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空風りさ〜まだ名前のない色〜|第25話 『 風の音 』

※ 本作はフィクションです。
   登場人物・団体・出来事に実在の
   モデルはありません。

※「正しい答え」を提示する物語ではなく、  “まだ名前のない感覚”を眺める作品として      読んで頂ければ幸いです。

※ この作品の最新話は、
   毎週、月・水・金に掲載予定です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空風りさ〜まだ名前のない色〜
第25話『 風の音 』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

夏の陽射しが、障子越しに柔らかく差し
込んでいた。

窓は少しだけ開いている。

遠くで蝉が鳴いていた。

アトリエの中には、絵筆がキャンバスを擦る
微かな音だけが流れている。

シャッ……。

シャッ……。

りさは久しぶりにキャンバスの前へ
立っていた。

白い麻布の上には、まだ形にならない色が
置かれている。

青。

灰色。

少しだけ黄土色。

何を描こうとしているのか、自分でもよく
分からない。

ただ、最近出会った人達の顔が、ぼんやりと
浮かんでいた。

朝比奈灯。

灯りを作る人だと思ったら…
本人は「消しているだけ」と言った。

全部照らさない。

影を残す。

その考え方は、今も少しだけ胸の中へ
残っている。

シャッ――。

絵筆が動く。

次に浮かぶのは、小鳥遊悠だった。

余白を作りたい人。

けれど…
その余白を説明してほしいと言われて
困っている人。

フレジエの美味しさは説明できる。

苺も。

クリームも。

スポンジも。

それなのに、「なぜ美味しいのか」は
説明できないと言っていた。

りさは思わず小さく笑う。

「分かんない人ばっかりだなぁ〜」

独り言がアトリエへ溶けた。

瀬戸悠真もそうだった。

朝比奈灯の話を聞いても。

小鳥遊悠の話を聞いても。

彼は答えを急がない。

分からないなら、分からないまま保留する。その姿勢は不思議だった。

瀬戸悠真は、理解できないことを無理に
捕まえようとしない。

まるで風景を眺めるみたいに…
そのまま見ている。

シャッ……。

筆先が青を伸ばす。
その青は空にも見えたし、水にも見えた。

そして、中井美樹の姿も思い出す。

巨大な計画を動かしている人。

都市を作ろうとしている人。

けれど同時に、何かを探しているようにも
見えた。

りさは絵筆を止める。

キャンバスを眺めた。

色は増えている。

でも、何の絵なのかはまだ分からない。

「……まぁ、いっか」

そう呟いて珈琲を飲む。


コン。コン。コン。


アトリエの扉がノックされる。
りさには来客の予定に心当たりはない。

「ど〜ぞ〜。
 開いてますよぉ〜」

ガチャ。

「よぉ!」

扉を開けて入って来たのは、金髪の女性。
夏帆だった。

右手にはコンビニのビニール袋。

「お〜、どうしたの?」

「近くに来たから寄った。
 煙草吸ってもいい?」

夏帆はコンビニの袋からペットボトルを
取り出し、りさへ渡した。

それから、煙草に火をつける。
ふ〜っと吐かれた、白い煙が天井へ広がる。

「心理学講座するんだって?」

「!!」

その時、りさの頭から爪先まで電流が流れる
ような感覚。

「夏帆……」

「ん?」

「……忘れてた」

「……」

煙草の灰が、ポロリと床へ落ちる。

壁に下げられたカレンダーには、
赤ペンで花丸が目立つように書かれていた。

2日後。
心理学講座。

りさは、テーブルに山積みになった封書の
中から『お知らせ』と書かれた用紙を取る。

「……テーマ………お任せ???」

「なぁ、りさ。
 今、講座の依頼内容確認してもさ…」

ふ〜っと、白い煙が吐かれる。

「夏帆…どうしよう?」

「さぁ?」

りさは、急いでスマホを取り出しタップする。

プルルル…。

『どうしたの?』

「ミホーーーー!!
 助けてくれぇ〜〜〜!!!」

『………。
 ごめん、急患対応しなきゃだから…
 切るね』

ブッ。

無情に切られたスマホから、夏帆へ視線が移る。

「ウチには無理だかんね」

りさは大きく肩を落として、息を吐いた。

そんな彼女の姿を見て、夏帆はポケットから
スマホを取り出す。

「あー、お久。
 暇……な訳ないか。
 いや、無理しなくても……
 ああ。
 あ〜、りさのアトリエ。
 うん。
 じゃ、」

夏帆は、誰かとの通話が終わると…
再び煙草に火を付ける。

「まぁ、飲みなよ」

そう言って、持ってきたペットボトルの蓋を
開けてりさへ渡す。

りさは頭を抱えたまま、床を見つめいる。

コン。コン。コン。

「おー、開いてるから入んなぁ〜」

りさの代わりに夏帆が応答する。

ガチャ…。

(あれ? この人…確か……)

