見出し画像

勉強を、楽しもう。

「もう、何を勉強したらいいのか分からない…」


先日、私の友人達がこんな話をしていた。

皆、ITの業界でそれなりに成功を収めた人達ばかりだ。

私よりもはるかに優秀で、それぞれの専門分野で一目置かれるような、そんな人たちが、自分の将来について悩んでいる。

AIの登場。

あらゆる仕事に破壊的な変化をもたらしていくその革新的な技術によって自分達の未来も大きく変わる。

そのことを一番理解しているのは、ITの専門家達である彼らなのは間違いないだろう。


自分が頑張って勉強しても、AIによってあっさりとその価値を潰される。


ある分野が今のAIにはできなくても、数年後の進化したAIはできるようになっている可能性が高い。

せっかく頑張って探し当てたAIに荒らされていない領域も、自分がその分野を勉強して価値を出せるようになる前に、AIが全てを食べつくしてしまう。


もう、勉強なんてしたって意味ないじゃん。


そう思いたくなる気持ちは分かる。

特に、ITの世界で成功している人は、新しい技術を次々に学習する能力を持っている人ばかりだ。

そういう人達だからこそ、「勉強そのものが意味がなくなる」ということに衝撃を受けているのだろう。

しかし、私はこう思う。

みんな、勉強の価値を気にしすぎ。


今までも、勉強の直接的な価値は注目されてきた。


この資格試験を取ると年収が〇〇万円アップする。

この技術があれば一生食べるのに困らない。

この勉強をしていれば外資系企業に転職できる。


AIの登場によって、勉強の価値というものがより注目されるようになったと思う。

AIに置き換えられない分野はどこか。

AIがあっても仕事がある領域はどこか。

そういうことを考えてばかりいるように見える。


もちろん私もそう考えていた時期もあった。

しかし、今は少なくともそういった直接的な価値で勉強する対象を選ぶことはなくなった。

自分のものさしで、勉強したいものを自由に決めるようになったのだ。


その理由はいくつかある。

一つは、

勉強することそのものがAIを使いこなす能力の向上になる


と確信しているからだ。

勉強すると、知識が増える。

しかし、その知識量などAIに比べればたかが知れている。

知識だけで比較するから、AI時代の勉強に価値を見出せなくなる。

ここに大きな見落としがある。


知識が増えれば言語化能力が上がることに、多くの人は気づいていない。


言語化能力とはすなわち、「考えたことを言葉にする能力」だ。

この能力は、そのままAIと対話する能力となる。


私は、言語化能力の向上はそのままAIを使う能力の向上につながると考えている。

そして、言語化能力の向上には勉強しかない

しかし、別に勉強対象はあまり重要ではないと思っている。


なんでもいいから勉強する。


勉強することそのものがAI時代の生存戦略になるのだ。


そして二つ目の理由は、

勉強する技術そのものが重要である


と考えているからだ。


AIについて、有史以来の未曽有の変化であるかのように吹聴している人がいるが、私はあまりそうは思っていない。

過去の歴史を見ても、世界をゆるがすような大きなイノベーションはいくつもある。

蒸気機関、鉄道、自動車、海底ケーブル、飛行機、電波通信、電話、テレビ、コンピュータ、携帯電話、カメラ、検索エンジン、SNS、AI。


どの時代でも、「これは有史以来の革新的変化だ」と多くの人が思っていたことだろう。


AIは確かに最も新しい革新的技術かもしれないが、人類最後の革新的技術になるとは全く思っていない。

(近い将来に人類が滅亡するのでなければ)


むしろ、ここ近年の技術革新のスピードから考えれば、15年程度に1度はこうした強烈なテクノロジーが生まれると予測する方が妥当だと考えている。



折り返し地点にさしかかってきた私の社会人人生でさえ、最低1度、下手すると2度はAIクラスの革新的技術の登場を目の当たりにする可能性が高い。



だからこそ、勉強する技術そのものに価値がある、と私は考える。



新しい技術が生まれても即座にそれを習得できる。


勉強するスキルそのものがAI時代の生存戦略になるのだ。


このあたりの話は以下の記事でも言及している。


でも、私はやっぱりこう思うのだ。

勉強を楽しもうよ。


いろいろ勉強する理由を並べてみたが、一番の根幹にあるのはこの気持ちだった。

みんな、若い頃はゲームをやる感覚で夢中になってコンピュータを触っていた。


おもちゃレベルの大したことがないプログラミングをして楽しんでいた人がいた。

余ってたパソコンにLinuxディストリビューションをインストールして動かすだけで興奮していた。(今では信じられないかもしれないが、スマホやPCの中身をそっくり別のものに入れ替えるという活動が趣味の一分野として存在していた)

自分のホームページを作って公開することそのものが娯楽の一つだった。


当時はそれらの技術がお金になるなんて誰も思っていなかった。

でも、楽しくて仕方がなかったのだ。


勉強の価値なんて気にする必要はない。


勉強を、楽しもう。


(サムネイル画像: UnsplashPriscilla Du Preez 🇨🇦が撮影した写真)





いいなと思ったら応援しよう!

ゼブラ 応援いただけると大変励みになります!いただいたチップは勉強のための書籍代等に使わせていただきます!