【選択小説】7月32日のスケジュール|風まかせ文芸部
7月32日の予定をスケジュール帳に書くと、人生がうまくいく。
存在しないはずの日に、やりたいことの予定を入れる。
最初は夏休みの宿題がはかどる裏ワザとして、中高生の間に口コミで広まり、今ではライフハックとしてビジネス本にも載っている。
8月1日のライブで推しに会えるのを楽しみにしていた柚香は、突然の中止に絶望していた。
もう自棄になって、7月32日に予定を入れてみようとしていた。
「どうせ8月1日は何もないし、7月32日も8月1日も同じだよね。」
スマホを持つ手が止まる。
やりたいことをやる。
私のやりたいことって、何だろう。
食材の買い足しもしたい。
冷凍庫の中が空に近づいていて、お弁当用の冷凍食品もそろそろ補充しないといけないし、何より掃除もしたい。
でも、本当にそれでいいの?
中止になったライブの事を、つい考えてしまう。
7月32日にライブの予定を入れたら、もしかしたら…。
やっぱり実施するなんてこと、あり得ないと分かっているのに。
これがファン心理だろうか。
柚香は悩みながら、フリック入力でスケジュール帳を埋める。
さて、何の予定にしようか。
A 買い物と掃除
B ライブ
A 買い物と掃除
7月32日とは、8月1日のことである。
元は、宿題のためのライフハックなんだ。
やるべきことをしっかり進めよう。
掃除機をかける。
ついでにお風呂の水垢もキレイにする。
いつもより少し忙しくて疲れる休日だった。
買い出しにいつものスーパーに寄ると、カットされたスイカが目に入った。自然に手が伸びていた。
――昔、好きだったなぁ。
実家で食べた、スイカの味。弟2人と競うように食べた、 あの頃。
ワンルームマンションで1人。
カットスイカを食べるのは侘しかった。
そういえば、今年は正月も帰省しなかった。
――今年は、実家に帰ろう。
柚香は1人、クスっと笑った。
7月32日のスケジュールは、案外本当にやりたいことをあぶり出してくれるのかもしれない。
B ライブ
7月32日なんて、実在しない。
だから、実在しないライブの予定を入れたってバチは当たらない。
推しに会えるような可愛い服を新調する。
1人でカラオケに行って推しの曲を歌う。
気になっていたカフェで、推しカラーの抹茶パフェを頼む。
推しには会えないのに、推しが隣に居るような1日だった。
そして、ウインドウショッピング中に、出会ってしまったのだ。
推しカラーの緑色をした、可愛い指輪に。
ペリドットのピンキーリング。
我慢できず、気付けば買っていた。
「あーあ。またお金貯めよう。」
妄想のステージに向かって手を振ると、緑のペリドットが私に向かってバイバイを返してくれるような、そんな風にも見えた。
1番やりたいことは、大好きな人の傍に居ること。
叶わないと分かっていても。
私は、推しが大好きだ。
参加しました。
