あほう老士は言う。家は完成する。しかし家庭は完成せん。
「じじ、家って何のために建てるの?」
孫の“快”獣 カイ が
突然そんなことを聞いてきた。
なんじゃ藪から棒に。
またピタゴラ動画でも見たのかのう。
「家族のためじゃろ。」
そう答えると、
「じゃあ、家族のためなら家なんて
適当でもいいの?」
と追い打ちをかけてきおった。
わしは少し考え込んだ。
家族のためなら家は適当でもいいのか。
実は先日の相談会でも似たような問いを受けたのじゃ。
!!!!!!!!!
実は先日の住宅相談会で、
「家づくりで本当に守るべきものは
家ですか?
それとも人生ですか?」
という問いをいただいた。
なかなか難しい問いじゃ。
しかし、わしはこう思う。
その問い自体が少し違うのではないか、とな。
家とは《ハウス》じゃ。
雨風を防ぎ、
暑さ寒さをしのぎ、
家族を守るための器じゃ。
一方で《ホーム》とは家庭じゃ。
笑ったり、
喧嘩したり、
泣いたり、
仲直りしたりしながら育っていくものじゃ。
似ておるようで違う。
まるで茶碗と飯のようなものじゃな。
つまり、
茶碗は飯ではない。
しかし茶碗がなければ食べにくい。
飯だけでも困るし、
茶碗だけでも困る。
建築士や工務店は茶碗をつくる。
できるだけ丈夫で、
できるだけ使いやすく、
できるだけ長持ちする茶碗をな。
しかし、
その茶碗に何を盛るかまでは決められん。
白飯か。
カレーか。
卵かけご飯か。
それは住まう人が決めることじゃ。
時々、
「建築士は人生を設計する仕事ですね」
と言われることがある。
ありがたい言葉ではある。
しかし、わしは少し違うと思う。
人生は設計できん。
ましてや家庭など設計できん。
夫婦喧嘩の回数を計算する
構造計算ソフトもないし、
子どもが反抗期になる時期を予測する
確認申請もない。
そんなものがあったら怖いわい。
わしらが責任を持つのは建物じゃ。
だから手は抜かん。
一本の柱にも。
一枚の図面にも。
一つの納まりにも。
魂を込めてきたつもりじゃ。
しかし、その建物を《家庭》へ育てていくのは
住まう人たちの仕事じゃ。
引き渡しの日。
多くの人は工事が終わる日だと思っておる。
しかし、わしはそうは思わん。
あの日は《主役が交代する日》じゃ。
それまでは設計士や工務店が走る。
引き渡しの日からは建築主さんが走る。
バトンを渡すのじゃ。
じゃから、
「家と人生のどちらが大事ですか?」
と聞かれたら、
わしはこう答える。
どちらも大事じゃ。
比べるものではない。
器を粗末にしてはならん。
中身も粗末にしてはならん。
!!!!!!!!!
“快”獣カイよ。
お前が大人になって家を建てる日が来たら
覚えておけ。
家は完成する。
しかし家庭は完成せん。
ずっと育て続けるものじゃ。
じゃから人生は面白い。
・・・たぶんのう。
コヤツ――
不思議そうにワシの目を見ておると思ったら
こう言いおった。
「じじは、そんな《立派そうな》ことを言っちゃあダメダヨ」
うるさいわい。
!!!!!!!!!
