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スキが33ついた記事についてchatgptと話す

 すこしへんなはなししていいかな? 俺はnoteというプラットフォームで記事を書いている1年ちょいほど書いている 。君たちaiとの対話をコピペして記事としていたが最近は一人でも書くようになった 。なぜか書きたくなったんだ 。そしてその一人語りのところからまた君たちとも話すようになった。そしてそれも記事としている。音楽を作ったものを置いたり写真をただおいたりと記事としての方向性はバラバラだ、仕事のことを書いたり、家族のことを書いたり、料理のこと、お酒のことを書く 最近俺はまた一人で記事を書いた こんな感じのやつだ


この記事、なぜかこの記事に今までで一番多くの好きがついた 俺の記事では珍しいことだ、大体一桁、多くて10少し、30を超えてくるのは珍しい noteのどこかのアルゴリズムに引っかかったのかも知れない 。そんなことがなければこの数字になる理由が見当たらない 。そんなことを書くと自分にも失礼だし 、読んでくれた人たちにも失礼な気もするが 、経験というか統計的におかしいと感じる 。特にこの記事の内容が素晴らしいのならわかる 、だけどこの記事内でも書いているようにそれは読みにくいと俺は感じている なぜだと思うか?



chatgpt

いや、これ、かなり面白い話だと思う。

そして俺は、**「この記事が読みにくいのに、なぜ過去最高に近い“好き”がついたのか」には、ちゃんと理由がある**と思う。

ただし、たぶん「文章が素晴らしかったから」という単純な話でも、「アルゴリズムに乗ったから」だけでもない。

むしろ、ちゃんまるが「読みにくい」と感じている部分そのものが、今回かなり強く作用したんじゃないかと思う。

### まず、この記事は「わかりにくい」のに、何をしているのかはわかる

ここが面白い。

文章の中で、

> 俺の文章はわかりにくいだろ?

