岐阜県美術館名品選、ルドンの黒、青邨とフジタの白、モローとルドンの見事なコラボ、守一とフォーヴィスム、塔本シスコ
ルドンに逢いに、岐阜県美術館を訪れました。


ルドンは、晩年ゴヤの於プラド「黒い部屋」とも印象の被る、版画の怪物が日本では有名ですが、オルセーでは色彩豊かで仏教や禅的な瞑想画が印象的で、美しい大作がたくさん見られます。
果たして今回は、ルドンのどのような絵画に出逢えるのでしょうか?
展示室1abへ向かいます💓


船出が近い♪ドキドキ。

…すべての作品が素晴らしく、当初の目的としてはルドンに会いに行ったのだけれど、モローの『ピエタ』とフジタの『夢』も出迎えてくれたのに歓喜しました。全作品が珠玉で感涙し、最後は作品が滲んで見えました。
名画たちは1フロアでひと繋ぎの2部屋だけで点数は少なかったのだけれど、気付いたら2時間経っていました。
シスコばあちゃんが描いた絵も、とっても良かった。
基本的に撮影禁止でしたので、筆者は購入した図録で思い出を味わっています。全リストはこちらにて。(シスコ氏除く)

では、Bonne visit♪
岐阜県美術館コレクション名品選
1957年、前田青邨 (せいそん) 『 ラ・プランセス』

高松宮の肖像。制作意図について「夜会服姿の妃殿下の華やかで気品のある風格、雰囲気をうつしたいと思ったのです。とき色のローブ・デコルテのこまかい髪の調子、近代的にウェーヴされた頭髪の線の重なりなどを、日本画の技法で写し出すことにも意欲を感じました」と語っている。横顔の構図、衣装の質感に見ごたえがある。
1925年、藤田嗣治『夢』

1925年、『横たわる裸婦(夢)』等、夢を主題とした複数の油彩画を制作、本作もその一つである。
1947年、伊東深水『鏡』

浮世絵の流れを汲む的確な線描のおかげで、着物や体の量感と繊細な指先のしぐさが緊張感を作り出している。また、背景にむらなく塗られた絵具の広がりが透明感のある空間を生んでいる。
1958年、加藤栄三 『空』

見上げた空に海鳥が舞う情景が臨場感と迫力をもって追ってくる。空にピンクや水色の徹妙な色調を採用し、その周囲に海鳥を配することで、絵に無限の広がりと奥行きを出すことに成功している。この斬新な構図は、宮城県大指海岸の岩上で仰向けに寝そべった際、すぐ目の前でウミネコが乱舞するのに感動し、着想を得たのだという。第1回新日展出品作で、同じ年の日本芸術院賞を受賞した。
1969年、加藤東一『白夜』

詩情あふれる色と形に還示された風景画は、この画家の当時知られた作風であった。この作品が描かれた数年後、兄、栄三の悲劇的な死を経て、画風は大きく変化することになる。しかし、ここにはすでに、描くことを通して人間存在を凝視する画家の確かな目がある。
1956年、熊谷守一『ヤキバノカエリ』

1947年の長女・萬の病死を題材とした、熊谷守一の代表作。右の年配の人物が守一本人、中央が長男、左が次女である。距離を保ちながら歩む三人。表情は描かれず、感情は鑑賞者の想像に委ねられている。
熊谷守一氏はフォーヴィスムに位置付けられるようなので、ルオーを感じたのも的外れではなさそう。

MAMにて、Georges Rouault
《Crépuscule》(黄昏)MAM初訪問時に、筆者が最も気に入った作品です。

フォーヴィスム Fauvisme、野獣派
鮮明な輪郭線で定義される単純化された形態の体系化と、大胆な色彩の探求を特徴とする。
単純化した彩色とはっきりした輪郭線を用いた表現は、「モリカズ様式」とも呼ばれた。
1979年、矢橋六郎『ミコノス 夕照』


まさにこの時を思い出しました。
大垣市ゆかりの洋画家・矢橋六郎人物、風景など具象的な題材において、色彩対比や分割によってモダニズムを追及した。
1998年、坂倉新平『ブルーの根源-1』

坂倉新平は1963年から1981年までパリを拠点に制作活動を展開した。1968年、ギリシャのパトモス島で明るい光に満ちたエーゲ海の風景から啓示を受け、光を主題として崇高で神聖なもの、純粋で超然としたものを一途に追い求めていく。帰国後も地中海沿岸地方の都市風景に触発された作品を描き続けた。「内なる光」「光の根源」と続くシリーズのうち、本作は後者に属する。地中海世界の空と海と光の輝きを複層的に連なる青で表現している。
1854年、ギュスターヴ・モロー『ピエタ』

