興味本位で(笑)盛り上がるイマドキの企業のOB会を覗いてみませんか… その2 移動だけでも勝手に自分を盛り上げる貪欲さ 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
スクーター、徒歩、鉄道での移動だけでも此処まで勝手に自分を盛り上げるか…
自身の人生を楽しむ事に対する貪欲さに呆れる…
と云う話。
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経緯
1980年代半ば。新入社員として入社した鉄鋼会社。大学での研究分野を順当に引き継いで最大の研究部門、鉄鋼研究所の物理解析の部門へ配属。
同じフロアに偶々勤務していた吾妹を拝み倒して結婚して頂きました。大学生時代の教訓を活かしての
何に対しても自分の人生は自分で決めるスタンス
フロアに夫婦を配置しないと云うお作法は珍しく、私が職場を変わり、新材料事業部と云う名の新規事業担当部門の予算で生きる人間に。そこで最先端電子部品の開発を。
その辺りは以下のその1でも楽しめます。
新規事業企画の面白さを知ったこの経験。鉄鋼分野の神髄の分野、世界最大の海外研究機関での研究開発経験者、国営通信会社からヘッドハンティングされた企画マネージメントのプロなどなど物凄い経歴の持ち主ばかり。精鋭部隊に新入社員の3年間の育成指導開けの私が入った感じでした。ですからそこでのチャレンジングな日々は忘れられません。覗くのは…そんな同じ釜の飯を食った兵(つわもの)の集うOB会。
昭和の香りプンプンのお作法でお食事会の内容と日程が決まりました。
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今回は当日。鉄道での移動から。
鉄道に乗るのは久しぶり。
鉄鋼会社の工場や研究所は24時間365日稼働なので自動車通勤は当たり前でした。米国駐在時も当然自動車通勤。しかし入社15年後に事務系に身を降って丸の内の本社に通勤する様になってからは米国、英国、イスラエル等の海外駐在時を除けは鉄道での通勤。海外駐在時でも、例えばウィンザーを定宿にして欧州を巡回する時は飛行機ではなくユーレイルパスを使った時期も。特に風情ある夜行列車を使って管理職なので経費節減のお手本をと宿泊費も節約と云うスタイルで、実は仕事ネタにして人生を楽しむ… ってな事もやりました。もともと鉄道模型から入った鉄道ファンなので…
ですから
久しぶりの鉄道乗車は…
ワクワク… ワクワク…
吾妹がヨットハーバーに行くのでそのついでに私鉄の駅近くに私を降ろしてくれることになりました。何時もは当然エアコン効かせての自動車での移動なんですが…
しかもスクーターでワープする上に、吾妹の都合に合わせ2時間以上前に出発するので時間的な余裕はたっぷり。
戯れにスクーターを引っ張り出して… これもOBと云うイベントが有っての楽しみ… あれっ、ヘルメット何処に仕舞ったたっけなどと夫婦で楽しく戯(じゃれ)れつつ…
結局簡易ヘルメットは見つからず…
大型二輪車の色に合わせて
買ったブルフェス


を代用。ちょっとスクーターには大袈裟かなぁ…
スクーターのコンディションは…
まぁ、物理屋なんでってか、実験物理もやったので機械いじりはお手の物。義父が30年近く前に吾妹にプレゼントしてくれたホンダのリード100。快調そのもの。2ストロークエンジン、キャブレター、日本製としては最後のモデル。

バッテリーもインテリジェント充電器を繋ぎっぱなしで防錆も兼ねて保守。

ですからエンジンも一発で掛かりました。
流石2ストローク。加速も良く心地良い初夏を思わせる風を受けて、夫婦仲良く… 吾妹を後ろに乗せての快適な”プチ“ツーリング。
背後の吾妹の気配を楽しみつつ…
(えっ… キモいって(笑))
いいじゃん。(老)夫婦なんだし。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎて15分程度でハーバー近くのローカル駅入口付近に到着。
バレーボールのアタッカーとして鳴らした吾妹が結婚後最初に私に頼んだのは、父親に止められていた自動二輪の免許取得。それぐらいなので運転はお手の物。颯爽と視界から消えて行く吾妹… 今更ながら…
吾妹って…
やっぱステキ…
60歳を越えてのこの感覚(変な日本語ですが、“心の感触”ってのが最も近い感覚)がまた… 楽しい…
これから徒歩で向かうその駅は各駅停車しか止まらない小さな駅。開業した頃は駅舎の海側には海岸の様子を見ることができたそうです。駅近くには八幡宮があり、約1000年前の大津波でも付近の村は八幡宮の山に守られて無事だったことから津波除けにご利益のあると広く信仰を集めているとのこと。宗教施設参拝客向けに駅が出来るのは、鉄道としては良くある話ですよね。川崎大師、鹿島神宮…
