一生分の牡蠣 🔥2
私はとにかく食べるのが好きだった。
物心ついたときから、
食べることは私の楽しみだった。
生きるために食べるのではなく、
食べるために生きていた。
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その日は、クリスマスの前日だった。
友達のマッサンが、
単発のコンパニオンのアルバイトを持ってきた。
「みのり、一緒にやろうよ」
「いいよ。明日の資金集めにちょうどいいね」
明日はクリスマスイブ。
友達数人と集まって、
パーティーをする予定だった。
当日、私たちは黒のロングスカートに白いシャツで宴会場に立っていた。
円卓には、大皿料理がずらりと並んでいる。
仕事は、ビールを運び、空いた瓶を下げ、
料理を出すこと。
数時間だし楽だろうと甘く見ていたが、
現実は違った。
瓶ビールは重く、料理の皿も重い。
汗をかきながら、無言で動き続けた。
仕事が終わると、会場の人が言った。
「今日は飲むばっかりで、全然食べてなかったね。
料理もほとんど手つかずだから、食べたいものがあったら食べて帰っていいよ」
私たちは一斉に喜んだ。
紙皿を手に、円卓へ向かう。
動き回って、お腹はぺこぺこだった。
みんな、近くの円卓で食べ始めたけれど、
私は違った。
私は、まず全部の円卓を回った。
何があるか見回る為に。
残っているものは何なのか。
この限られたお腹に何が入れられるのか。
何を入れれば1番自分が満足できるのか。
それを見定めるためだった。
真剣な面持ちで見回る。
「みのりー!食べないのー?」
離れたところから友達が呼んでいる。
「うんー」私は口先だけで返事をしながら、
小皿を持って歩き回った。
そして、机にある1つの料理に目をつけた。
それは牡蠣だった。
私は牡蠣が何より好きだった。
生や焼きの牡蠣を、たくさん食べる機会は
ほとんどない。
大粒の牡蠣が、紅葉おろしを添えて並んでいる。
他の料理はどうでもよかった。
今日は、牡蠣だけでお腹を満たす。
そう決めた。
唐揚げも、焼きそばも目に入らなかった。
ひとつの円卓の牡蠣を、全て平らげたあと、
一旦みんなのところにもどる。
「みんな、あっちの牡蠣食べる?
残しておいた方がいいかな」
私が聞くと、みんな首を横に振った。
「食べていいよ」
私は
その言葉を聞くと
すぐに踵を返し、向こう側の円卓に向かった。
私はその後、全ての円卓を回って、
50以上はあろうかという牡蠣を食べ尽くした。
一生分、食べた。
そんな満足感だった。
「ほんとに食べ尽くしたね。
牡蠣スナイパーみたいだった」
マッサンが笑っていた。
満腹になった私たちは、
アルバイト代を受け取り、上機嫌で帰宅した。
あとはクリスマスパーティーを待つだけ。
そう思いながら眠りについた。
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翌朝、目が覚めると、体が動かなかった。
目の周りがしびれ、感覚が鈍い。
起き上がろうとしても、力が入らない。
お腹は痛くない。
吐き気もない。
ただ、これはおかしい、と瞬時に分かった。
震える手でマッサンに連絡する。
……電話に出ない。
肩で息をしながら、受話器を置く。
やばい、なんかやばい。
布団に転がって蹲っていると
私の部屋の扉が開き、
隣の部屋の子が顔を出した。
「みのりは大丈夫?」
「昨日一緒だった子たち、
お腹が痛くてずっとトイレにこもってる」
その一言で、察した。
――牡蠣だ。
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その後私は母に連絡し、迎えに来てもらった。
支えられながら、なんとか車に乗った。
後部座席で横になり、窓の外の空をぼんやり眺める。
流れていく景色。
景色を追っているわけでもないのに
目がクルクル動いている気がする。
「目が動く」
運転席の母に言ったけれど、反応はなかった。
家に着くと、こたつに横になった。
顔だけ出して、はぁはぁと呼吸する。
苦しいのか、よく分からない。
けれど、呼吸が自然に荒くなる。
首の後ろが痛い。
これ、死ぬやつじゃないのかな。
母と妹たちは台所で笑って話をしている。
こたつの中で死んだら、腐りそう。
足から腐るのか。
まぁいいや、腐っても。
どうでもよかった。
私は目を閉じた。
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夕方、父が帰ってきた。
玄関の扉の音がした。
「何してんだ」
父の声に、うっすら目を開けた。
私の頭の上に、こちらを見下ろす父の顔。
「具合悪い。たぶん牡蠣に当たった」
父は私を見下ろしたまま、言った。
「牡蠣か。まぁ腹だろ」
「太田胃散でも飲んでおけばいいんじゃないか」
父は太田胃散と水を机に置いた。
「いい薬だぞ」
それって、コマーシャルのセリフじゃん。
口を開きたくない。
まぁ、どうせ死ぬなら
何を飲んでも同じか。
私は黙って、それを飲んだ。
「ご飯食べるから、寝るなら2階に上がって」
母に言われ、引きずるようにして
階段を上がる。
母が敷いてくれた布団に倒れ込み、目を閉じた。
その夜、私は苦しいまま一晩を過ごした。
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明け方、目が覚めた。
いつの間にか眠っていたらしい。
しびれは消えていた。
体も、驚くほど軽かった。
冷蔵庫を開けると、
前日のクリスマスケーキが残っていた。
昨日は見ることすらできなかったケーキを見て、
私の頭に浮かんだのは予想外の言葉だった。
――美味しそう。
冷蔵庫から出して、そのまま食べた。
生クリームは、いつも通り美味しかった。
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大量の牡蠣による、おそらく食中毒。
それが、一晩で治っていた。
太田胃散のおかげなのか、
父の言葉のおかげなのか、
それとも、私自身の生命力なのか。
それは、今でもよく分からない。
一生分食べた、と思った。
たぶん、あの日の私は本当に一生分食べたのだ。
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🫧この形の私