初め、アングルかと思いました。背景はダヴィンチみたいで、まだ、ルネサンスや古典主義から見出そうともがく、模写的な時期だったと理解しています。感涙したのは、この作品のせいです。彼は描き込みすぎの物や未完が多い中、余白バランス良く、しかも、モロー美術館での模写系は小品が多い中、中々のサイズで贅沢過ぎました。こんな作品を子どもの頃から観られるとは、岐阜県民が羨ましい…。
モローの珍しい初期作品。ベルギーのゲントの官展に出品された油彩画。
いよいよ、ルドン
Odilon Redon (1840-1916)ルドンのお気に入り作品たち
1896年『神秘的な対話』

こちら離れがたくて、大変でした。オルセーも真っ青の名品です。
ポストカードも買いました。
1898年『目を閉じて』


1905-10年頃『花』

筆者が小5の時に描いた花の絵が役所に飾られた時、ルドンみたいだと言われたのを覚えていますが、構図が全然異なります。やはり凡人にはないアイデアに脱帽。
1906年頃『窓』

1906-07年頃『アポロンの戦車』

ドラクロワがルーヴル美術館の天井画で描いた『大蛇ピュトンに打ち勝つアポロン』から着想を得ています。ルドンは、自身の「黒の時代」の苦悩や不安を乗り越え、晩年に至って色彩の喜びを発見した自己の精神的な変容を、この「苦悩後に訪れる至福の喜び」として重ね合わせて表現しました。
アポロンは芸術の神でもあります。猛々しい四頭の馬を御して天空を駆け巡る姿は、芸術家が内なる創造力をコントロールし、理想を追求する力を象徴しています。
ルーヴル公式
ルドンとゴヤの黒い絵
ルドンは黒の時代から色彩の時代へ特に50歳頃の私生活での変化(次男の誕生など)を機に、ブッダや花といった瞑想的で光に満ちた作品を描くようになりました。ルドンの黒は初期の内面探求と幻想の表現であり、その後に希望と充足の色彩へと転換したのだと理解します。
一方、ゴヤの黒い絵は、晩年の絶望と社会批判を象徴する作品群で、プラドにて何とも暗い気持ちになりました。
ルドンとモロー、ルオーの交流
モロー(1826-1898)とルドン(1840-1916)フランス象徴主義の双璧をなす画家として同時代人。
個人的交流: ルドンはモローの絵を称賛し、実際に個人的な交流や面識もありました。彼らは同じ芸術的なサークルで活動しており、象徴主義の詩人や文学者(ユイスマンスなど)を介した接点も多くありました。
モローとルオーパナ美の記事でも触れましたが、モローとルオーはエコール・デ・ボザールにて師弟関係です。単なる師としてではなく、精神的な父として深く尊敬していました。
ルドンとルオールドンとルオーは、直接の師弟関係や密接な交流についての記録は少ないものの、モローを介した間接的な繋がりがありました。
塔本シス子の花鳥苑でのお気に入り作品たち塔本シスコ『桜島』

とんでもないパワーを感じました。

1987年『造幣局の桜』


Le Rêve
1992年『山田池の春』
1999年『山田池の春 シスコとハト』

山田池を訪れたくなりましたが、GoogleMapでは出て来ないです…熊本に行ったら分かるかな。
1996年『枚方総合体育館前のコスモス畑』


2001年『雲の鳥 1』
初めはあまり好きな画風ではないと思ったのですが、キャンバス裏や横、作品の隅に書きこまれた文字を見て、なんと純粋で可愛らしい方なのかと興味を持ちました。
裏面も同時に観られるように展示した方が良いと思います。
↓こちら、分かってらっしゃる。絵と裏側の文字を、一部観られます↓
シスコの裏側美術館
作家の名前についてサンフランシスコからの、シスコと言う本名だったとは、カッコいい✨です。
そろそろ、お別れ

Giacomo MANZU (1908-1991)
大きな枢機卿 Grande cardinale



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こぼれ話
その後、メナード美術館も寄ったけれど、岐阜美が良すぎて、15分で観終えて去ったのはナイショ。ちょっと岐阜美が凄すぎたせい。岐阜へは、春画美術館に寄るのも目的でした。
岐阜美の図録を拝見していて、まだまだ観てみたいものが沢山あるので、その内再訪したい美術館でした。
観たいのはこれらです。

ピエタの約20年後の作品。




愛知県美術館で、最も気に入ったのが、彼の『大原寂光(建礼門院)』でした!
こちらも生で観たいものです。
こちら、画像が無くて残念…。