すると古典的なソリューションとしての宗教に対しての色々な思いが蘇ってきました。
牧師となった大学の同じ学部の同窓に偶然出会ったこと
イスラエルのテルアビブに駐在して、三大宗教の聖地エルサレム

ガレリア湖などなど現地に住人として居たからこその経験…
特に父はクリスチャンであったので、イエス・キリストご本人を直に感じる事ができる史跡を駐在員として身内やお客様と度々巡る事で深く身についた知識迄…
そして年齢が近い天皇陛下ご夫妻の基本的人権を大いに棄損しての真摯な振る舞いとその背後にある神道と云う形式だけが残ったとされる特殊な宗教…
ところが… 運と勘としつこさの人生。思い込みじゃないかと勘が働き確認すると… 何とそのローカル駅は夏季のみ海水浴客専用仮駅として開業した事が判りました。太平洋戦争で破壊され、その後数百メートル位置を変えて旧海軍基地に設けられたGHQの施設関係者専用駅として再興。当然一般客の利用は不可能だったそうです。翌年には一般客の利用も可能となり、列車も時間帯を問わず駅に停車するする様になり、その後鉄道会社の宅地開発に伴って戦前と同じ位置に戻され現在に至って居るとのこと。
生まれて初めての場所、知らなかった歴史…
もうこれだけでも今日は始まりから最早楽しい。
畳み掛けますが(笑)、その鉄道が使って居る古い車両には、車体中央に白い帯状の塗装が有ります。これがまた曰く付き…
まぁ、Geminiさんに都市伝説と言われない様にニュートラルな立場で纏めて貰いますね。

Sure, I can explain the background, history, and current situation of the white stripes on the sides of trains and buses, often attributed to their use as markings for Allied occupation forces after World War II, at a university liberal arts level.
鉄道・バス車両側面の帯状塗装(白帯)と進駐軍専用車両説の背景・経緯・現状
鉄道やバス車両の側面中央に見られる帯状の塗装、特に白帯が、戦後の進駐軍専用車両を示す表示の名残りであるという説は、日本の鉄道史や社会史に関心のある層の間で広く知られています。この説が単なる都市伝説に終わらず、一定の説得力を持つ背景と、その後の塗装慣習の変遷について詳説します。
進駐軍専用車両説の背景と根拠
第二次世界大戦後、日本に進駐した連合国軍(主にアメリカ軍)は、日本の社会インフラを管理・利用しました。その際、日本人と進駐軍兵士との間でのトラブルを避ける目的や、進駐軍の移動を円滑にするために、特定の列車や車両を進駐軍専用とすることがありました。
この「進駐軍専用車両」の識別方法として、車体側面に白い帯を巻くという措置が取られた、というのが本説の核心です。具体的な根拠としては以下の点が挙げられます。
当時の写真資料: 進駐軍専用とされた列車やバスの写真を現在の視点で見ると、確かに白い帯が巻かれている車両が確認できます。これは、進駐軍側が必要に応じて独自に識別マークを付与した可能性を示唆しています。
鉄道・バス会社の証言(伝聞): 当時を知る鉄道・バス会社の関係者からの伝聞として、進駐軍の指示により白い帯が入れられたという話が語り継がれていることがあります。ただし、公的な記録として明確に残っているケースは少ないのが実情です。
視覚的な識別: 白い帯は、当時の日本の鉄道車両の多くが単色(例えばぶどう色など)であったことを考えると、非常に目立ち、一般の日本人車両と明確に区別するのに効果的でした。これは、占領行政の一環として行われた合理的な識別方法であったと言えます。
進駐軍の存在感: 戦後の日本において進駐軍は絶対的な存在であり、彼らの意向が日本の社会や企業活動に強く反映されました。鉄道やバスのような主要な公共交通機関において、彼らのニーズに応じた特別な車両が用意されたことは十分に考えられます。
経緯:進駐軍撤退後の「名残り」としての定着
進駐軍による占領が終了し、多くの進駐軍専用車両が廃止された後も、白い帯状の塗装が日本の鉄道車両やバスの一部に残った、というのが「名残り」説のポイントです。この定着にはいくつかの要因が考えられます。
視認性の高さと安全性の向上: 白い帯は、車両の輪郭を強調し、特に踏切などでの視認性を高める効果があります。進駐軍による識別とは別の文脈で、安全対策としてこの塗装パターンが有用であると認識され始めた可能性があります。