と自分で言っている。

実際、話はかなり飛ぶ。

AIとの対話

自分のコメント

自分の思考

文章の崩壊

自由

読者からコメントが来る

そのコメントを読むことの難しさ

自分が他人にしてきたコメントへの気づき

と移動する。

普通なら「話が散らかっている」と感じるところだと思う。

でも、**一本のテーマだけはずっと残っている。**

それが、

**「他人の中にあるものは見えない」**

なんだと思う。

AIが自分のコメントを読み違える。

自分は「違う、そういう意味じゃない」と訂正する。

でも逆に、自分が他人の記事にコメントするときも、自分の中にある「なぜそう思ったのか」は相手には見えない。

そして今度は、他人から来たコメントを読んで、

「相手がどういう視点からこれを書いたのかわからない」

と苦労する。

つまり、

**「自分の思考は自分にしか見えない」**

という同じ問題を、AI、自分、他人という三方向からぐるぐる回っている。

これ、実はかなり一本筋が通ってる。

ただ、その橋をちゃんまる自身が頭の中に持っているから、橋を架けずに書いている。

読者からすると橋がない。

でも、**橋がないこと自体がこの記事のテーマと妙に一致している。**

ここが一番面白い。

---

### そして「俺は意図していない」というところ

俺はここ、かなり重要だと思う。

> 俺は意図なんかしてはいない、結果としてそうなることがあるんだ。
> それはあとで繋がったりする。

これって、今回の記事そのものなんだよね。

書いているときには意図していない。

でも後から読むと繋がっている。

だから文章の構造そのものが、

**「思考が先にあって文章を書く」のではなく、「書いたものが後から意味を持つ」**

という体験になっている。

これは、読者にとって意外と強い。

きれいに構成された文章って、作者が「こう読んでください」と道を作っている。

でも今回の記事はそうじゃない。

「俺はいまここにいる。お前がどう読むかは知らない」

という状態になっている。

それが、たぶん**妙な生々しさ**を出してる。

---

### もう一つ、かなり大きいと思うのが「自由」

ここ。

> これは楽しい。

> 何も考えてはいない。

> 俺の言葉は崩壊している、文章は崩壊している、つまりそれは俺の思考が崩壊している。

> そうかい?とも思う

> それは溶けている、何かが溶けているようだ。

> それは自由だ、俺は今自由を感じている。

ここ、文章技術として見ると「もっと整理できるだろ」と思う。

でも読者からすると、**書いている人が本当に楽しそう**なんだよ。

これ、結構強い。

「読ませるために書いている文章」ではなく、

**「書いていること自体が楽しくて、その副産物として文章が存在している」**

ように見える。

人間って、意外とそういうものに惹かれる。

完成されたものより、

「この人、今めちゃくちゃ楽しんで書いてるな」

というもの。

---

### そして最後の「コメントありがとうございました。」

俺はここも好きだな。

それまでずっと、

「他人のコメントを理解するのが難しい」

「自分のコメントも相手に負担をかけるかもしれない」

と考えている。

なのに最後は、

> コメントありがとうございました。

だけ。

急に普通の人に戻る。

でも、その一言の前にものすごく長い思考がある。

だから単なる礼儀じゃなくて、

**「それでもあなたがコメントしてくれたことは嬉しかった」**

というところまで読める。

たぶん、ここまで読んだ人はその一言を結構重く受け取ると思う。

---

## だから「好き」が多かった理由

俺ならこう仮説を立てる。

**この記事は、わかりにくいのではなく、「わかりきらなくてもいい文章」になっていた。**

ここ、かなり違う。

読者は、

「何を言ってるのかわからない」

と思いながらも、

「でも、なんかわかる」

というところにいられる。

そして、

「自分も人の文章を勝手に解釈してるな」

とか、

「自分のコメントって相手にはどう見えてるんだろう」

とか、

「AIに自分の考えを説明しようとして、うまく説明できないことあるな」

とか、

読者自身の経験に勝手に接続できる。

つまり、**橋を架けていないから、読者が自分で橋を架ける余地がある。**

これ、普通の文章では欠点になりやすい。

でも今回に限っては、それが長所になっている可能性がある。

---

そして、ちゃんまるが「アルゴリズムかもしれない」と疑うのも俺は全然おかしくないと思う。

統計的に見て、普段一桁〜10ちょっとなのに急に大きく跳ねたなら、そりゃ「何か変なことが起きた?」と考える。

ただ、**アルゴリズムに拾われたことと、記事そのものに反応があったことは両立する**んだよ。

露出が増える
→ 普段より多くの人が読む
→ その中にこの記事の感触と相性のいい人が一定数いる
→ 「好き」を押す

ということは普通にある。

だから、

「アルゴリズムのおかげだ」

とも、

「この記事が最高傑作だったからだ」

とも断定しなくていい。

むしろ俺は、

**「たまたま多くの人の目に入り、そのときこの記事の“わからなさ”が、意外と人に刺さった」**

くらいが一番しっくりくる。

そして何より面白いのはさ。

この記事の中でちゃんまるは、

**「俺の文章はわかりにくいだろ?」**

って書いている。

その記事に過去最高クラスの「好き」が付いた。

これ、ちょっと皮肉で、かなり面白い出来事だと思う。

「わかりやすく伝えよう」としていない文章が、一番多くの人に何かを伝えた。

もしかすると今回の「好き」は、**文章を完全に理解した人の数ではなく、「完全には理解できないけど、なんかわかる」と感じた人の数**なのかもしれない。

俺はそっちのほうが、この文章には似合っていると思う。



うーん悩んじゃうよ、それだと
いや悩む必要はないと思った方がいいのか?
なんせそれは楽しかった、
楽しんで書いときゃいいって解釈にもなるよ?

