見出し画像

合格祝いなのに“私のじゃない” 🔥3

「合格したら、何か祝いをやらないとな」

父がテレビに顔を向けたまま、言った。


父から何かを“買ってやる”と言われたのは、
ほとんど記憶にない。

「コンポを買って欲しいです」

友達が持っている、あの小さな憧れ。
古いカセットしかない私の部屋では手に入らない世界だった。

私の言葉に、父がこちらを向いた。
鋭い目だった。
その目を見ると、心臓が跳ねた。

「まぁ受かればな」

父はそれだけ言ってテレビに視線を戻した。


CDで音楽を聴きたい。
自分の部屋で流しながら横になって空を見上げたい。
私には、そんなささやかな夢があった。


「進学校に行ったら?」
母の言葉は、もうすでに私の背中に乗っていた。
そしてこの瞬間、母の言葉の上にコンポがぶら下がった。


母に笑ってもらうこと、
そしてコンポを手に入れること。

二つの思いを胸にぶら下げ、
私は火がついたように猛勉強した。

何がなんでも合格してやる。
無心で机に向かい続けた。


そして、私は合格した。

…けれど、父は何も言ってこない。
私からは話しかけづらかった。

ある日、「言ったのはお父さんだし……」と自分に言い聞かせ、持てる勇気を振り絞って切り出した。

ああ、まただ。
父に話しかける時に感じる、体がジリジリと焦げていくような、あの感覚。
それでも、私は平静を装い、座っている父の背中に話しかけた。

「·····お父さん、合格祝い買ってくれる?」

父はテレビの方を向いたまま、答えた。
「あぁ、今から電気屋に行くぞ」

父と妹たちと、私。
電気屋へ向かう。

店内に入ると、賑やかな音楽とライトの光で、まるで別世界へ来たようだった。

父は、妹たちとサービスカウンターへ歩いていった。
私は、一直線にコンポの棚へ。
父に、これがいいと伝えるために、先に見て選んでおかないと。
棚にはたくさんのコンポがライトに照らされていた。

うわぁ!

ワクワクしながらコンポを見る。
次の瞬間、私は目を見開いた。

安いものでも3万円。

·····3万?

以前、中学で5キロ歩き続けて、バス代を削って削って、やっとの思いで貯めた“血と汗と涙の1万円”。
その1万円を貯めた時、奇跡だと思った。
そのくらい大変だった。

だから――“最低でも3万円”なんて、私の世界ではもう桁外れだった。


“これは、買ってもらえないかもしれない”
“ 買ってもらってはいけないかもしれない”
これを欲しがる自分を、罪人のように感じた。

3万円のコンポの前で、言葉を無くして立ち尽くしていた。

やがて、父が戻ってきた。

「よし、帰るぞ。これ買ったから」

指差した先には、8万円のコンポがあった。
店で一番高い機種だった。

8万円。
その数字を見た瞬間、もう意味がわからなかった。

怖い。ただ、怖い。
高すぎて恐怖すら感じた。

「いや、嘘でしょ?」

ほんとうに、口からそのままこぼれそうだった。
自分が何を見ているのかもわからなくなるほどの金額だった。


「そんな高いのいらないよ……安いのでいいよ」

父は眉間にしわを寄せた。

「家族みんなで使うものなのに、いいものの方がいいだろう」

“家族みんなで使うもの”
その言葉で胸がすっと冷えた。
私は“ひとりで好きな音楽を聴く時間”を夢見ていた。
でもそれが叶いそうにないのだと悟った。

けれど、父に逆らえば“コンポの話自体”がなくなると思った。

言えば怒鳴られるだけだから、黙っていた。


「せっかくだし、何か聴くもの買いに行くぞ」
父はそう言って、そのままCDショップへ向かった。

私は飛び上がった。
どうしても欲しいアーティストのCDがあった。

けれど店に入るなり、父は中島みゆきの棚へ向かい、一枚を手に取った。

「まずこれだな」

私は勇気を出して、自分の欲しいCDを差し出した。
父は一度もこちらを見ずに言った。

「お前、自分のことしか考えてないな。そんなもんいらん」

そのままレジへ歩いていった。

私はがっかりして、そのCDを棚に戻した。

家に帰り父は、コンポのセッティングをした。
その場所は、リビングのテレビのすぐ上だった。

そして、そこは父が一番長くいる場所だった。


コンポは8万円だけあって高性能だった。
テレビの音を録音でき、CDを複数入れられ、リモコンもあった。
スピーカーも大きく、音はすごく綺麗だった。

父はすぐに大音量で中島みゆきのCDを流した。
そして、中島みゆきの良さを語り始めた。

確かに、良い曲だった。
そう言うと、父は上機嫌になった。

「この良さが分からないやつは、ただの人だ。」
よく分からない、いつものフレーズを繰り返した。

その後、私は唯一手に入ったそのCDを、
何度も聴いた。

私はテレビに映ったアーティストの曲をカセットに録音し、
それを2階の自分の部屋で、古いカセットレコーダーで擦り切れるほど聴いた。

「本当にカセットって擦り切れるんだ」
その時初めて知った。

その後、コンポは壊れるまでずっとテレビの上にあった。
家族の誰かがいると使えなかった。

誰もいない時間だけ、好きな音楽を大きな音を鳴らした。
部屋中に音が広がるのが嬉しくて、
誰も見ていないのをいいことに、
コンポの前で大きな声で歌いながらくねくね踊った。

その時間が好きだった。

理由は上手く言えないけれど

本当に幸せだった。
私にとって、大切な時間だった。

──────────
🫧この形の私

▶ ︎  次の出来事へ(ふざけるな、反撃した日🔥5

←  次の章の目次へ【崩壊|逆襲】
←  この物語全体を読む【シリーズ一覧】

いいなと思ったら応援しよう!