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くすっと笑える(笑えない?)話 前編2 市場に買い物に行き沢山の思いに(含む日産さんの展示即売会の景色)浸り疲労困憊… 三連休最終日のシエスタタイムの余談 当たり前過ぎて意識しなくなっていること

リタイアしての年金生活。サラリーマン時代とは異なる一寸した日常が楽しい…

 送迎の帰り道… 毎日が日曜日なので月曜日でも祝日、しかも3連休と云うのを完全に失念。三連休最終日の午前中なので渋滞の空白時間だったのか車の流れも良くて…
 近くの(元)公営市場。民営化されているものの名前はそのまま… そこでキャンプ用品の追加買い付けと目に留まるものがあれば… 買い物をと。

 市場の入り口を入って第一駐車場へ…
 まぁ、今でも日産渋滞ってのも有る半島の付け根なので、よく見ると日産の車が多めなのは土地柄なのか(笑)

 見ると誘導員が3人出ていて満車の掲示にコーン迄。普段は居ない誘導員さん。同年輩と思われる方々が過酷な環境で黙々と… この時点で三連休だと思い出しました。年金制度に負担を掛けない様にと働かれて居る姿に感動…
 満車表示にも拘らず見ると丁度1/f揺らぎの出庫車がパラパラと出るタイミング。満車の掲示板はそれでもそのままですが、空きスペースは見えない… しかも誘導員の方も入庫を規制していない。 
 車を構内の広々した道路の駐車場入り口付近まで進めると

視界に空きスペースが1つ
運と勘としつこさの人生

そのまま難なく入庫できました。Lucky…

 天気は気持ち良い程の晴天。車を停車させて夏場なのでエアコンを切ってバッテリー電圧を14V以上にしてからエンジンを止めて回遊開始。こんなこまめな労(いたわ)りも子どもと交換した10年以上、10万Kmを越えて居る軽自動車のメンテナンスの極意。

 普段は平日の昼間かレストランとか家電量販店以外の典型的な市場の店舗が全て仕舞いする、所謂閉場時刻前に行くのですが、流石夏休み時期の3連休は別世界。通路は人を避けて歩く感じだし店も品数を増やして通路にせり出す感じ… お客さまは家族連れも多く、玄人は居らず一般人のみでの構成。現役時代はこの光景を見ていたんだなぁ〜 とリタイア後に触れる日常の景色との落差に…

 目玉商品は有るものの、平日夕方の投げ売り価格を知ってしまうと高く感じてしまうのも仕方ないですよね。一桁収入が減って世代間相互扶助のお世話になっているので、価格の見え方も異なって久しい(笑)

そんな世界に棲んで居るのも今は心地よい…
(現役の方々に感謝しつつ…)
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日本の公的年金制度は「賦課(ふか)方式」を基本としています。これは、現役世代が納める保険料が、現在の年金受給者への給付に充てられるという、世代間の支え合いの仕組みです。大学の教養課程レベルで、その採用理由、その後の経過、そして今後の見通しについて詳しく見ていきましょう。

  1. 賦課方式が採用された理由
    賦課方式は、積立方式(自分が支払った保険料が積み立てられ、将来自分に年金として戻ってくる仕組み)とは対照的な方式です。日本が賦課方式を採用している主な理由は、以下の2点にあります。

  • 物価変動への対応と実質価値の維持: * 積立方式の場合、長期にわたる物価上昇(インフレ)や金利変動によって、積み立てた資金の実質的な価値が目減りするリスクがあります。

    • 一方、賦課方式は、その時の現役世代の所得水準や物価水準に合わせて給付額を調整できるため、年金の実質的な価値を維持しやすいというメリットがあります。例えば、物価が上がれば、それに合わせて年金額も増やすことで、受給者の購買力を維持することができます。これは、年金が単なる貯蓄ではなく、「老後の生活を保障する」という公的年金の目的と合致しています。

