自の価値観に基づく二重基準(ダブルスタンダード)や、古代法規の文脈を無視した「チェリー・ピッキング(都合の良い摘み食い)」が浮き彫りになる。
高森氏がなぜ旧皇族を「赤の他人」と呼び、律令『継嗣令』を曲解するのか、そしてその論理の極限が「道鏡事件」とどのように矛盾するのかを論じる。
1. なぜ竹田宮(旧皇族)を「赤の他人」と呼ぶのか?
高森氏は、竹田家をはじめとする旧皇族の男系男子(旧11宮家の子孫)が皇籍に復帰することに対して極めて批判的であり、彼らを「(現皇室から見れば)赤の他人」「民間人」と表現して強く拒絶する。その背景には、高森氏独特の「血統原理(男系)よりも『現代の親近感・共同体(直系)』を優先する価値観」がある。

① 600年の離脱という「感傷的レトリック」
高森氏は、旧皇族と現皇室の共通の男系祖先が室町時代の崇光天皇(14世紀)まで遡る点を取り上げ、「600年も離れた人物を皇族と呼ぶのは感覚的に不自然だ」と主張する。現代の国民感覚や心情的距離感を盾に取り、「何世代離れていても男系血統を守る」という日本の万世一系の歴史的伝統を「無関係な赤の他人」という感情論へとすり替えているのである。
② 「竹田宮は女系」という攻撃的対立軸
また高森氏は、「竹田家などが明治天皇の皇女の降嫁を受けた『明治天皇の女系』である」という点を強調する。これは「男系派が親近感を覚えているのは、伏見宮家の男系血統ではなく、明治天皇の女系血統のおかげではないか」と揺さぶりをかける狙いがある。つまり、高森氏にとっては「600年離れた遠い男系よりも、現天皇に近い直系の女系(愛子内親王殿下など)の方が正統性が高い」という結論が先にありきなのだ。
2. なぜ『継嗣令』の条文をここまで都合よく解釈するのか?
高森氏の論法で最も批判されるのが、大宝令・養老令の『継嗣令』第一条(皇兄弟子条)にある割注、「女帝の子もまた同じ(女帝子亦同)」の扱いである。
【継嗣令の原則と解釈のねじれ】
・原条文(割注) : 「女帝子亦同(女帝の産んだ子も同様に親王とする)」
・格・古義の補足 : 「ただし、父親も皇子(皇族男性)である場合に限る」
・高森氏の解釈 : 補足(父系の制限)を排除し、「女帝の母系権威で子の身位が決まった(女系容認の証拠)」と主張
① 施行細則(格)と父系前提の意図的な無視
古代律令において「女帝の子も親王とする」とされた背景には、のちの「格(追加法)」や『令義解』などの解釈が示す通り、「父親も皇子(諸王・皇族)である」という絶対条件(父系原則)が存在した。日本の歴史上、女帝が臣下(非皇族)と結婚して子を産んだ例は一度も存在しない。
② 着地点から逆算した「都合の良い抜粋」
高森氏はこの歴史的・法制的な前提(父系の縛り)を意図的に排除し、「女帝の子というだけで親王になれた=古代日本には女系を容認する双系的な伝統があった」とすり替える。これは歴史学的な分析ではなく、「現代の女系天皇を正当化したい」という自説の結論に合わせて、古代法の条文の都合の良い一部分だけを切り取った(チェリー・ピッキング)と言わざるを得ない。

3. 高森氏の価値観では「道鏡と称徳天皇」の結婚も許されるのか?
高森氏の論理――「父親の男系血統は問わず、母系(女帝)の血がつながっていれば成立する」という前提を突き詰めると、日本史最大の不敬事件とされる「道鏡事件(宇佐八幡宮神託事件)」との深刻な論理破綻に直面する。
① 論理的破綻とダブルスタンダード
高森氏の女系容認論は「女帝の子であっても、その父が皇親(四世以内の王)であれば親王とする」という、あくまで皇統内での女系継承を認める議論であって、皇統外の人物(道鏡のような一般出身者)を婚姻相手として皇位継承ラインに組み込む主張ではありません。したがって、高森説を援用しても「道鏡と称徳天皇が結婚し、その子が天皇になれる」という解釈は導けない、というのが妥当な整理だと思いわれます。
しかし、同氏が主張するように「継嗣令の『女帝子亦同』は父系を問わない」とし、「現代の民間男性と皇族女性の間の子(女系)を認める」のであれば、「称徳天皇が仮に道鏡と結婚して子を産んだ場合、その子も親王となり皇位を継げる」という結論を法理上拒否できなくなると言えます。
② 歴史の真実との矛盾
当時の皇室や和気清麻呂らが命がけで防いだのは、「皇統の血(父系)を引かない臣下の血が皇統に入り込むこと」であった。称徳天皇をはじめとする歴代女帝が「生涯独身」を貫くか「皇族男性と結婚」した理由はまさにここにある。高森氏の論理は、「道鏡事件において当時の人々が何を命がけで護ろうとしたのか」という歴史の核心と完全に矛盾して折り合わない。
おわりに
高森明勅氏の皇位継承論は一見、現代的な「親近感」や「古代律令の文面」を援用して合理的に見せているが、その実態は以下の3点において論理的に破綻している。
旧皇族を「600年離れた赤の他人」と切り捨てる感情論(万世一系の否定)
『継嗣令』の父系前提(格・補足規定)を無視した手前勝手な法解釈
「女系容認」を突き詰めることで、道鏡事件の歴史的禁忌を肯定しかねない自己矛盾
皇統の本質が「父系による一系の連続(万世一系)」にあるという歴史的実態を無視し、現代の価値観や特定の条文のつまみ食いによって推し進められる女系容認論は、日本の伝統的な皇統の根幹を揺るがす危険性を孕んでいると言わざるを得ない。