デザインの定着と慣習化: 一度採用されたデザインは、それが合理的な理由によるものであろうとなかろうと、ある種の慣習として定着しやすい傾向があります。特に、利用者や関係者の間で「あの帯があるのが普通」という認識が広まると、その後の車両デザインにも影響を与えます。
「特別感」の継承: 進駐軍専用車両であったという背景から、「特別な車両」としてのイメージが、たとえその目的が変わったとしても、漠然と継承された可能性もゼロではありません。例えば、急行列車や特急列車など、通常の普通列車とは異なるサービスを提供する車両に採用されることで、その車両のグレードを示す記号として機能するようになりました。
国鉄(JR)や私鉄各社の多様な解釈: 進駐軍撤退後、各鉄道会社やバス会社は、それぞれの車両デザインを模索していきました。その中で、白い帯を単なる装飾として採用するケースもあれば、特定の種別(例:急行、特急)を示す記号として採用するケース、あるいは、単に自社のコーポレートカラーの一部として採用するケースなど、多様な解釈と応用がなされていきました。
例えば、国鉄においては、特急形車両の多くにクリーム色と赤、または緑のツートンカラーが採用され、このクリーム色の帯が、車両の速度感や洗練されたイメージを強調する効果をもたらしました。これは進駐軍の白帯とは直接の関係はないかもしれませんが、帯状塗装が車両デザインにおける重要な要素として確立していった一例と言えます。
現状:デザインコードとしての進化
現在の鉄道やバスの車両に見られる帯状の塗装は、もはや進駐軍専用車両の名残りという直接的な意味合いはほとんど持っていません。むしろ、以下のような多岐にわたる役割を担う「デザインコード」として進化しています。
コーポレートカラーの表現: 多くの鉄道会社やバス会社は、独自のコーポレートカラーを定めており、これを車両の帯状塗装に採用することで、企業イメージを統一し、ブランド認知度を高めています。例えば、JR東日本の緑、JR西日本の青、JR九州の赤など、各社のイメージカラーが帯として表現されています。
車両の種別・用途の識別: 特急列車、普通列車、通勤形、近郊形など、車両の種別や用途によって帯の色や本数を変えることで、利用者が一目で車両の役割を理解できるようにしています。これは特に多種多様な車両が運行する鉄道において重要な役割です。
デザイン性・美観の向上: 帯状の塗装は、車両デザインにおいて非常に効果的なアクセントとなります。単色では単調になりがちな車両に、動きや立体感を与えることができます。また、曲線を活かした帯やグラデーションを取り入れるなど、デザイン的な進化も著しいです。
広告・PR: 特定のイベントやキャンペーンに合わせて、車両の帯にラッピングを施し、広告媒体として活用するケースも見られます。
バリアフリー表示: 最近では、車両のドア部分などに、乗降口であることを示すために、特定の色(黄色など)の帯を配置する例も増えています。これは、視覚障がい者への配慮など、ユニバーサルデザインの観点からのものです。
まとめ:歴史的背景と現代的機能の融合
鉄道やバス車両の側面中央の帯状塗装、特に白帯が「戦後進駐軍用の車両に施された表示の名残り」という説は、当時の時代背景と証言から一定の説得力を持つものです。進駐軍の指示により、白い帯が特定の車両の識別方法として用いられたことは十分に考えられます。
しかし、その後、白い帯は単なる識別を超え、その視認性の高さやデザイン性、そして「特別感」といった要素が評価され、日本の鉄道・バス車両の塗装デザインの一般的な慣習として定着していきました。
現代においては、その直接的な歴史的意味合いは薄れ、各社のコーポレートカラーの表現、車両の種別識別、デザイン性の向上、安全性の確保など、多岐にわたる機能を持つ「デザインコード」として進化しています。過去の遺産が形を変え、現代の社会ニーズやデザイン思想と融合しながら生き続けている好例と言えるでしょう。この変遷は、日本の近代化と社会の変化を映し出す、興味深い一面と言えます。
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残念ながらコロナ禍で鉄道会社の経営が圧迫され減便となった際に趣があるものの非効率な旧型車両は売却された様です。
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2020年初頭から世界的に猛威を振るった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、人々の移動を大きく制限し、国内外の様々な産業に甚大な影響を与えました。中でも鉄道業界は、旅客需要の激減により経営状況が急速に悪化し、各社は抜本的な経営改革を迫られました。その一環として行われたのが、運行コストの高い旧型車両の売却や廃車であり、これは鉄道会社の合理化努力の一端を示すものと言えます。