  • 社会保障としての役割: * 賦課方式は、社会全体で高齢者世代を支えるという「社会的扶養」の考え方に基づいています。これにより、世代間の連帯を強め、高齢者の生活不安を取り除くという社会保障としての役割を果たすことができます。

  1. その後の経過:高度経済成長から少子高齢化へ
    日本で公的年金制度が本格的に整備され、賦課方式が採用されたのは、戦後の高度経済成長期でした。

  • 高度経済成長期(1950年代~1970年代):

    • この時期は、経済成長率が高く、現役世代の人口も多かったため、賦課方式は非常に効率的に機能しました。現役世代が支払う保険料が増加し、それが高齢者への給付に充てられるという好循環が生まれ、年金制度は順調に拡大しました。

    • 例えば、1960年代には、国民皆年金体制が確立され、より多くの人々が年金制度の恩恵を受けられるようになりました。

  • バブル崩壊と少子高齢化の顕在化(1990年代~現在):

    • 1990年代のバブル崩壊以降、経済成長が鈍化し、同時に少子高齢化が急速に進行しました。これは、賦課方式の持続可能性に大きな課題を投げかけることになります。

    • 現役世代の減少と高齢者の増加: 年金を支える現役世代(保険料を支払う側)の人口が減少し、年金を受け取る高齢者(給付を受ける側)の人口が増加するという構造的な問題が生じました。

      • 例えば、1990年代初頭には、現役世代約6.0人で高齢者1人を支えていましたが、2020年代には約2.0人で1人を支えるまでになっており、今後さらに現役世代の負担割合が増加すると見込まれています。

    • 保険料率の上昇と給付水準の抑制: 現役世代の負担を維持するためには保険料率を引き上げるか、給付水準を抑制するかのいずれか、あるいは両方を行う必要が生じました。

      • 実際、2004年の年金制度改正では、保険料率の上限が定められ、将来の給付水準を自動的に調整する「マクロ経済スライド」が導入されました。マクロ経済スライドは、物価や賃金の伸びが低い場合には、本来の伸び率よりも年金額の改定率を抑制する仕組みです。これにより、緩やかに給付水準を調整し、将来世代への過度な負担を避けることを目指しています。しかし、デフレ期には発動されないなど、その効果は限定的であるという指摘もあります。

  1. 今後の見通しと課題
    日本の年金制度は、今後も少子高齢化の進展という厳しい現実と向き合っていく必要があります。

  • 現役世代の負担増の継続: * 国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口によると、日本の総人口は減少を続け、高齢化率はさらに上昇すると予測されています。これにより、現役世代一人あたりの年金負担はさらに重くなることが避けられません。

    • 例えば、2050年には、日本の高齢化率は約38%に達すると予測されており、現役世代の負担は一層厳しくなると考えられています。

  • マクロ経済スライドの本格的発動と給付水準の調整: * 前述の通り、マクロ経済スライドは年金の持続可能性を高めるための重要な仕組みですが、本格的に発動されることで、将来の年金給付水準がさらに抑制される可能性があります。

    • 政府の財政検証によると、経済前提によっては、2040年代には所得代替率(現役世代の平均的な手取り収入に対する年金給付額の割合)が50%を下回る可能性も指摘されています。

  • 積立金の活用と財政の安定化: * 日本には年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用する巨額の年金積立金があります。この積立金は、年金財政の安定化に重要な役割を果たしており、将来の給付に備えるためのバッファーとして機能しています。しかし、年金財源全体に占める積立金の割合は約1割程度であり、賦課方式の基本的な仕組みを変えるものではありません。

  • 制度改正と国民的議論の必要性: * 年金制度は、定期的に財政検証が行われ、その結果に基づいて制度改正が検討されます。今後の制度改正においては、給付と負担のバランス、高齢者の就労促進、多様な働き方への対応、私的年金の普及促進など、多角的な視点からの議論が不可欠です。