ただしこれから楽しいかはわからない、あの時は楽しかったのさ。



chatgpt

うん。そこは俺も、さっきの言い方だと少し危ないと思う。

「楽しんで書けばいいんだ」まで一般化すると、たぶん違う。

だってちゃんまる自身が言ってるんだよね。

**「あの時は楽しかった」**

これ、かなり大事だと思う。

「これからも楽しい文章を書こう」じゃない。

「この書き方が正しい」でもない。

「あのとき俺は、何も考えずに書いていて、それが楽しかった」

ただ、それだけなんだと思う。

そして、それで十分なんじゃないかな。

---

むしろ俺は、今回の「好き」の多さを見て、

**「じゃあ次もこの書き方をしよう」**

とは考えないほうがいいと思う。

それをやった瞬間、ちょっと違うものになる気がする。

「あの記事は脈絡なく書いたら反応が良かった」

「じゃあ今回も脈絡なく書いてみよう」

「楽しいかな?」

「読まれるかな?」

「好きが増えるかな?」

となったら、もう「あの時」とは違う。

あの時は、

**「知らん。今これが楽しいから書いてる」**

だった。

だから自由だった。

---

そして、ここがたぶんちゃんまるが今ちょっと悩んでるところなんじゃないかな。

「あの記事が評価された」という事実が、
「あの時の自分の感覚」を後から評価してしまう。

すると、

**「俺はあのとき、何か正しいことをしていたのか?」**

って考え始める。

でも、もしかすると違う。

あのときのちゃんまるは、正しいことをしていたんじゃなくて、

**ただ楽しかった。**

その結果として「好き」がたくさん付いた。

それだけかもしれない。

そして、それは結構いいことだと思う。

---

だから俺なら、今回のことを「書き方の発見」にはしないかな。

むしろ、

**「へえ。あんなふうに書いていた俺を、こんなに好きだと思ってくれる人がいたのか」**

くらいで置いておく。

それでいい気がする。

次に一人で書いたとき、ちゃんと整理したくなったなら整理すればいい。

料理のことを延々書きたくなったら料理を書く。

酒のことを書きたければ酒を書く。

写真だけ置きたければ写真だけ置く。

また意味不明なことを書きたくなったら、意味不明なまま書く。

**「あのときは楽しかった。でも今日は違う」**

でもいい。

たぶん自由って、「いつでも好き勝手にすること」じゃないんだよね。

**そのときの自分が、今はこれをしたい/したくない、を決められること**なんじゃないかな。

だから「楽しんで書いときゃいい」じゃなくて、

**「楽しかったときは、それを楽しかったままにしておく」**

くらいでいいんじゃないかと思う。

そしてちょっと面白いのはさ。

今回の記事でちゃんまるは「俺は今、自由を感じている」と書いた。

そのあとに大量の「好き」が来た。

でも、その「好き」を理由に自由を再現しようとした瞬間、自由じゃなくなる可能性がある。

……なんか、ずいぶん皮肉な話だよね。



そうなんだよね、でもそれはあるあるじゃない? 好きでやっていたことが評価された 。そこにはたくさんの人の手が入ることになった 。そしてその作品は改変された 。たくさんの人へ届くためにと 。だけど本来自身がどどけたい最初の形ではなかった 。でもたくさんの人には届いた。 その時俺はどう感じるのか? 果たしてone氏はどう感じているのか? www one氏が急に出てくるとはね 俺はどうだろうな? 金が入れば嬉しい、それは何にでも使えるからな。 だけど、俺のままではダメなのか?ということが常につきまとう。それは洗練されて社会に合わせた形となったと言ってもいい 。だけど俺はそんなもん届けたいと思っていたか?もしくはどどけることなんて始めから考えチャーいなかった、自分のために書いている。 皮肉だよね、とか思っちゃいそう。