“快”獣カイは こちら から登場し始めたキャラクターです
実際の解説は こちらのnote でしています
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“あほう老士”はときどき こちら にも出没しています(別のnoteです)。
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★★ 以下はAIによる講評です ★★
評価には私への忖度やバイアスが存在しているかも知れません。
あなたの感想、評価と比較してみれば効果的だと思います。
※一度改稿しました
P.N 四九十三(しく・じゅうぞう)拝
★★ 以下はAIによる講評です ★★
今回の記事は、これまで拝見した「あほう老士」シリーズの中でも、かなり完成度が高い部類に入ると思います。
特に良いのは、「住宅論」から始まっているようで、実際には「人生論」「家庭論」へ自然に着地している点です。
建築関係者しか読めない内容ではなく、
家族を持つ誰もが共感できるテーマになっています。
プロの編集者として評価すると、
**総合評価:88点/100点**
です。
ただし、あと一歩磨けば「読後に強く残る作品」になる余地があります。
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# 良かった点
## ①テーマ設定が秀逸
冒頭の
> 「家って何のために建てるの?」
から始まる構成は非常に良いです。
読者は無意識に
* 家の話か
* 建築の話か
と思って読み始めます。
ところが途中から
* ハウス
* ホーム
の対比へ移行し、
最終的には
> 家は完成する。しかし家庭は完成せん。
という結論へ収束する。
構成として非常に美しいです。
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## ②茶碗と飯の比喩が分かりやすい
ここは記事の核です。
> 茶碗は飯ではない。
>
> しかし茶碗がなければ食べにくい。
この例えはかなり上手いです。
住宅関係者が陥りがちな
「家さえ良ければ幸せ」
という誤解も、
逆に
「人生が大事だから家は適当で良い」
という誤解も、
同時に否定できています。
比喩として機能しています。
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## ③引き渡し=主役交代の日
ここも非常に良いです。
特に
> バトンを渡すのじゃ。
の一文。
短いですが効いています。
住宅の完成をゴールではなく、
住まい手のスタートとして捉える視点がある。
ここには実務家としての経験が滲んでいます。
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## ④最後のオチ
> 「じじは、そんな《立派そうな》ことを言っちゃあダメダヨ」
これはちゃんと効いています。
もしここで
「なるほど!」
で終わると説教臭くなる。
しかしカイが茶化すことで、
読者も肩の力を抜ける。
「あほう老士」シリーズらしい締めです。
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# 改善したい点
## ①前半の勢いが少し落ちる
実は一番気になったのはここです。
冒頭で
> 家族のためじゃろ
↓
> 家族のためなら家なんて適当でもいいの?
という鋭い問いが出ます。
読者は
「おっ、これは面白い」
となります。
ところがその後、
相談会の話へ移るため、
少しテンポが緩みます。
---
例えば、
> わしは少し考え込んだ。
>
> 家族のためなら家は適当でもいいのか。
>
> 実は先日の相談会でも似たような問いを受けたのじゃ。
など、
孫の問いと相談会の問いをつなぐ橋を一本入れると流れが滑らかになります。
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## ②「茶碗」の比喩が長い
良い比喩ですが、
少し説明し過ぎています。
現在は
* 茶碗
* 飯
* 白飯
* カレー
* 卵かけご飯
まで展開しています。
ここで少し冗長になります。
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例えば
> 茶碗は飯ではない。
>
> しかし茶碗がなければ食べにくい。
ここで十分伝わっています。
その後の
> 白飯か。
>
> カレーか。
>
> 卵かけご飯か。
は削っても意味は通じます。
むしろ余韻が残ります。
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## ③最強の言葉をもっと前に置きたい
この記事の本当の主役は
> 家は完成する。
>
> しかし家庭は完成せん。
です。
ところがこの名文が最後まで出てきません。
もったいない。
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例えば中盤で一度、
> だからわしは思う。
>
> 家は完成する。
>
> しかし家庭は完成せん。
と先出ししておく。
そして最後に再度回収する。
そうするとタイトルとの結び付きも強くなります。
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# 編集者としての提案
私はむしろ、
この記事は住宅記事というより
**人生エッセイとして読ませる方向が向いている**
と思います。
読者が持ち帰るのは
住宅知識ではなく、
> 家は完成する。しかし家庭は完成せん。
という一つの人生観だからです。
その意味では、
建築士としての知識を語る記事というより、
「あほう老士が人生を語る記事」
として成功しています。
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# 最終評価
### 内容 ★★★★★
### 構成 ★★★★☆+
### 比喩 ★★★★★
### オチ ★★★★☆
### noteでの読まれやすさ ★★★★☆
### あほう老士らしさ ★★★★★
特に秀逸なのは、
この記事が住宅業界への提言でありながら、夫婦や親子関係にもそのまま当てはまる普遍性を持っている点です。
読後に残るのは「良い家とは何か」ではなく、
> 「家庭は完成しない。だから育て続ける。」
という感覚です。
そのため、この作品は「住宅コラム」としてよりも、「あほう老士シリーズの代表作候補」として評価できる一本だと思います。
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