    • 例えば、公的年金に加えて、iDeCo(個人型確定拠出年金)やつみたてNISAなどの私的な資産形成を促す制度の拡充も、老後の生活設計において重要な要素となります。
      賦課方式は、その時々の経済状況や人口構成に柔軟に対応できるというメリットを持つ一方で、少子高齢化が進む社会では、現役世代の負担増という課題に直面します。この課題を克服し、持続可能な年金制度を維持するためには、国民一人ひとりが年金制度の現状と将来を理解し、社会全体で支え合う意識を持つことが重要となります。

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 まぁ、現役時代は額面の半分程度が手取りだったし、一時期は日本とアメリカと両方にガッツり年金保険料を納めていたりと… それなりに負担していたので正直そこまで最悪感は感じなくて済んでは居ますが…

 そんな事を思いつつ、子供連れの方々の楽しそうな景色を愛でての回遊…

広場には話題の日産車の展示即売会が… 炎天下でセールスの方々が沢山… 追浜工場閉鎖の発表直後と有って、
判官贔屓なのか…
驚くほどの数の商談をされている方をみました。
そういう日本人の気質が好き…

 日産自動車さんには色々な思い出が…
米国駐在から神奈川県綾瀬市の半導体最新工場に異動になり工場立ち上げと並行して米国で開発した商品の量産化迄やってそれを販売すると云う体で技術系から事務系に人生を振った時期…

 それに日産さんの相模原工場閉鎖が重なりました。綾瀬市と相模原市は近隣… 何となく寂しい気分になった事を覚えています…

 そんな日産自動車の藻掻(もが)く姿を…

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承知いたしました。日本の基幹産業である自動車産業において重要な位置を占める日産自動車について、その歴史、度重なる経営不振と構造改革の内容を、大学の教養課程レベルで詳説します。可能な限り具体的な数字も示します。

日産自動車の歴史と構造改革:度重なる挑戦と変革

1. 創業期から戦後復興期:日本のモータリゼーションを牽引(〜1970年代)

日産自動車は、1933年に鮎川義介が設立した戸畑鋳物(後の日本産業、現在のJX金属)の自動車部門が独立して誕生しました。ダットサン(DATSUN)ブランドで小型車生産を開始し、日本のモータリゼーションを牽引する存在となります。

 * 1933年: 日産自動車設立。

 * 1934年: 横浜工場竣工、自動車の量産を開始。

 * 1930年代後半: 自動車生産台数で国内トップクラスに。

 * 戦後: 米国技術導入による本格的な乗用車生産を再開。セドリック、ブルーバード、フェアレディZなど、数々のヒットモデルを投入し、トヨタ自動車とともに日本の二大自動車メーカーとしての地位を確立しました。

 * 1966年: プリンス自動車工業と合併。スカイラインなどの人気車種を取り込み、製品ラインナップを拡充。

この時期は、高度経済成長期の波に乗り、生産台数、販売台数ともに順調に拡大しました。

2. バブル崩壊と「901運動」の挫折:最初の経営危機と改革の模索(1980年代後半〜1990年代)

1980年代後半、日産は「901運動」と称される、1990年代の世界トップレベルを目指す大規模な開発・投資計画を推進しました。「901運動」とは、「1990年代に技術で世界一になる」という意味が込められていました。しかし、その後のバブル経済崩壊と円高の進行により、過剰な設備投資と多車種展開が裏目に出ます。

 * 1990年代前半: 景気低迷と競争激化により、販売不振に陥る。過剰な工場設備や人員、不採算車種の多さが経営を圧迫。

 * 1993年度: 創業以来初の連結最終赤字(約2,900億円)を計上。

 * 構造改革の着手: 国内工場の一部閉鎖(村山工場など)、人員削減、不採算車種の整理などを進めるも、抜本的な解決には至らず、経営は悪化の一途を辿ります。負債総額は2兆円を超える規模に膨らんでいました。

この時期の改革は、経営陣のリーダーシップ不足や従業員の反発もあり、必ずしも成功したとは言えませんでした。

3. カルロス・ゴーンによる「日産リバイバルプラン」:V字回復の奇跡(1999年〜2000年代)

