出す?隠す?捨てる?――私とお弁当箱の戦い
月曜日の朝、ランドセルの中には、
もう一つの私がいた。
シンクに出す、隠す、捨てる。
どれを選んでも、きっと怒られる。
その結果、私の頑張る方向は
違う方向へ伸びていった。
ごまかし、無かったことにする。
そんな方向へ。
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小学校の毎週月曜日は、お弁当の日。
その日は、白いご飯をお弁当箱入れ、
学校に持っていく。
その日の給食はたいていはカレーなど、
ご飯にかけて食べるメニューが多かった。
学校のカレー自体は好きでも嫌いでもなかった。
でも、ご飯を忘れることは、
私の中で“タブー”だった。
なぜなら、『人と違うから』
私は、お弁当の日はご飯を忘れないように
気をつけていた。
けれど、帰ってからお弁当箱を出すのは、
正直どうでも良かった。
月曜日に出すのを忘れ、そして翌週も忘れる。
ランドセルに溜まると邪魔なので、
とりあえず部屋の引き出しに突っ込んだ。
やがて台所の食器入れから
お弁当箱は、跡形もなく消え去った。
「ちょっと、お弁当箱がもうないんだけど」
そう言われる。
そして、親が引き出しの中を確認する。
おびただしい量の腐った弁当箱が発掘される。
そういうサイクルだった。
普通の子なら、忘れたら「ごめんなさい」
で終わる話だ。
「洗いなさいよ」と言われる程度の話。
“お弁当を毎日出さないこと"
”腐らせること“
それは、当時の私が生きていた世界では
命を取られるレベルの話だった。
怖いから、出さない。
私は不思議な方向へ心を使っていた。
出す・隠す・捨てる――選択肢は、この三択だった。
出しても自分で洗えと、怒られる。
そして、洗うと、洗い方が悪いと呼び出される。
隠しても怒られる。
捨てても怒られる。
どれを進んでもバッドエンドのデスゲーム。
その小さな恐怖は、
後の私の“ごまかす癖”の始まりだった。
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🫧この形の私

ここから、私は、少しずつ壊れていきます。
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