島根県立美術館、湖の畔で雅邦、北斎の肉筆画、大雲とクールベのコラボ、松本竣介に嵌る

出雲大社を詣でたあと、宍道湖を拝みながら島根県立美術館へ。北斎の作品を約1,600点所蔵し、約40点を常時展示している、夕陽の美しい美術館です。
和洋ではなくテーマ別に分かれており、例えば小村大雲の屏風の横に、コローやクールベが置かれているのはちょっと衝撃でした。




水飼い場1886年 油彩・カンヴァス
Paul GAUGUIN
Watering Trough 1886, oil on canvas
ゴーガンは1885年の夏にノルマンディー地方の町ディエップに滞在し、近郊の農村ヴァレンジュヴィルの風景を描いています。同じノルマンディーでも、モネなど印象派の画家たちが海岸など水辺の風景に魅せられたのに対し、ゴーガンは水よりもむしろ大地を描きました。牛に水を飲ませる水飼い場が描かれた本作品からは、光の戯れよりも「土臭さ」が感じられることでしよう。それは後のブルターニュやタヒチの作品で一層強烈に放たれることになるのです。 キャプションより
筆者が最も魅了されたのは、橋本雅邦の四季花鳥図。傑作でした。


四季花鳥図 明治10年代絹本着色
Plants and Birds of the Four Seasons
Color on silk, pair of hanging scrolls
多種多様な植物と多くの鳥が、画面を覆い尽くさんばかりに描かれています。雅邦にしては珍しく、華やかな色彩によって画面は彩られ、観る者の目を楽しませます。ただ、モチーフの描き方や輪郭線のとり方などには硬さを見てとることができるのではないでしょうか。狩野派の播法を忠実に実践していた、雅邦40歳代の作品と考えられます。 キャプションより
また、肖像画に惹かれることは少ないのですが、黒田清輝は別格。
でも上野で観た作品群より、私はこちらの作品の方が気に入りました。

北尾次郎肖像 1908(明治41)年
KURODA Seiki, Portrait of Kitao firô
1908, oil on canvas
日本近代洋画の巨匠・黒田清輝の手によるこの肖像画は、松江市出身の物理学者・北尾次郎(1853-1907)を描いたものです。モデル没後のものであることから黒田は写真を元にしたと考えられますが、微笑を浮かべ理知的な眼差しをたたえたモデルの表情は迫真的です。左上からの光により顔や髪、眼鏡などにもたらされる柔らかな明暗の階調を的確に描写したこの作品には、黒田がフランス留学で身につけた外光派の技術が存分に発揮されています。 キャプションより
更に、木村 義男の『女』にも魅入りました。リアルを超えた質感と柔らかさ、色合いや筆致に言葉を失います。

KIMURA Yoshio, Woman, oil on canvas
現在の松江市本庄町出身の木村義男は、同郷の平塚運一の勧めで上京。川端画学校で藤島武二に師事しながら日本美術院展や二科展、日本水彩画展などで入選を果たし、日本画・洋画問わず多分野で才能を発揮しました。家の事情により数年で掃することになりますが、戦前の松江洋画研究所、戦後の島根洋画会などの創立に加わり、後進の指導にあたるなど本県の美術振興に尽力しました。島根の洋画史を語る上で欠かせない人物のひとりです。 キャプションより
北斎展示室北斎の作品を観るなら、こちらの館が世界一だと分かりました、様々な北斎が見られて勉強になりましたが、特に、肉筆画は貴重で、観られて幸運でした。
北斎の肉筆画
肉筆画とは絵師が直接絵筆で描いた作品のことです。版画が複数枚摺刷されるのに対して一点物であり、版画のように彫師や摺師との共同制作ではないため、個々の浮世絵師の造形力をストレートに鑑賞できます。
北斎の「春朗期」(数え20歳~35歳頃)における肉筆の作例は極めて少なく、本画(完成品)では<鍾馗図>とく婦女風俗図>(いずれも当館所蔵・永田コレクション)の2点が知られる程度です。
「宗理期」(数え36歳~44歳頃)に入ると美人画を中心に作例が増え、「葛飾北斎期」(数え45歳~50歳頃)に多作となります。50歳代から70歳代半ば頃「戴斗期」・「為一期)は要作ですが、最晩年の「画狂老人卍期」(数え75歳~90歳)では再び肉筆画の制作に傾注するようになります。浮世絵らしい風俗はほとんど描かず、和漢の古典や故事、動植物や宗教的な画題が多くなります。


Hokusai, Bunshösei(Kaisei)


相州梅沢左、大判錦絵、一枚
Umezawa Manor in Sagami Province
「梅澤左」は「梅澤在」か「梅澤庄」の誤刻だといわれている。現在の神奈川県二宮町梅沢地区あたり。夜明けにあわせ、2羽の丹頂鶴が水場より羽ばたいていく、一時の清廉な空気を描き出している。水場の4羽の丹頂鶴は、その羽毛の描写にいたるまで、驚くべき観察がなされている。この版図には改印、版元印が認められるものがなく、藍摺りを基調としている。文化遺産オンラインより

双鶴図、紙本着色一幅
Hokusai [joint work with Ooka Unpo]
Paired Cranes


横長判摺物、一枚
Performing a Dance Indoors with Long-handled.


まだまだ、島根県美のHPから深掘りできますので、ぜひ♪

HORIE Yusei, Dragon and Tiger
Edo period 19th century
Ink and color on paper, pair of four-folding, screens
本作は、出雲市平田の旧家に伝来した、友盤を代表する龍虎図の大作です。右隻では、粗く素早い筆致で、雲間に湧現する龍の迫力ある姿を描きます。一方、この龍に対峙して咆哮する左の「虎」の姿は実に緻密に描かれています。吹き抜ける風で硬い毛が逆立つ様を細やかに描き、その下の降々たる筋肉までもが丹念に捉えられています。キャプションより
シャヴァンヌの作品もあり、パンテオンの名壁画たちを思い出せたのも、嬉しかった。

最後に、松本竣介が凄く気になりました。

鉄橋付近 1943(昭和 18) 年
油彩・カンヴァス
MATSUMOTO Shunsuke Near the Railroad Bridge 1943, oil on canvas
松本竣介は中学時代に病気で聴力を失い、それをひとつのきっかけに画家を志すようになります。36年の短い生のなかで戦中戦後の苛酷な時代を過ごしながら、明数な知性と独自の感性で詩情豊かな世界を築き上げました。この茶褐色で描かれた孤独な都会風景は、難波田龍起や麻生三郎らと結成した新人画会の第1回展に出品されたもの。岩手や東京での生活が長かった松本ですが、妻の郷里が松江であったという縁から自身の墓もこの地にあります。
Ackeやドュフィに共通するものを感じました。
その後、アーティゾンで別作品を拝見し、MOMATにも逢いに行きました。センスの良い美術館に彼はいるのだと理解しました。新宿の難波田龍起展にも行ったので、また纏めたいと思います。
この後は勿論、足立美術館へと足を運びました。温泉も気持ちよかった♨️