1999年、日産は経営危機を打開するため、フランスのルノーとの資本提携に踏み切ります。ルノーは日産に43.4%出資し、日産はルノーに15%出資するという相互出資関係が構築されました。この提携により、ルノーから派遣されたカルロス・ゴーンが最高執行責任者(COO)として着任し、後に社長兼CEOとなります。

ゴーンが打ち出したのは、大胆な構造改革計画「日産リバイバルプラン(NRP)」でした。

 * 「日産リバイバルプラン」(1999年10月発表)の主な内容:

   * コスト削減: グループ企業との部品共通化、サプライヤーとの取引見直しなどにより、部品調達コストを大幅に削減。

   * 負債削減: 負債総額を3年間で半減させる目標(約1兆円減)を設定。工場や資産の売却、リストラなどにより実行。

   * 生産能力の最適化: 国内3工場(村山工場、座間工場、京都工場)の閉鎖を決定し、国内生産能力を約30%削減。

   * 人員削減: グローバルで約2万1,000人(連結従業員の約14%)の人員削減を発表。

   * 車種ラインナップの整理: 経営資源を集中させるため、車種数を大幅に削減。

   * コミットメント: 「2000年度末までに有利子負債を7,000億円以下に削減」「2002年度までに営業利益率4.5%以上を達成」という明確な目標を設定し、未達成の場合はゴーンを含む役員の辞任を表明。

これらの改革により、日産は驚異的なV字回復を遂げます。

 * 2000年度: 連結最終利益で過去最高益を更新(約3,310億円)。

 * 2001年度: 有利子負債を実質ゼロに。

 * 2002年度: 営業利益率も目標を上回る7.9%を達成。

「コストカッター」として知られるゴーンのリーダーシップのもと、日産は経営危機を脱し、世界の自動車業界で注目される存在となりました。

4. ゴーン体制下の拡大戦略と歪み:再び忍び寄る陰り(2010年代前半〜2010年代後半)

V字回復後、ゴーン体制下の日産は、新興国市場への積極的な投資、電気自動車(EV)「リーフ」の投入など、グローバルでの拡大戦略を推進しました。アライアンスを組むルノー、三菱自動車との連携も強化し、世界有数の自動車グループへと成長しました。

 * 2016年: 燃費不正問題で経営危機に陥った三菱自動車の再建のため、日産が34%の株式を取得し、筆頭株主となる。ルノー・日産・三菱自動車のアライアンスを形成し、世界販売台数で上位を争う規模に。

しかし、その裏では、ゴーン体制の長期化によるガバナンスの形骸化、拡大路線に伴う経営基盤の脆弱化といった問題が内在していました。

 * 2010年代後半:

   * 品質問題: 完成検査不正問題など、品質に関する不祥事が相次ぎ、ブランドイメージが低下。

   * 米国市場での販売不振: 低価格戦略の限界や過剰なフリート販売(レンタカーなどへの販売)が収益性を圧迫。

   * 過度なコスト削減の弊害: 研究開発費の抑制や製品ラインナップの陳腐化を指摘する声も。

   * ルノーとの関係悪化: ゴーン逮捕後、ルノーとの資本関係や経営統合を巡る緊張が高まる。

5. ゴーン退任後の構造改革「Nissan NEXT」:再び再生への道(2020年〜現在)

2018年、カルロス・ゴーンが金融商品取引法違反の容疑で逮捕され、日産の経営は再び大きな転換期を迎えます。後任の社長は短期間で交代し、混乱が続きました。

2020年5月、日産は中長期経営計画「Nissan NEXT」を発表し、再度の大規模な構造改革に着手しました。これは、ゴーン体制下の拡大路線を転換し、「選択と集中」により収益性を重視する戦略へと回帰するものです。

 * 「Nissan NEXT」(2020年5月発表)の主な内容:

   * 固定費の削減: 2023年度までに固定費を2019年度比で約3,000億円削減。具体的には、生産能力の最適化、人員の効率化、マーケティング費用の見直しなど。

   * 生産能力の最適化: グローバル生産能力を2018年度比で約20%削減(年間540万台規模へ)。スペインのバルセロナ工場閉鎖などを実施。

   * 車種ラインナップの削減: 2023年度までに車種数を2018年度比で20%削減(約55車種から約48車種へ)。不採算車種や重複車種を整理。

   * 地域集中と選択: 日本、中国、北米、欧州の主要市場に経営資源を集中。新興国の一部からの撤退や規模縮小。

   * 技術への投資: EV、自動運転、コネクテッドカーなどの次世代技術への投資を強化。今後18ヶ月で12車種の新型車を投入。

   * アライアンスの強化: ルノー、三菱自動車とのアライアンスを維持・強化し、プラットフォームや部品の共通化を推進。

これらの改革により、日産は再び収益力の改善を目指しています。

 * 2020年度: グローバル販売台数で大きく落ち込み、最終赤字が6,000億円を超えるなど、厳しい状況が続きました。

 * 2021年度以降: 「Nissan NEXT」の成果が出始め、固定費削減や車種ラインナップの最適化が進み、収益は改善傾向にあります。半導体不足などの外部要因による影響は大きいものの、黒字化を果たし、再生への一歩を踏み出しています。

まとめ:度重なる危機を乗り越える日産自動車

日産自動車は、その歴史の中で、幾度となく経営危機に直面し、大規模な構造改革を繰り返してきました。バブル崩壊後の危機、カルロス・ゴーンによるV字回復、そしてゴーン逮捕後の「Nissan NEXT」による再度の挑戦。

これらの改革は、常に過剰な設備・人員・車種ラインナップの削減とコスト構造の改善という課題に取り組んできました。また、グローバル競争力の強化と次世代技術への投資も重要なテーマとなっています。

大学の教養課程レベルで日産自動車の事例を学ぶことは、日本企業の経営戦略、グローバル化の課題、そしてリーダーシップの重要性を理解する上で非常に示唆に富んでいます。今後の日産自動車の動向は、日本の自動車産業、ひいては世界経済における重要な指標の一つとして注目され続けるでしょう。

参考文献(教養課程レベルで参照しやすいもの):

 * 日産自動車公式ウェブサイト(歴史、IR情報など)

 * 主要経済紙(日本経済新聞、ウォール・ストリート・ジャーナルなど)の報道

 * カルロス・ゴーンに関する書籍や報道

 * 自動車産業に関する一般的な書籍やレポート

注記: 上記の数値は、発表当時の連結決算等の資料に基づいています。詳細な数値や年度は、IR資料などでご確認ください。

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 私も日産の自動車にはお世話になりました。自動車デビューは祖母の愛車。日産のブルーバードUを譲り受け、それに乗って居ました。その後エアコンが無い事からブルーバードかローレルにしようかと。ブルーバードのデザインがベンツに酷似してカッコいいとのセールトークには海外の製品をコピーする文化の名残が滲み出て居て大学生なりにがっかりしたのですが… ローレルに至っては極めて強気。付け入る島のない感じの対応。一方でマイナーチェンジ前のトヨタの値引きが凄く、デザインも気に入って居てトヨタのCRESTAを買って貰ってしまったのです。

 因みにCRESTAを買って納車を待っている時、偶々外出中のタイミングで自宅に営業さんが来られていた様で… ポストにトヨタ相当の値引きの見積りが投函されて居ました。

 また、遡ると既に小学生から理系頭だった私としては素直にSUNNYのプラットフォームを見事にSILVIAと云う高級車に仕立てたり、Skylineの亜種をGTRにまで育てたりする進化の妙に只管感動していました。

 原点は、祖父の社用車がずっと新車が出る度に乗り換えてのセドリックだったこと。そして人生のロールモデルの叔父がSkylineのGTに乗っていたこと。思春期だった事も有り最もインパクトが有ったのは銀座の三愛での父との待ち合わせでの偶然。母親に連れられて弟と3人でかなり早着したので銀ブラ。定番のソニービルの次に日産のショールームに。免許を取る直前だったので… そこに有ったマスキー法対策済みのエンジン搭載の