扉から現れたのは女性。

黒いロングスカートに白いシャツ。
細いシルバーのイヤーカフ。
肩まで伸びた黒髪に白色のメッシュが
前髪に入る。

「早かったな、奏」

「夏帆さんの呼び出し!
 お待たせなんて出来ません!!」

白石奏…。
確か瀬戸悠真と一緒に行ったお店で会った。

しかし、その時と様子が違う。

「奏、そんな接し方…やめてな」

「す、、すみません。
 夏帆さんを目の前にすると…つい」

白石奏の表情には、恐怖や緊張といった
色ではなく、むしろ憧れてたアイドルに
会ったファンの色だった。

2人の様子を眺めていたりさ。
気になったことを口にする。

「あの〜ぅ…2人は知り合い?」

白石奏は、今の今まで本気でりさに気付いて無かったらしく、ハッと表情が変わる。

「す、、すみません空風さん。
 突然お邪魔して」

「あはは…私は平気だよ。
 それより、夏帆とはどんな関係?」

「夏帆さんとはーーー」

白石が話そうとした瞬間。
2人の間を煙草の煙が吹き抜ける。

「白石とはダチだよ」

そう言って、夏帆は白石にペットボトルを
渡した。

何故か目を輝かせて、恭しくペットボトルを
受け取る白石の姿が…違和感。

「でさ、奏。
 りさが心理学講座、どーすっかで…
 困ってるとさ」

「心理学……講座?」

夏帆は、封書が山積みになっているテーブル
を指差す。

1冊のパンフレットが白石の目に入る。

「あぁ、なるほど……」

りさには、白石の“なるほど…“が分からない。

「空風さん。
 バイク乗れます?
 一緒に流しません?」

「は?」

「か…夏帆さんも、い、、一緒に……」

「お〜、流そうか」

少女漫画のように白石の目が輝いた。
夏帆は、ふーっと煙を吐く。
りさは呆然としながら思った。

(あたし…免許持ってないんですけど…)


1時間程経った…。


アトリエの外へ出ると、夏の熱気がまだ
道路の上に残っていた。

駐車場には二台のバイク。

一台は、マットブラックの
ホンダ Rebel 250。

低く構えた車体は、どこか夏帆らしい。

そして、もう一台。
深いグリーンのホンダ GB350。

丸いヘッドライトと細身のタンク。
クラシックな雰囲気を残した車体だった。

りさは、二台を見比べながら固まる。

「……デカくない?」

「普通だよ」

夏帆は煙を、ふーっと吐いた。

「いや、いや!
 普通じゃないよぉ〜」

りさの視線はGB350を見上げたまま
動かない。

白石奏は、少し笑った。

「大丈夫ですよ」

そう言ってヘルメットを差し出す。

「空風さんは後ろで」

「いや、でも……」

「落としませんから」

柔らかな口調だった。

りさは恐る恐るヘルメットを被る。
そして、ぎこちなく後部座席へ跨った。

「ど、どこ持てばいいの?」

「私に抱きついて下さい」

「え?」

「しっかり掴まってて下さいよ!」

「えぇぇぇぇ!?」

白石奏は苦笑した。

りさは観念して、そっと奏の背中へ手を
回す。

その瞬間だった。

ドクン。

心臓が跳ねる。

何故だろう…。
少しだけ恥ずかしい。

そんなことを考えているうちに……

ブォン――。

夏帆のRebelが目を覚ました。

低く太い排気音。

続いて、

ドドドドドド……。

GB350が震える。
足元から伝わる微細な振動。

まるで機械なのに呼吸しているみたい
だった。

「行きますね」

「お、お手柔らかに〜」

二台は街へ滑り出した。

最初はゆっくりだった。

信号。

横断歩道。

買い物帰りの人。

コンビニ。

夕暮れの住宅街。

街の音が、バイクの音に隠れて…
微かに聞こえる。

車のタイヤ。

子供の声。

遠くの踏切。

ドドドドド……

バイクの振動が身体へ伝わってくる。
りさは、不思議だった。

速度自体は速くない。

でも、自分の身体が風景へ溶け込んでいく…
そんな感覚がある。

そして――街を抜けた。

視界が開け、山へ向かう一本道が見えた
瞬間。

ブォォォォォーーーーーン!

夏帆のRebelが前へ出る。
排気音が変わった。

「え?」

りさが顔を上げる。
景色が吹き飛んだ。


ゴォォォォォォッ!!


風が身体を叩く。
さっきまで見えていた景色が線になる。

木々が流れる。
ガードレールが流れる。
空が流れる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

叫び声すら流れていく。

前を走る夏帆の背中。
まるで風そのものだった。

白石奏のGB350も速度を上げる。

ドドドドドドドドド!!

エンジンの鼓動が背中から伝わる。

振動。

排気音。

タイヤが路面を掴む感覚。

身体が少し傾く。

山道のカーブ。

また傾く。

風景が斜めに流れる。

(怖い…でも……気持ちいい)

りさは気付けば、しがみついていた手へ
力を入れていた。

白石奏は何も言わない。

ただ、流れる。

風の音。

エンジン音。

遠くの蝉。

タイヤの接地音。

全部が混ざる。
そして、どれも言葉ではなかった。

どれも説明できない。
だけど、身体には伝わる。

しばらく走ったあと。
二台は山の展望スペースへ停まった。

エンジンが止まる。

静寂…いや。
完全な静寂ではない。

風が吹いているし、木々が揺れている。
遠くで鳥が鳴く。

さっきまで聞こえなかった音が浮かび
上がる。

りさはヘルメットを外した。

髪が乱れている。
息も少し上がっている。

「し、死ぬかと思った……」

夏帆が笑う。
ポケットから煙草とライターを取り出す。

「死んでないじゃん」

そう言って、ふーっと煙を吐く。

「怖かったもん!」

「でも途中から笑ってたぞ」

「え?」

言われてみればそうだった。
途中から怖さを忘れていた気がする。
何を考えていたかも思い出せない。

講座のことも。
テーマのことも。

全部。

「…なぁ、りさ」

オレンジ色に染まった空へ煙が伸びる。

「分かりやすさってさ…
 感覚と体感だろ?」

りさの隣で立ってた白石奏が倒れた。
しかし、夏帆から視線が外せない。

山の風だけが吹いていた。

けれど……りさの中では、何かが少しだけ
動いた気がした。

まだ言葉にはならない。

でも…その何かは最近出会った人達の話と、どこかで繋がっている気がしていた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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