笑って「さようなら」。たこ焼き先生の卒業式
保健室で、まん丸のたこ焼きを焼いていたあの子。
関わり始めたのは、学校にだんだん来なくなって、泣いていたり自分を傷つけていたりしていた時だった。
お家の方もどうすればいいか試行錯誤、そして私も向き合うのに緊張感があった。
かけていい言葉、かけてはいけない言葉、合っているのかわからない、迷う対応。
だけど、いつもおちょこぐらいの心容量で過ごしている私でも、思うことがある。
・教室に行ってないとか学校休んでるとかは、その時考える優先ではなく、心の中がどうなのかを知りたい
・学校来たら、「来たことがオッケー」より、「会えてうれしい」の方。
と、かっこつけてたわけではなく、会うと自然に「やっほー」と出てしまう挨拶。(これ言うお仲間の方いらっしゃるでしょうか…)
・そして、お家の方にも今のこの状況は屁でもないことは伝える。学校来てるかどうかという表面上のことで、心を測らなくて大丈夫ということだけは伝えたい。そして今できる一つのことを考える。
3月。
たこ焼き先生は、全体の卒業式は出ずに午後に登校して、校長先生から卒業証書をもらうことを早々にはっきりと決めていた。
その日、学校に来たお母さんと目が合った瞬間、お互い、堪えきれずに嗚咽…。
言葉が出ない。向き合ってきたここ数年。ご家族の方々。
「本当に屁でもないんですね」と泣き笑いで言うお母さん。
会場へ。あの子が座り、後方に保護者の方が座る。周りには関わった学年スタッフが見守る。
しっかりと校長先生の目を見て堂々と証書をもらう姿。
おどおどした感じや涙はなく、晴れ晴れとしているあの子。
拍手で見送り、本当にお別れ。
すると、最後にあの子は手紙を担任の先生に。
次に私にも。
そして、笑って卒業して行った。
静かな保健室で手紙を開くと、
「先生はいつも、『◯◯さんのパワーはすごい』と言っていたけど、自分からすれば先生のパワーはおかしくて軽く地球一つ救えるぐらいです」
読み進めると、
「これからもたくさんの人と関わる先生、無理せずに生きてください」
無理せずに、生きてください…
私の何かを見て、何かを感じて書いた言葉なのか。
おちょこぐらいの心容量で、すぐに焦って、自分にダメ出しして…。
何十年もガッチガチに固まっていた肩から力が抜けて緩んだ。
この時の心の動き。
(そして今は、おちょこぐらいの心容量でも、自信がなくても、自分がどう行動するかは決めたり選んだりすることができる、とわかってきた)
今、たこ焼き先生は、大好きだった犬の世界へ飛び込んで、日々がんばっている。
誰もがいいことばかりでも辛いことばかりでもない。
そんなことを教えてもらっている。
30年やってきて、数回あるぐらいのことでしかないけれど、すべてがきれいごとではないけれど…。
今日のぽつり
「今日も誰かと目が合って『やっほー』と言えたら、それでいい…かな?」
※ほんとに無反応無表情の子もいるんですけど、会うたびに「やっほー」って言われるから「なんだこいつ?」みたいになっていく変化も面白い
