【H】現代貨幣の演繹論(1)—現代貨幣システムをゼロから辿り直す試み
こちらの「現代貨幣の演繹論」のシリーズは以下の私のサイトで【決定版】としてよりコンパクトに書き直しております。よろしければそちらでご覧ください。本記事はリンク先記事の第1節に相当します。
今回の記事は「現代貨幣の演繹論」というシリーズの第一回となる。
ここで私が「現代貨幣の演繹論」と呼んでいるのは、現代の貨幣システムにおいて、貨幣はどのように生まれ、循環し、消えていくのかをしっかりと理解していくために、現代の貨幣システムを前提としつつ、貨幣が存在しないところからスタートして、貨幣が生まれ、循環し、消えていく各種の取引を一つ一つ辿っていこうという試みである。
根本に置かれた公理から諸々の定理的な命題が導出されてくる「演繹」のような形で、現在の貨幣システムを前提として、そこにおける貨幣の様々な動きを導出していきたいと思うのだ。
そのことを通じて、私なりの現代貨幣の原理的かつ包括的な理解を目指したいのである。
私はMMT派貨幣論を受け入れているMMTシンパである。MMTの特徴の一つは会計学的な認識を取り入れていることだろう。だが、私自身は会計の素養がないため、MMTの会計学的な議論を真に咀嚼できているとはまだ言い難い。この状況を解消するべく、会計学的思考をなぞりつつゼロから自分で現代の貨幣システムを展開させてみたいのである。
この試みでは、現代において実際に働いている貨幣のシステムを前提とする。だから主要な登場主体も前提とされる。さしあたりの登場主体は、政府・中央銀行・民間銀行・民間企業・家計である。
初回はマネタリーベース、マネーストック、そして、現金がそれぞれ生まれるまでの過程を辿ろう。
1、貨幣(マネタリーベース)が生まれるまで
さて、貨幣はどうやって生まれるのだろうか。
現代の貨幣は自然物ではない。それはコメやゴールドではないからだ。つまり、家計や企業の働きによって作られるのではない。
それはやはり政府が決定したものである。そういうわけで、まず政府が円という貨幣の単位を決定することが出発点となる。
では、政府が貨幣単位を円だと決定したとして、その円はどうやって生まれるのか。
現代においては政府が直接に円を発行するわけではない。円という単位を決定しているのは政府だが、円を発行しているのは政府ではないわけだ。政府が作る硬貨も例外ではない。政府は硬貨を作るが、それを現実に通用するお金として発行することはしないのだ。この点の詳細は後述する。
円を発行するのは日銀である。だが、ここで発行するといっても、お札を刷って誰かに渡して発行するわけではない。日銀は、銀行として、銀行流の仕方でお金を発行する。
銀行流のお金の発行とは、(1)現金を受け取って、それと引き換えに銀行預金を発行する、あるいは(2)借用書(銀行から見れば貸出債権)と引き換えに銀行預金を発行する、このどちらかである。(2)が貸出に際して銀行預金を発行する、いわゆる「信用創造」である。
日銀の量的緩和のように、資産を買い取って、その代金として銀行預金を発行する場合は(2)の一種と考えられる。量的緩和の場合、受け入れる資産は主に国債(政府の借用書)だが、(2)の一般的な場合は、受け入れ資産が取引相手の借用書だということになる。
ただ、こう考えていくと、(1)と(2)のどちらも、資産を受け入れて、その代わりに銀行預金を発行する点で本質的には等しいということにもなる。これが銀行流の貨幣発行の本質なのだろう。
さて、話を本筋に戻そう。お金がどう発行されるかだ。いまはまだ現金がないので、この段階では日銀は(2)でしかお金を発行できない。
また、日銀から政府への直接貸出は「財政ファイナンス」として現行システムでは禁止されていること、日銀に普通の個人や一般企業は口座を持てないことを考慮すると、取引相手は民間銀行ということになる。
というわけで、最初の取引、それによって円が初めて発行される取引は、民間銀行が中央銀行から円を借り入れることである。すなわち、それを返すという借用書(日銀から見れば貸出債権)と引き換えに、中央銀行当座預金を発行してもらうことである。ここでは100万円としよう。
これをバランスシートで表現すれば、以下のようになる。