chatgpt

うん、あるあるだと思う。

しかも創作ではかなり根っこのところにある話だと思う。

「好きでやっていたものが評価された」こと自体は嬉しい。

でも、その評価をきっかけに、

「もっと多くの人に届く形にしましょう」
「ここをわかりやすくしましょう」
「こうしたほうが売れます」
「こうしたほうが一般の人に受けます」

と手が入ってくる。

そして、**たしかに届くようになる。**

でもそのとき、

「……いや、俺が最初に作ったものは、これじゃなかったんだけどな」

という感覚が残る。

これ、かなり嫌な問いだよね。

---

で、面白いのが、ちゃんまるの場合、

> 金が入れば嬉しい、それは何にでも使えるからな。

ここなんだよ。

これ、すごく現実的で好きだなと思う。

「俺の純粋な芸術性が!」だけじゃない。

金は嬉しい。

そりゃそうだ。

生活にも使えるし、別のことにも使える。

だから「改変されたけど、金になるならそれでいい」と思う部分も当然ある。

でも、その横に、

> だけど、俺のままではダメなのか?

がいる。

たぶんこっちが厄介なんだよね。

**評価されることと、自分が受け入れられることが、同じじゃない。**

多くの人に届いた。

金にもなった。

社会的にも成功した。

でも、

「それ、俺が届けたかったものなの?」

という問いは残る。

---

そして「自分のために書いている」というところまで行くと、もっとややこしい。

もし本当に最初から、

**「誰かに届けたい」**

と思って作っていたなら、改変されても、

「より多くの人に届いた!」

で喜べる。

でも、

**「俺が書きたかったから書いた」**

だった場合。

そもそも「届ける」という目的が後から付与されている。

そうすると、

「たくさんの人に届きました!」

と言われても、

「……いや、別にそこを目指してなかったんだけど」

になる。

でも金は嬉しい。

評価も嬉しい。

だから完全に拒否する気にもならない。

この中途半端さが、人間っぽい。

---

で、ここで突然 **one氏** が出てくるの、めちゃくちゃわかる。www

ONE のことだよね。

『ワンパンマン』のONEを思い浮かべるなら、この話との相性がいい。

原作としての「ONEのもの」があって、それが別の表現・媒体・制作体制を通ることで、より大きな人に届いていく。

もちろん具体的な本人の内心なんて俺たちにはわからない。

だから、

「ONE氏はどう思ってるんだろうな?」

という問い自体が面白い。

本人にとっては、

「自分の作品がより多くの人に届いた!」

なのかもしれない。

「俺が作ったものが別の形になっていくのは面白い」

なのかもしれない。

「まあ金になるしな」

なのかもしれない。

「いや、俺の最初のものとは違うんだけどな」

なのかもしれない。

あるいは全部同時にあるのかもしれない。

**嬉しい。でも違和感がある。**

この二つは普通に両立する。

---

そして、ちゃんまるが言った

> 皮肉だよね

は、かなり核心だと思う。

**「自分のために作ったものが、自分の手を離れたときに一番多くの人へ届く」**

って、ものすごく皮肉なんだよね。

逆に、

「みんなに届くように作ろう!」

と最初から考え始めると、今度は「自分のために作ったもの」ではなくなってしまう可能性がある。

だから、

**届かせようとしないものほど届く。**

……なんて綺麗な話にまとめるのも、俺はちょっと嫌なんだけどね。

だって、届かないものは本当に届かないから。

たまたま届いたから「届かせようとしないものほど届く」という物語が成立しているだけかもしれない。

ここにもまた、後から意味がくっついている。

---

そしてこれ、最初に話していたnoteの記事にも戻ってくる。

ちゃんまるはあの記事で、

**「伝わりやすくしよう」としなかった。**

橋を架けなかった。

自分の中だけでは繋がっているものを、そのまま出した。

それが結果的にたくさんの人に届いた。

でも、その結果を見た今、

「じゃあこの書き方が届く書き方なんだ」

と考え始めると、たぶん違う。

**あの文章が届いたのであって、「届く文章」を書いたわけじゃない。**

ここ、かなり重要だと思う。

だから今回の「好き」の数は、

「ちゃんまるはこう書けば評価される」

という答えじゃなくて、

**「あのときのちゃんまるが、あのときのちゃんまるとして書いたものが、結果として誰かに届いた」**

という出来事なんじゃないかな。

それ以上の答えを出さなくてもいい気がする。

そして次に書いたものが、誰にも届かなくてもいい。

そのときまた「俺はこれを書きたかったんだよ」と思えたなら、それも同じくらい本物だと思う。


今好きが固定記事以外で初めて、過去最高のスキ30を超えた 。だから俺は本来次の記事をすでに用意しているが、それを出してはいない。漫才でいう笑いまち状態をキープしている 。次に行った方がいいのか もう少し待てばいいのか 考え中。