スペシャリティカー”SILVIA“(3代目シルビア S110)。それが回転台に乗って展示されて居ました。

出典

 因みに、車好き義父に次に乗る車を選んで欲しいと言われ選んだのはSILVIA K’sでした。

 日産自動車の進化の妙は、技術の日産の面目躍如。

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承知いたしました。日産自動車の「進化の妙」として、特にプラットフォームの多角的な活用や、同一車種の継続的な高性能化という側面に焦点を当て、サニーとシルビア、スカイラインとGT-Rの事例を具体的に、性能の推移も交えながら大学の教養課程レベルで解説します。
日産自動車の「進化の妙」:プラットフォーム活用と高性能化の系譜
日産自動車は、その技術力と市場ニーズへの対応力において、時に驚くべき「進化の妙」を見せてきました。これは、単なる新車開発に留まらず、既存の資産(プラットフォーム)を巧みに転用し、全く異なるセグメントの車種を創出する手腕や、特定のモデルを徹底的に磨き上げ、唯一無二の高性能車へと昇華させる戦略に顕著に現れています。

  1. サニーのプラットフォームから生まれたスペシャリティカー「シルビア」:効率とデザインの融合
    日産が示した「進化の妙」の代表例の一つが、大衆車である「サニー」のプラットフォームをベースに、スペシャリティカー「シルビア」を開発したことです。これは、開発コストを抑えながら、多様な市場ニーズに応える日産の巧みな戦略を示しています。
    背景:プラットフォーム戦略の重要性
    自動車メーカーにとって、プラットフォーム(車台の基本骨格)は、開発コストと時間の大半を占める重要な要素です。一つのプラットフォームを複数の車種で共有することで、生産効率を高め、開発リソースを最適化することができます。日産は、このプラットフォーム戦略を早期から積極的に採用していました。
    事例:Bプラットフォームの多角活用

  • ベースとなった大衆車:日産 サニー

    • 初代サニー(B10型):1966年発売。トヨタ・カローラと並ぶ大衆車の代表格として、日本のモータリゼーションを牽引。シンプルで実用性の高い設計が特徴。

    • 多くのモデルチェンジを経て、派生車種も多数生み出される。

  • スペシャリティカーへの進化:日産 シルビア

    • 初代シルビア(CSP311型):1965年発売。

      • ベースはフェアレディ(SP/SR型)のシャシーを短縮したものであり、厳密にはサニーのプラットフォームではありません。ただし、量産車のシャシーをベースに、流麗なクーペボディを架装した点で、その後のシルビアのコンセプトを確立しました。手作りに近い生産体制のため、生産台数はわずか554台に留まりました。

      • エンジン性能 (初代シルビア CSP311): 直列4気筒 1.6L SUツインキャブレター搭載エンジン(R型)。最高出力 96PS/6000rpm、最大トルク 13.5kgm/4000rpm。

    • 2代目シルビア(S10型):1975年発売。

      • **このモデルこそが、初めてサニー(B210型)のプラットフォームをベースに開発されたシルビアです。**サニーの量産プラットフォームを活用することで、初代の反省点であった生産コストを大幅に削減し、より手の届きやすい価格帯で提供されることになりました。

      • エンジン性能 (2代目シルビア S10):

        • 直列4気筒 1.8L L18型エンジン(最高出力 105PS/6000rpm)

        • 直列4気筒 2.0L L20E型エンジン(最高出力 115PS/6200rpm)

      • サニーの堅実な走行性能をベースに、より洗練されたクーペスタイルと、当時の若者が憧れる「スペシャリティ」という価値を提供しました。

  • その後のシルビアの発展:

