味は美味しいんで|ガトーショコラ
今年もバレンタインがやってきた。
去年、私はバナナマフィンで失敗した。
ヤマダさんとメニューがかぶって、
盛大にズレたあの日のことを覚えている。
だから今年は、ちゃんとしたものを作りたかった。
今年は違う。
そう思っていた。
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「今年何作る予定ですか?」
まずは、ヤマダさんに確認した。
「今年はパウンドケーキにしようかって
思ってるよ」
よし、パウンドケーキ以外だ。
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みんなが好きなケーキで、
失敗しにくい、
混ぜるだけの……。
クッキーはなんだか軽い気がした。
義理っぽい。
どうせなら、ちゃんと“食べた感”の
あるものがいい。
チョコなら間違いない。
みんな好きなはず。
どれがいいかな。
検索する。
すると、夢のような名前のケーキが
目の前に飛び込んできた。
“絶対失敗しないガトーショコラ”
うわぁ!
私のためのレシピだ。
これにしよう!
これなら上手くいく。
そう確信した。
─────
今年の私は、ひと味違う。
ケーキコーナーへ足を向ける。
これこれ。
私は丸いケーキ型を手に取った。
これなら、いくらでも作れる。
小さく切って配れば、見た目も整う。
カゴに入れる。
次は、ラッピング。
自分で書いたメモを確認する。
袋に入れて、リボンをつけて、シールを貼る。
完璧なイメージだった。
そこに「ありがとうございました」と
手書きで書く。
私は、満足気にメモを見返した。
我ながら、完璧。
丸いシールだけは、
事務用品の黄色いシールしか無かったので、
妥協した。
手書きで書けば可愛くなるはず。
スキップしながらスーパーをあとにした。
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「お願いします!」
オーブンで焼かれていく
ケーキに向かって拝んだ。
「上手く焼けてー!」
精一杯の祈りを捧げた。
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焼き上がりは、きれいな黒だった。
「おおー!ちゃんとガトーショコラだ」
思わず声をあげた。
ラップで包み、冷蔵庫に入れた。
全部焼く頃には深夜を超えていたけれど、
昨年とは違った気持ちで眠りについた。
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翌朝。
冷蔵庫から出す。
ズン
感じたことの無い、衝撃。
あれ?なんか、重い。
ケーキって、こんなに重いものだっけ。
ほんの少しだけ違和感を感じたけれど、
見なかったことにした。
見た目は、ちゃんとガトーショコラだった。
「いいね、いいね。美味しそう」
台所へ運び、まな板の上で切ってみる。
ナイフが思ったより入らない。
固い、という訳ではない。
でも、ナイフが入りにくい。
必死に8等分にした。
「手、痛い……」
ブンブンと手を振りながら、袋を用意する。
そして、切ったガトーショコラを袋に入れる。
どんなに気をつけても、黒い跡がついた。
やだ、汚い。
袋はこれしかなかった。
もういいや。
無理やり入れて、テープで止めた。
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ラッピング袋にリボンをつけて、シールを貼る。
「ありがとうございました」
事務用品売り場で買った、黄色い丸のシール。
可愛くなるはずだったのに、
メッセージを書いても事務用品だった。
なんか、違う。
私は、眉をひそめた。
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一年前と同じように紙袋に入れ、
会社に持って行った。
そして、一年前と同じように謝りながら配る。
「すみません、今年も汚いんですけど…」
言いながら、自分でも笑ってしまった。
私、また同じことをしている。
みんなは笑って受けとってくれた。
「今年は焦げてないやん」
「袋はアレやけど、去年よりはちゃんとしてる」
そんなことを言われた。
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昼休み。
モチノさんとヤマダさんと後輩に渡す。
「袋、ちょっと汚いです」
そう言うと、モチノさんが言った。
「これ、普通こうやって折るもんちゃうの?」
「なんでそのまま入れてんの」
「そうなんですか」
知らなかった。
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その時、ふと思った。
そういえば、味見するのをすっかり忘れてた。
一口食べて、全員が黙った。
そのあと、誰かが言った。
「これ、なんか、重いな」
もう一口食べる。
口の中が埋まる。
軽くない。ふわっともしない。
ただ、詰まっている。
ガトーショコラというより、
“固まった何か”だった。
「これ、密度すごいな」
「食事代わり、いけそうやな」
半分食べたところで、
ヤマダさんが笑って言った。
「もうお腹いっぱいや、食べられへん」
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私は、ガトーショコラを作ると決めた時、
去年を覆せるようなすごいものを作ろうと
思っていた。
でも、出来上がったのは、
想像していた“しっとりしたガトーショコラ”ではなかった。
しっとりはしていたけれど、
方向性が違った。
まずくはない。
味は美味しかった。
ただ、濃い。とにかく濃い。
「これ、めっちゃお腹いっぱいになるんで、
ちょっとずつ食べてくださいね」
そう言いながら、私は残りの人達に
袋を手渡した。
一年前と同じように、笑われた。
「味は美味しいんで」
私も、笑って配っていた。
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今年こそ“ちゃんとしたお菓子”にしたかったな。
そんな気持ちは存在していた。
けれど、1年前の気持ちとも少し違っていた。
私は空を見上げて、小さく呟いた。
美味しいから、まあ、いいか。
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🫧この形の私