こうして円が発行された。現金と日銀当座預金の合計であるマネタリーベースが100万円となった。他方で、「政府と金融機関」以外が持つマネーの合計としてのマネーストックはまだゼロである。
また、この段階では民間銀行の自己資本(=借金ではない自己資金)は存在し得ないので、自己資本比率規制については考えないこととする。それは必ずゼロになってしまい、銀行が営業できないことになってしまうからだ。
2、貨幣(マネーストック)が生まれるまで
では、マネーストックを作り出そう。民間企業が民間銀行から借入をすることにしよう。銀行は、借入が行われるとき、民間企業の口座にその金額を記帳することで、その額の預金を創造する。
ただ、民間銀行は自分が抱える預金に対して、一定の割合の日銀当座預金を(引出しや決済に備えるための)準備預金として持っていなければならない。現実的には最大1%ほどなのだが、今回は10%としておこう。すると、最大貸出可能額は1000万円だ。
実際には、一ヶ月間で平均して10%を保てば良いので、1000万以上の貸出が全く不可能というわけではないのだが、今回はこの細かい点は無視しよう。(注)
今回、民間企業は500万円を借りたこととしよう。変化したところを赤字で示す。

このとき、マネタリーベースは変わらず100万円のままである。民間が持つマネーの総計としてのマネーストックは500万円となった。
ただ、この資産500万円の裏側には500万円の負債があるわけだから、「資産-負債」であるところの「純資産」はゼロである。また、民間企業だけでなく、この図の全体で考えても、純資産はゼロである。銀行的な貨幣発行の特徴は、常に借金を裏面として貨幣が発行されるため、純資産がゼロであり続けることである。
【注:預金準備率は一ヶ月間の平均で達成すれば良いため、民間銀行が日銀からの借入する前に民間企業に貸出をすることも可能である。ただし、民間企業が現金を引き出したり、他の銀行に送金したりする際には、日銀当座預金の準備が必要である。それがないと引き出しや送金に応じられず、ただちにデフォルト(債務不履行)になってしまう。】
3、貨幣(現金=日銀券・硬貨)が生まれるまで
さて、民間企業は事業を展開するだろう。器具や材料は揃っているとして、人を雇って家を作ろう。家計に属する人を雇って働いてもらうことにする。賃金として100万円を支払おう。
それにあたり、まずは100万円の銀行預金を引き出して現金にかえ、賃金の支払いに備えることにしよう。その結果が以下の図である。
(以下の図では各主体の左右の合計額が一致していることを強調するために一部項目をズラしている)

現金が引き出されるときのバランスシートの動きはやや複雑だ。まず民間企業の資産は100万円だけ銀行預金から現金に変わる。ここは分かりやすい。
民間銀行はここから一段複雑だ。引き出されて負債の銀行預金が減る分、資産の日銀当座預金も減って、バランスが保たれる。民間銀行の日銀当座預金は現金の引き出しや銀行間決済に備えた準備預金だった。その準備が使われたわけである。
そして、日銀については、その負債が日銀当座預金から市中に出回る現金(日銀が作る日本銀行券と政府が作る硬貨)に変わる。
現金はこの段階で会計的に認識され、貨幣として機能するようになる。それまで倉庫にあるのだろうが、それはマネーとして認識されず、マネーとして機能しない。ここから分かるのは、現金もあくまで日銀による資産(銀行による返済の約束等)の引き受けと引き換えに発行された日銀当座預金の代わりとして市中に出てくるということだ。
これは、現在のシステムでは、打ち出の小槌的に見返りなくマネーが発行されることはないことを意味する。もちろん、これはそれが成し得ないということを言っているわけではない。現在のシステムではそれが封じられているという事実を確認しているだけである。
ところで、この段階の状況を改めて見返してみると民間銀行はピンチな状況に置かれていることが分かる。なんといっても日銀当座預金、すなわち、準備預金がゼロになっている。
もちろん、自らが負債側に抱えている預金で準備預金を割った預金準備率もゼロだ。ただ、先にも述べたように、預金準備率に関しては、一ヶ月間の平均が法定準備率を満たしていれば良いので、ゼロだからといって直ちに問題が生じるわけではない。
とはいえ、準備預金がゼロなのはやはり危機的な状況である。あと一円でも現金が引き出されたら、この民間銀行はそれに応じることができない。銀行預金の引き出しに応じるという自らの債務を履行できないことになる。すなわち、デフォルト(債務不履行)と呼ばれる状態に陥ってしまう。
今回はここまでとしておこう。次回はこの銀行のデフォルトの問題をいかに回避するか、また企業や家計に何か現実的な経済活動をしてもらって、それがどのような貨幣の動きを生み出すか、こういった点について考えてみたいと思う。
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