【後編】記憶が飛びかけた1ヶ月|ワンオペで気づいた「たった一つの正解」
いつも読んでくださりありがとうございます。
のぶパパです!
前編では、妻の重いつわりでの入院、娘の保育園入園に向けた引っ越し、日々の療育送迎と家事、そして営業職としての仕事……。
これらがすべて重なり、完全にキャパオーバーになりながら「ワンオペ」で過ごした日々について書きました。
その続きの話です。
👇宜しければ前編から読んでいただけると嬉しいです。
ギリギリで差し伸べられた手
心の中で張り詰めていた糸が
切れかかっていたある日。
何とか出社した私を見て、
会社の先輩が声をかけてくれました。
「顔に死相が出てるよ!!」
いつもお世話になっている明るい先輩で、
それまでは「自分がやるしかない」と、
とにかく1人で抱え込んでいましたが、
その言葉をきっかけに
「実は今、こんな感じで……」
と初めて今の本当の状況と気持ちを打ち明けました。
その時も正直、
助けてとは言えなかったのですが。。。
今の状況を話した直後、
先輩はすぐに動いてくれました。
「いつ行ける?」
「家具や収納のサイズ全部送って!」
気づけば訪問のアポイントとられて、
もうすごい勢いで家におしかけてきてくれて、
片づけを手伝ってくれました!!
流石、営業職だなと思いました笑
当時のlineのやりとり見ると、
収納や、家具など家の写真全部送って、
全部サイズも教えてとやりとりをしていました。

それぞれの長さを送ったやり取りしてました。
結果的に、リビングやストッカー周りの収納などをほぼ全部、100均やニトリ、無印などでサイズ合わせて買ってきてくれました!
また、そのあとも、大型家具の設置がある日には、他の同僚もきていただき4人くらいで一気に片づけてを手伝ってくれました!
収納もわかりやすいようにラベリングもしていただいたり、
なんなら、片づけだけではなく、
リビングもおしゃれに飾り付けもしていただき
感謝しかないです。
皆さん、もちろん家庭があったり、仕事がある中で自分の時間を削って助けていただきました。
今こうしてnote書いていて改めて感謝しかないなと、本当に思います。
その時、娘は呼吸器が外れて自由に動き回れるようになっていたものの、小さなものは何でも口に入れてしまう時期。
安全な生活スペースの確保が必要でしたが、リビングのわずかな隙間と寝室以外は、荷物で溢れかえっていました。
同僚の皆さんが動いてくれたおかげで、娘が安全に過ごせるスペースができ、何より「部屋を片付けなきゃ」という重圧から解放されました。
当時、仕事にも手が回らず、営業的な数字もかなり落ち込んでいました。
もしあのまま部屋がぐちゃぐちゃで、片付けに追われ続けていたら……精神的にも肉体的にも負担が大きく、本当にどうなっていたかわからないなと思います。
何度も書きますが、優しい同僚の皆さんには、今でも感謝してもしきれません。
少しずつ戻ってきた日常
その後、妻も2週間ほどの入院を経て退院しました。
同僚の皆さんのおかげで片付いた部屋に妻を迎えることが出来ました。
つわりはまだまだキツそうな状態でしたが、
一番のピークは越えて少しずつ動けるようになってきました。
妻が避難できる場所や、におい対策も準備できていたので本当によかったと思います。
そしてようやく、
限界ギリギリまで追い詰められた。
約1ヶ月のワンオペ生活が終わりをむかえました。
なぜ人は限界まで抱え込むのか
今回、この出来事を振り返るにあたって当初の内容から大幅に変更し、時間もかかりました。
それは、AIを使いながら自問自答した結果、あの時余裕がなく気が付けなかった事に、改めて気が付けたからです。
過去の自分へのメッセージとして、そして今まさに限界まで頑張って、苦しんでいる方へのメッセージとして、ここに残しておきたいと思います。
① 「責任感」がブレーキを壊す
育児には代わりがいないし、途中で休むこともできません。
だから自然と「自分がやらなきゃ」が最優先になり、終わりが見えないまま走り続ける状態になってしまいます。
② 「まだいける」という錯覚
人間って不思議なもので、
少し無理をして何とか回ってしまうと
「案外いけるじゃん」と思ってしまいます。
当時の私も、荷造りができた、仕事もなんとかこなせた、娘の療育も対応できた……と、
そのたびに「まだいける」と限界ラインを見誤っていました。
でも実際は、
自分の心と体を削りながらギリギリで回している状態でした。
③ 助けを求める選択肢が頭にない
「人に頼る=迷惑をかける」
「親なのだから自分でやるべき」
という価値観が根底にあると、
そもそも「誰かに助けてもらう」という発想すら頭に浮かびません。
だから、限界まで突き進んでします。
④他者と比較してしまう
育児には「ここまでやったら終わり」という明確な正解がありません。
周りのパパやママも同じように頑張っているように見えると、
「みんなやっているんだから、自分もできるはず」と、無意識に自分へのハードルを引き上げてしまいます。
大丈夫という思い込み
本当は全然大丈夫じゃない。
でも、それを認めてしまったら心が崩れ、
生活が回らなくなってしまう。
だから脳が防衛本能として、
無意識に「大丈夫」と言い聞かせ、
不安を抑え込もうとします。
厄介なことに、この「大丈夫」という思い込みは、
ギリギリまで機能してしまいます。
動けるうちは動けてしまう。
だからこそ怖いなと思いました。
ある日突然、
糸がプツンと切れたように本当に動けなくなってしまうからです。
人は“壊れるまで気づけない構造”を持っている。
これは気合いや根性が足りないからではなく、
人間の構造としてそうなっているということが分かりました。
最後に
極限の1ヶ月を経験した私が、
この体験を深堀して気が付けた、
たった一つの正解。
それは、
「まだ大丈夫なうちに頼る」
めちゃくちゃ当たり前の事ですが、
本当に大切な事でした。
ただ、「助けて」と自分から言うのは本当に勇気がいります。
当時の私もそうでした。
でも、無理に「助けてください」と言えなくても、
「実は今、こんなにきつくて…」と現状を話す(弱音を吐く)だけで、状況は変わると思います。
身近に頼れる人が思い浮かばなければ、
SNSで吐き出すだけでもいい、
行政や地域の窓口でもカウンセリングでもいいです。
限界が来る前に、誰かに助けを求めてほしいです
私はありがたいことに、
本当に人に恵まれていたと思います。
ただ、同僚が助けてくれなければ、
今頃どうなっていたかわかりません。
そして、今回この記事を書きながら、
「あの時、同僚が私を救ってくれたように、今度は私が、限界を迎えそうな誰かに手を差し伸べたい」
と強く思いなおしました。
自分が限界を知り、助けられた経験があるからこそ、周りのパパやママが発している「隠れたSOS」や「弱音」に気づいてあげたい。
今は心からそう思っています。
人は、壊れる直前まで「大丈夫」と思い続ける。
だからこそ、本当に大事なのは「大丈夫なうちに頼ること」なんだと思います。
ぜひ、同じような思いをしている方がいたら、
一人で抱え込まず、まずはどこかで弱音を吐いてみてほしいです。
これが私の人生で1番過酷で、
記憶が飛びかけている1ヶ月の話でした。
あとがき
当時の反省を生かして、
今はそれぞれの母親にもたくさん頼らせてもらいながら、家族でなんとか今の生活を回せるようになりました。
今でも、余裕がなく限界迎えそうになる時はたまにあります。
それでも、できるだけ早めに身近な人に話したり頼ったり前よりは、前よりできる様になったのかなと思います。
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