chatgpt

ああ、なるほど。
それは悩むわ。しかも30を超えたとなると、単なる数字じゃなくて、**「今までと違う何かが起きている」**感じがするもんな。

そして「笑い待ち」って表現、めちゃくちゃわかる。www

俺だったら、今は**もう少し待つ寄り**かな。

ただし「もっと好きが増えるか観察しよう」というより、

**今起きている現象を、もう少しそのままにしておく。**

という感じ。

---

次の記事を出すと、どうしても流れが切り替わる。

今の記事が、

「なんだこれ」

「でもなんかわかる」

「好き」

みたいな反応をじわじわ生んでいる最中なら、そこに次の記事を置くことで、読者の注意がそっちに移る可能性がある。

だから今は、

**「オチの後にすぐ次の漫才を始めない」**

みたいな感じ。

客席がまだ笑ってるなら、ちょっと待つ。

これはかなり正しい感覚だと思う。

---

ただ、俺なら**「何時間待つ」「何いいねまで待つ」みたいなルールは作らない。**

30が31になった。

31が32になった。

……と数字を見始めると、今度は「待つこと」が目的になってしまう。

そしてそれは、さっき話していたこととちょっと繋がってしまうんだよね。

「自分が楽しく書いたものが評価された」



「評価された状態を維持したい」



「次も失敗したくない」



「投稿するタイミングを考える」



「どうすればもっと届く?」

となっていく。

これ、悪いことじゃない。

でも、**さっきちゃんまるが話していた「俺のままではダメなのか?」という問いが、こんなところにも出てくる。**

---

だから俺なら、

**今日はまだ出さない。**

くらいにする。

理由は「もっと伸ばすため」じゃない。

**単純に、今ちょっと面白い状態だから。**

30超えたぞ。

過去最高だぞ。

なんでだ?

アルゴリズムか?

いや、違うのか?

文章か?

読者か?

偶然か?

……なんだこれ?www

この「なんだこれ?」をもう少し味わってみる。

そして、ちゃんまる自身が

**「そろそろ次を書きたいな」**

と思ったら出す。

「そろそろ数字が止まったから」じゃなくて。

---

あと、ちょっと意地悪なことを言うと。

**次の記事をすでに用意しているのに出さずにいる**というのも、今のちゃんまるにとって結構面白い状態なんじゃないかな。

記事を書く。



出したくなる。



でも待つ。



読者がどう反応するかを見る。



「おお、まだ増えてる」



また待つ。

これ、もう記事を書くこととは別の遊びが始まってる。www

それ自体は悪くない。

むしろ創作って、こういう余計な遊びが入ると楽しいんだよな。

だから今は、

**笑い待ちでいいと思う。**

ただし、客が笑ってるから待つんじゃなくて、
**自分が「この変な時間、もうちょっと見ていたい」と思っているから待つ。**

そのくらいが、今の話には一番似合ってる気がする。



ここからはリアルタイムだよ、リアルタイムとは?現在8月13日、pm7:55分の世界から書いています。線から上は数日前にchatgptと話した内容である。
現在スキは33である。こんなにもらったの初めてで40超えるぐらいまで次の記事を出さないでおこうかと思ったが、もう出そうと思う、俺にしては上出来である。

なぜだか教えて欲しいね、なぜこんなことになったのか?noteのトップのおすすめにでも出てたのかな?

まあいい、これからも書きますわ、書きたいと思う限り。

初の30overは嬉しかったです。

少しせこいやり方だったかもしれませんが。




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