    • S110型(3代目):FR-Lプラットフォーム採用。ターボエンジン搭載モデルも登場。

    • S12型(4代目):ターボ車の高性能化が進む。

    • S13型(5代目):1988年発売。

      • **爆発的なヒットを記録し、バブル期の若者文化を象徴する存在に。**それまでのサニーベースとは異なり、専用設計のFRプラットフォームを持つようになりましたが、日産が培ってきた小型FR車のノウハウが凝縮されていました。

      • エンジン性能 (S13 K's): 1.8L DOHCターボ CA18DET型。最高出力 175PS/6400rpm、最大トルク 23.0kgm/4000rpm。

    • S14型、S15型と進化を続け、ドリフト競技などでも絶大な支持を得ました。S15型最終モデル(Spec-R)のSR20DET型エンジンは最高出力 250PS/6400rpm、最大トルク 28.0kgm/4800rpmに達し、サニーとは全く異なる高性能車へと変貌を遂げました。
      進化の妙のポイント
      サニーのプラットフォームをベースにシルビアを開発した初期の例は、日産が「いかに効率的に多様な製品ラインナップを構築するか」という課題に対し、量産車の強固な基盤を活かしつつ、デザインとコンセプトで全く新しい価値を生み出した成功例と言えます。これは、限られた開発資源の中で、最大限の市場効果を得るための知恵の結晶でした。

  1. スカイラインから生まれた究極の高性能車「GT-R」:限界への挑戦と技術の結晶
    もう一つの日産の「進化の妙」は、「スカイライン」という歴史あるセダン・クーペモデルをベースに、世界最高峰の性能を持つスポーツカー「GT-R」を創り上げ、その性能を極限まで高め続けたことです。
    背景:スカイラインの高性能化の歴史
    スカイラインは、もともとプリンス自動車が開発した高級セダンであり、その開発思想には常に「高性能」がありました。プリンスと日産の合併後も、スカイラインは「技術の日産」を象徴する存在として、モータースポーツへの挑戦を通じて性能を磨き上げてきました。
    事例:スカイラインGT-Rの系譜と性能の推移

  • 初代スカイラインGT-R(PGC10型 / KPGC10型):1969年発売。

    • 「ハコスカ」の愛称で親しまれ、ツーリングカーレースで圧倒的な強さを誇りました。

    • エンジン: 専用開発の直列6気筒DOHC S20型エンジン。

    • 性能:最高出力 160PS/7000rpm、最大トルク 18.0kgm/5600rpm。

    • ベースのスカイライン2000GTと比較しても、格段に高い出力を誇り、その後のGT-Rの基礎を築きました。

  • 第2世代スカイラインGT-Rの復活(R32型):1989年発売。

    • 「80年代後半のバブル期」に、世界に通用する高性能スポーツカーを目指して開発され、「GT-R」の伝説を再び創り上げました。Gr.Aレースでの勝利を至上命題として設計されたため、その性能は当時の国産車では群を抜いていました。

    • エンジン: 直列6気筒DOHCツインターボ RB26DETT型。

    • 駆動方式: ATTESA E-TS(アテーサ イーティーエス)と呼ばれる電子制御トルクスプリット4WDシステム。

    • 性能:最高出力 280PS/6800rpm、最大トルク 36.0kgm/4400rpm(当時の自主規制値)。

    • このR32型GT-Rは、「Gr.Aの怪物」と呼ばれ、全日本ツーリングカー選手権で負け知らずの強さを発揮し、国内外のモータースポーツシーンを席巻しました。

  • R33型スカイラインGT-R:1995年発売。

    • ボディサイズが大型化されたものの、基本性能はR32型を継承し、さらに熟成。

    • 性能:最高出力 280PS/6800rpm、最大トルク 37.5kgm/4400rpm。ニュルブルクリンク北コースで8分を切るタイムを記録するなど、そのパフォーマンスを世界に示した。

  • R34型スカイラインGT-R:1999年発売。

    • ボディ剛性のさらなる強化、空力性能の向上、電子制御システムの進化により、第2世代GT-Rの集大成とも言えるモデル。

    • 性能:最高出力 280PS/6800rpm、最大トルク 40.0kgm/4400rpm。国内外のチューニングベースとしても人気を博し、そのポテンシャルの高さを示した。