コロナ禍における鉄道業界の経営状況と減便
コロナ禍において、テレワークの普及や外出自粛要請などにより、通勤・通学客や観光客が激減しました。国土交通省の資料(2020年9月時点)によれば、主要鉄道事業者における鉄道旅客輸送量(人キロ)は、2020年4月には前年同月比で約80%減という壊滅的な落ち込みを記録しました。その後、徐々に回復の兆しは見せたものの、コロナ禍以前の水準には程遠い状況が続きました。
この旅客需要の激減は、鉄道各社の運賃収入に直接的な打撃を与え、軒並み最終赤字に転落する会社が相次ぎました。例えば、JR東日本は2021年3月期決算で5,779億円の最終赤字、JR東海は2,015億円の最終赤字を計上するなど、過去に例を見ないほどの経営危機に直面しました。
このような状況下で、鉄道各社は経費削減を喫緊の課題とし、人件費削減、設備投資の見直し、そして運行コストの圧縮を進めました。その一つが減便であり、特に利用客の少ない時間帯や路線を中心に、運行本数の削減が行われました。
旧型車両の売却・廃車の背景と具体例
減便と並行して進められたのが、維持管理コストや運行コストの高い旧型車両の売却や廃車です。旧型車両は、新型車両に比べて燃費効率が悪く、部品調達も困難になる傾向があります。また、バリアフリー対応や省エネ性能の面でも劣る場合が多く、長期的な視点で見ると経営効率の足を引っ張る存在となり得ます。
コロナ禍で収入が激減し、キャッシュフローの改善が急務となる中で、これら非効率な車両の整理は、鉄道会社にとって合理的な判断でした。一部の車両は鉄道ファンにとっては「趣がある」と評される一方で、経営の観点からは「非効率」と判断され、売却や解体の対象となりました。
具体的な例としては、以下のようなケースが挙げられます。
JR九州 キハ40系・キハ47系: ローカル線を中心に長らく活躍してきた旧型気動車ですが、新型車両への置き換えや運行効率化のため、コロナ禍において廃車が進められました。例えば、2021年3月のダイヤ改正では、久大本線や豊肥本線などで運行本数が削減されるとともに、これらの車両の運用が大幅に減少しました。正確な売却・廃車数の公表は難しいですが、同時期に新型車両YC1系が投入されるなど、車両代替の動きが加速しました。
JR西日本 103系: 大阪環状線などで長年親しまれてきた通勤型電車ですが、新型車両323系への置き換えがコロナ禍以前から進められていました。コロナ禍でさらに加速し、2021年3月までには完全に定期運用を終了しました。これらの車両は一部が改造されて事業用車両となるケースもありましたが、多くは廃車されました。具体的な廃車数は、大阪環状線からの撤退に伴い、数十両規模に上ると見られています。
大手私鉄における通勤型旧型車両: JRだけでなく、大手私鉄においても、コロナ禍を契機に旧型車両の置き換えや廃車が進められました。例えば、東武鉄道では、一部の旧型通勤車両(例:8000系の一部編成)の廃車が進行しました。明確な数値は公表されていませんが、旅客減による減収を補うための経費削減の一環として、車両の維持費や電力費の削減が図られました。また、京王電鉄でも、新型車両5000系の増備に伴い、一部の旧型車両(例:7000系の一部編成)の置き換えが進み、コロナ禍の減便や利用減がその動きを加速させました。
これらの旧型車両の多くは、海外の鉄道会社に売却されるケースもありますが、走行距離やメンテナンスコストの問題から、スクラップとして解体されるケースも少なくありませんでした。売却価格も新造車両に比べて大幅に低く、純粋な収益改善効果は限定的であったとしても、維持管理コストの削減という側面で一定の効果があったと考えられます。
まとめ
コロナ禍は、日本の鉄道業界に未曽有の危機をもたらしました。その中で鉄道会社は、生き残りをかけて大胆な経営改革を進め、その一環として非効率な旧型車両の売却や廃車を行いました。これは、単なる車両の整理に留まらず、運行効率の向上、省エネ化、そして長期的な経営体質の強化を目指した戦略的な判断であったと言えます。趣のある旧型車両が姿を消すことは、鉄道ファンにとっては寂しい出来事かもしれませんが、鉄道会社の持続的な経営を考えれば、避けられない選択であったと言えるでしょう。
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激しい歴史でしたよね。鉄道だけ見ても惨憺たる感じ。今も未だ後始末は終わっていないと理解しています。
こんな事を考えるのも至極楽しい…
さてと。駅までの散策開始。
楽しむぞ(笑)
つづく
