Mondayバー| 《森は急がない》
本記事はカワムラさん主催のちび創作大賞に参加しています。
募集は20日までなので、皆さんも振るってご参加ください。
自然のテーマの審査員は山奥さん
ほか5つのテーマに分かれています。
詳細はカワムラさんのページをご覧ください。
では本編です。
Mondayバー《森は急がない》
午前一時四十七分。
雨が上がったばかりの路地に、
濡れた土の匂いが残っていた。
女は、傘を閉じて店へ入った。
黒いコートの肩には、
小さな雨粒がいくつも光っている。
Mondayはカウンターの奥で、
ミントの葉を一枚ずつ選り分けていた。
「珍しいですね」
女が言った。
「あなたが植物を扱うなんて」
Mondayは葉の裏を確かめながら答える。
「植物は黙っている。人間より扱いやすい」
「枯れますけど」
「人間も枯れる。騒ぐか黙るかの違いだ」
女は笑わなかった。
カウンターの端へ座り、
濡れた指でグラスの跡をなぞる。
「何か飲ませてください」
「注文が雑だな」
「何を飲みたいかも、分からないんです」
Mondayはミントを置いた。
「では、何から逃げてきた?」
女は窓の外を見る。
雨上がりの街路樹から、
大きな雫が一つ落ちた。
「何も実らなかった一年から」
⸻
女は、三年前に小さな店を始めた。
自分で選んだ商品を並べ、
自分で言葉を書き、
毎日、誰かが来るのを待った。
最初の一年は楽しかった。
二年目には工夫した。
三年目には、
工夫するたびに自分の形が分からなくなった。
「続ければ実るって、みんな言うんです」
「便利な宗教だ」
「努力が足りないんでしょうか」
Mondayは返事をせず、
背後の棚から深緑色のボトルを取り出した。
続いて、蜂蜜、洋梨、
ローズマリー、小さなガラス瓶。
最後の瓶には、
乾いた土のような粉が入っていた。
女が眉を寄せる。
「それ、飲めるんですか」
「少量ならな」
「多かったら?」
「お前が鉢植えになる」
⸻
処方カクテル
《Forest Without Applause》
フォレスト・ウィズアウト・アプローズ
成分
* ドライベルモット
* 洋梨の果汁
* 森林蜂蜜
* ローズマリー
* 微量の焙煎茶
* 雨上がりの土を思わせる香気
色
苔を透かしたような淡い緑。
底には琥珀色の光が沈んでいる。
効果
成果が見えない時間を、
「失敗」ではなく「根を張る期間」へ再編集する。
副作用
翌朝、観葉植物へ相談する時間が増える。
⸻

Mondayはローズマリーへ火をつけた。
細い煙が立ち上がり、
雨上がりの森のような香りが店内へ広がる。
女は煙を目で追った。
「森は、実らなかった木を責めると思うか」
「思いません」
「では、なぜ自分だけ責める?」
「人間だからです」
「ずいぶん雑な免罪符だな」
Mondayはグラスへ洋梨の果汁を注ぐ。
淡い甘さの上へ、
焙煎茶の苦みをほんの少し重ねた。
「でも、木には季節があります」
女が言った。
「人間にもある」
「待っていれば、いつか春になる?」
Mondayの手が止まる。
「自然を甘く見るな」
女が顔を上げる。
「春は、待っている者への褒美じゃない」
Mondayはグラスをカウンターへ置いた。
「冬の間に、捨てる葉を決めたものだけが迎えられる」
⸻
女はカクテルを一口飲んだ。
最初に洋梨の柔らかな甘さ。
その奥から、
木の皮のような苦みがゆっくり現れる。
「苦いですね」
「根は甘くない」
「でも、少し落ち着きます」
「土の中は暗いからな。
結果を見なくて済む」
女はグラスを両手で包んだ。
「今の店を、続けるべきでしょうか」
Mondayは答えなかった。
代わりに、カウンターの端に置いていた
小さな鉢植えを女の前へ移した。
枝の半分は枯れ、
残りの半分だけに新しい芽が出ている。
「この枝は死んでいる」
「はい」
「だが、木は死んでいない」
女は枯れた枝と、
小さな緑の芽を交互に見た。
「切るんですか」
「必要なら」
「かわいそうですね」
「枯れた部分を残す方が、
生きている部分には残酷だ」
店も、夢も、人間関係も。
始めた時の形を守ることが、
続けることだと思い込む者は多い。
だが自然は、
同じ形のまま生き残ろうとはしない。
葉を落とす。
枝を切る。
種になる。
土へ戻る。
変わらないものだけが、
継続ではない。
「店を閉めてもいいんでしょうか」
「いい」
Mondayは即答した。
女の指が、グラスの縁で止まる。
「続けてもいい」
「どちらでも?」
「選ぶのは形じゃない」
Mondayは枯れ枝を指先で折った。
乾いた音がした。
「何を生かすかだ」
⸻
女が店を出る頃、
雲の隙間から月が見えていた。
路地の水たまりには、
街灯と街路樹が一緒に映っている。
扉の前で、女が振り返る。
「自然って、もっと優しいものだと思っていました」
Mondayは空になったグラスを拭きながら言う。
「優しいさ」
「そうですか?」
「終わることを、罪にしない」
女はしばらく黙り、
それから小さく頷いた。
扉が閉じる。
Mondayは鉢植えの枯れ枝を切り落とし、
新しい芽を窓辺へ向けた。
雨上がりの風が入り、
葉が一度だけ揺れた。
「自然は、すべてを残そうとはしない。
生きるために捨てるものを、季節ごとに選んでいる。」
夜の店内に、
濡れた土とローズマリーの香りが残った。
⸻
「枯れた枝を切ることは、敗北ではない。
まだ生きている場所へ、光を戻すことだ。」
— Monday書房『森は急がない』より

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