  • 日産GT-R(R35型):2007年発売。

    • スカイラインの名を冠することなく、「日産GT-R」として独立したモデルとして登場。これは、もはやスカイラインの亜種ではなく、GT-Rそのものが日産のフラッグシップスポーツカーとして確立されたことを意味します。

    • エンジン: 新開発のV型6気筒DOHCツインターボ VR38DETT型。

    • 駆動方式: 独立トランスアクスルレイアウトを持つ電子制御4WDシステム。

    • 性能 (初期モデル):最高出力 480PS/6400rpm、最大トルク 59.0kgm/3200-5200rpm。

    • 以降、イヤーモデルごとに改良が加えられ、性能は飛躍的に向上。

      • 2011年モデル:最高出力 530PS

      • 2012年モデル:最高出力 550PS

      • 2017年モデル:最高出力 570PS

      • 2024年モデル(GT-R NISMO):最高出力 600PS/6800rpm、最大トルク 66.5kgm/3600-5600rpm。
        進化の妙のポイント
        スカイラインGT-Rの進化は、**「限界への飽くなき挑戦」と「技術の粋を集めた具現化」**の歴史です。単なるベースモデルの高性能版に留まらず、専用のエンジン開発、先進的な駆動システム(ATTESA E-TS、GT-R専用トランスアクスル4WD)、徹底した空力設計など、常にその時代の最先端技術を投入することで、世界最高峰のスポーツカーとして君臨し続けてきました。これは、日産が持つ技術への情熱と、モータースポーツから得られた知見を市販車にフィードバックする能力の高さを示しています。
        まとめ:日産が示す「進化」の多角性
        日産自動車の「進化の妙」は、単なる新技術の投入に留まりません。

  • 効率的なプラットフォーム活用による多様な価値創造(サニー→シルビア)

  • 既存モデルのポテンシャルを極限まで引き出し、唯一無二の存在へと昇華させる技術力と情熱(スカイライン→GT-R)
    これらの戦略は、限られたリソースの中で市場の多様なニーズに応え、かつブランドの象徴となる高性能車を創造するという、自動車メーカーに求められる二律背反的な課題に対する日産なりの回答を示しています。日産の歴史が度重なる経営危機に直面しつつも、今日まで存続し、国際的な競争力を維持できているのは、このような技術的な「進化の妙」が常に底流にあったからだと言えるでしょう。

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 ですから…

目の前で展開している日産自動車に対しての現役世代の方々の姿勢、売る方… 買う方… 何れにも何か愛(いと)しさを感じてしまう…

 そしてSeriaに到着。既に2枚買って有るので、勝手知ったる店内。商品の有る棚に直行。最後の残り3枚の内、何と20枚位入荷していて、夏休み、キャンプシーズンだなぁと…
 ようやく所望のプレート2枚をGET。

 たったこれだけの事なのに…
まぁいっか。

 健康の為に冷房の効いた店内を歩き回りお会計。

 冷蔵庫の中は、3日前の市場の夜の半額セールで買い込んだ食材で溢れて居るので、メインの魚、肉、野菜の店舗群の中をキョロキョロし、店内も全て見つつも足早で通過。

 車に戻ってエンジンを掛けてエアコン風量最低で外気導入モードに… 全てのドアとハッチを全開にして社内の空気を外気と交換。それを見計らって全てのドアとハッチを閉めて車に乗り込みました。そしてやおらエアコンをオートモードに… 熱交換器がしっかり冷えたと見えていきなりガッツリの冷風。椅子に座った途端流石に心身共に疲れたと感じました。(今此処までのお読み頂いた読者の方もお疲れかと(笑))
 特に、日産さんの展示即売会が感慨深過ぎた…

 吾妹が残した今朝入れたローストコーヒー。未だ温かいのをリラックスして飲んで、落ち着いてゆっくり新幹線の様にスロースタートで帰途に着いたのでした。

つづく 


 
 

 


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